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17.おもしれー男とおもしれー女

「そんなわけでさ、聖ペルセフォネ王国から隣国のフォーネに追放されたけど、もうそこから大変でさあ。冒険者ギルドでヒーラーの仕事探そうにも身分証明書が必要って言われて」




「あんた追放された王子様だもんな。身分証明書もクソもねえわな」







追放された王子に、一般庶民の世界で通じる身分証明書があるわけも無く。




聖ペルセフォネ王国の王子という身分が無くなったジュリオなど、ただの正体不明の無職であった。







「結局、身分証明書が無くて途方に暮れてたら、色々あってマリーリカ達のパーティに入れてもらえたんだけど、後は……まあ……この通りだよ」




「使い捨てヒーラーとして無給でこき使われて、要らなくなったら魔物の囮ってやつか……クソだな」




「参っちゃうよね、ほんと」






ジュリオは疲れたように溜息をついた。






「今の僕は、ただの無職だよ。しかも金無し家無し戸籍無しのね……あはは……。約一週間前は舞踏会にいたんだよ? 僕」




「舞踏会かあ……何か絵本の中みたいな世界だな。……つーか何で王族や貴族はやたらと踊るんだ? 何かの儀式?」




「さあ……? 少なくとも、僕の追放のきっかけになった舞踏会は、戦勝百周年記念を祝してたヤツだけどね。……ほら、女神の涙って聞いた事無い?」







女神の涙。




それは、百年前にこの聖ペルセフォネ王国が戦争をしていた時、敵国へ都合良く降り続いた大雨の事である。




その大雨により、土砂崩れが起きたり敵兵が風邪を引いたりで相手の戦力が崩れ、この国は無事に勝ったのだ。





随分と都合の良い大雨だと思う。





子供の頃、ジュリオは「それは本当に大雨だったのですか? 魔法使いが降らせたものではないのですか?」と質問し、教育係から定規で手を叩かれこのバカ王子と怒鳴られたものだ。







「女神の涙による戦勝百周年記念の舞踏会か。……そんなら王子のあんたは出なきゃ駄目だよな」




「うん……。それにさ。…………お母様の救国の儀があった日だったからね……」




「救国の儀……? 何だっけか。聞いた事はあるんだよ。……救国の大聖女がどっかで何かすんだろ? ……大聖女とか聖女とか、この国にいりゃ良く聞くけど、違いが分からねえんだよな」







アンナの疑問は最もだ。




救国の大聖女が行う救国の儀は、神聖な事なので国の機密事項とされている。




そして、大聖女と聖女と言うのも紛らわしいものだ。






「大聖女ってのは、回復魔法がとんでもなく上手くて、救国の儀が出来る女の人の事を言ってね。…………聖女ってのは、回復魔法が普通に上手くて、後大聖女を産む可能性がある女性を指すんだよ」




「へ〜。そんなら、異世界人の聖女も大聖女を産んだりすんの?」




「それが良くわかんなくって。ペルセフォネ人女性を聖女って呼ぶ場合と、異世界人女性を聖女って呼ぶ場合は微妙に違うみたい。……ペルセフォネ人相手には種族的な呼び方で、異世界人相手には称号……的な呼び方なんだよね」







ここにルテミスがいれば、もっと分かりやすい答えが言えたかも知れないが、残念ながらジュリオの限界はここまでである。







「それにしてもさあ。本当に行きたくなかったんだよね、あの舞踏会。……部屋でDJロウのラジオでも聞いてたかった」




「ラジオ……? DJロウ……? ……ああ、アイツか」




「え? アンナDJロウを知ってうわぁっ!」







貧乏くさい馬車のガタッとした揺れのせいで、ジュリオは言葉の途中でうわあと声を上げてしまう。





そんな時、運転手のおっさんが





「兄ちゃ〜ん! そろそろクラップタウンに着くぞ〜! 金目のモン仕舞っとけよ〜!」





と言ったではないか!?







「ぇ? え!? い、今……クラップタウンって……言ったの……?」







ジュリオは完全に怯んでしまう。




クラップタウンて。まさか!?




あの聖ペルセフォネ王国の公衆便所と呼ばれる、民度最悪のきったねえ町のことか!!??




考える力が果てた状態で、アンナに言われるがまま馬車へと乗り込んだジュリオだったが、自分がどこに連れて行かれるのか全く考えて無かった事に気付く。







「ああ、わりぃ。説明できてなかったな。そうだよ。この馬車はあたしの地元、クラップタウンに向かってんだ」




「じ、地元だったんだ…ごめん……」




「いいよ。事実だし」







アンナは、地元を貶されても何とも思っていないようだ。




申し訳無さは消えないが、アンナの雑な態度が今のジュリオには気楽だった。 







「まあそう怯えた顔すんなよ。……クラップタウンに行けば、ローエンって言うあんたの身分証明書問題も解決してくれそうなヤツがいるからさ。まずはそいつに会いに行こうか。」




「ローエンさん……って言うんだ……。何かすごそうな人だね……」




「うん。技術『は』すげえヤツだよ。技術『は』……まあ、あんたも『声は』聴いたことがあると思うから、大丈夫だって」




「声? え……声って……。一体」







アンナの言葉について考えていた、その時である。







「この腐れサツがッ!!! ふざけんじゃねえ!! 俺のタマしゃぶれクソッタレ!!!」




「うるせえぞ社会のゴミ!! せいぜいムショでカマ掘られてろクソがッ!!!」







男同士の下品な怒鳴り合いの声が街の方から聞こえてきた。







「な!? な、なにあの怒鳴り声!? ねえアンナ!! あの町で何が起こってるの!?」







いきなりの事でパニックになるジュリオである。



こんな下品で知性の欠片もない怒鳴り合いは、王子様育ちのジュリオにとって、アナモタズの咆哮よりもおぞましい。







「ん? ああ。アホがサツに捕まったんだよ。どうせ違法ポーションの売人かなんかだろ。最近多いんだよ、色々と」




「え、ええ……? サツって、警察の事……? 捕まったって、そんな。と、と言うか、違法ポーションって、え」




「サツも暇だよな。こんなクソ界隈のゴミ逮捕しても税金の無駄にしかならねえのに」







アンナの口からえげつない単語がぽんぽん飛んできて、ジュリオの思考回路はめちゃくちゃになる。




王子様育ちのジュリオにとって、クラップタウンは恐怖のダンジョンだ。





そんな恐怖のダンジョンからは、警察と犯罪者の怒鳴り合いの声や、命だけは助けて下さいと言う命乞いの声も聞こえてくる。





噂は聞いていたが、実際に目の当たりにするとなんて最悪の町なのだとジュリオは青ざめた。







「ね、ねえ……アンナ。ごめん、下心とか一切無いんだけどさ、しがみついて良い?




「いいけど、別に。ほら、来い」







アンナは涼しい顔をして、両手を広げてジュリオを迎えてくれる。



頬にアンナの柔らかい髪の感触が触れた。



アンナの白髪は、ごわついたバサバサな髪に見えていたが、実際に触れてみると、とても柔らかく滑らかな質感がある。


まるで、見た目や言動は荒っぽいチンピラ感満載なのに、性根は面倒見が良く情が深いというアンナそのもののようで、ジュリオは髪質って本人に似るのかなと思った。



可愛らしい巨乳の美少女が、いつでも来いよと受け入れてくれるのは男として嬉しいが、今はそんな状態では無かった。







「ごめん……ほんと、ごめん」







ジュリオはクラップタウンへの恐怖によって、ガクガクブルブルと震える身体でアンナにしがみつく。触れ合うアンナの体は柔らかくとても良い匂いがするのだが、そんな事がどうでも良くなるほど、クラップタウンは恐怖そのものだった。






◇◇◇






「こ、ここが……クラップタウン……」







ジュリオの声は完全に怯えきっていた。




荒れた石畳の道からわかるように、この町の景色は『嫌な意味で』初めて見るものだった。




まず、建物の高さや形や雰囲気や色が全てバラバラで、主張の強い建物同士がひしめき合う混沌たる様は、まさに異世界である。




町を彩る緑や花なんかも一切無く、生えているのはなんか知らん枯れかけの雑草のみという有様だ。



地面はところどころヒビが入っていたり、道端にはゴミが転がっていたり……と、荒んだ町の様子から、ここに住む住民達の生活レベルが嫌でもわかる。




住人達も、治安の悪く貧乏臭い顔をしており、全体的に表情が鋭い。







「ワ、ワイルドな町だね……」



「気ぃ使わなくて良いよ。こんなんただの汚え町だ。…………怖えだろ? 正直」



「うん。……ごめん……」







アンナの言葉の通りであった。




ジュリオにとって、クラップタウンと言う汚え町はどんなダンジョンよりも恐ろしい。



王子様育ち故に普段は鈍い危機察知能力が、死にたくねえなら今すぐ全力でここから逃げろと警報サイレンを爆鳴りさせていた。







「ごめん、馴れるまでしばらくかかるかも……ッ!?」







ジュリオがそう言った瞬間、町のどこかから男の命乞いの叫びが聞こえてきた。




ビクッと驚き声の方へと振り返るが、誰も気に留めてない様子で、まるで鳥の鳴き声かなんかのように無視されていた。



多分、命乞いの叫び声が日常で聞こえるのだろう。







「ねえ、あの女の人。街角に立ったままで危なくないのかな?」




「あれは客引きだよ。仕事中」




「ああ……そう……って!? あ、アンナ!! あそこにおじさんが倒れてる!」




「あれは酔っ払いが寝てるだけだよ」




「……ごめん、もう、いちいち驚くの止めるね……」




「…………クラップタウンへようこそ。王子様」







怯え疲れた様子のジュリオを、アンナはニヤリと笑って抱き寄せてくれた。




この巨乳の美少女は、己の肉体の魅力に気付いていないのか、ジュリオとの距離感がやけに近くてドキドキしてしまう。




それはきっと、ジュリオがあまりにも弱い存在だからこその余裕もあるのだろうし、怯えるジュリオを安心させてやりたいというアンナの情の深さもあるのだろう。







「クラップタウンっつーのはな、あたしみてえに慟哭の森でアナモタズ狩って生活してる猟師や、海に出て魚を捕る事で生活してる漁師が多く住んでる狩猟民の町なんだよ」



「そっか……狩猟、か」



「聖ペルセフォネ王国の王子からしたら、狩猟ってのはあんま良いものに聞こえねえだろうけど。ま、我慢してくれや」



「我慢だなんて、そんな……。クラップタウンがあるフォーネ国って、隣国の聖ペルセフォネ王国と違って平地が無いから畑も作れないし。……そりゃ、狩猟で食べてくしかないもんね……」



「まあな。……でも、漁港があるから、海も見えるよ。そこだけは良い。……砂浜があるタイプの海じゃないけどね」



「そうなんだ。……海……砂浜。……いつか行ってみたいな」







猟師町クラップタウンは、貧乏臭くきったねえ町であるが、不思議と匂いと風は心地よいものだった。


さっぱりした潮の香りを運ぶ海風は涼しく、爽やかな気分にはさせてくれる。




ただ、目の前に広がる町の汚さは、擁護の仕様が無かった。







「ジュリオ、着いたぞ」




「ああ、うん」







「よっと」







クラップタウンの出入口に馬車が止まり、アンナは軽い身のこなしで荷台から飛び降りた。




アンナとは違い鈍臭いジュリオは、長い足で荷台を跨ぎ、震えながら車輪に両足の爪先をかけた……のだが。







「ひえっぁあああ!?」







哀れ、鈍臭いジュリオ。



足を滑らせ無様に大勢を崩し、情けない声をあげながら、そのまま地面に激突するかと思いきや。







「うおっ! あっぶねっ! 大丈夫かジュリオ!」







目をぎゅっと瞑ったジュリオの頬に、柔らかく弾力のある温かいが触れる。



地面に激突すると思い、咄嗟に体を庇うよう折り曲げた手には柔肉の感触があった。



お察しの通り、ジュリオは荷台からコケ落ちた瞬間、自分を抱き止めてくれたアンナの巨乳に顔を埋め、おまけに手で揉むような姿勢になってしまった。



絵に描いたようなラッキーなスケベ展開である。







「おい、ジュリオ」




「アンナ!? ごめんなさいっ! すぐ退くから!」




「いいよ。わざとじゃないだろ? それより怪我は? 足とか捻ってねえか?」




「へ……? いや、な、無いよ……? でも、ほんとごめん」




「だから気にすんなって。わざとじゃないのはわかるからさ。……わざとだったら、……今頃ナイフで目を刺してる」







ニヒルに笑うアンナとは反対に、ジュリオの顔はみるみる青ざめる。




アンナは命の恩人であり、とても情が深くめちゃくちゃ強いうえに、乳がでかい美少女という魅力に溢れている。しかし、アンナの本質である『暴力性』のようなものを垣間見ると、色んなものがしゅんと萎むというものだ。







「しょげた面すんなって。女の乳くらい触り慣れてるだろ?」







余裕的な笑みを浮かべるアンナは、抱き支えていたジュリオの肩をぽんぽんと叩いた。







「そりゃ慣れてるけどさ。でも、ほんと、ごめん。あの、代わりに僕の胸触ってみる……? 揉めるほど無いけど……」




「いや、別にいらん。ジュリオ、あんた……おもしれー男だな」




「君もね」







アンナという女は初めて接する種類の女だ。なんだか新種の動物を見ている感覚である。




そして、それはアンナも同じであるのだと、ジュリオは察した。


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