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178.ジュリオの知らぬ間に……

ジュリオは、ヒナシ達テレビ屋を取り敢えず応接室に閉じ込めた後、クソ忙しい中急遽駆付けてくれたルテミスとネネカに抱擁をして、久しぶりに会えた事を喜んだ。





「よく来てくれたね……会いたかったよ! て言うか、『放送倫理・向上に関する市民抗議団体』って……何?」


「それは……俺達がまだ国外追放を受けた状態で長期滞在する為の一時措置です。市民抗議団体としてアトリーチェ様に申請をすれば、この腕章を元に堂々と入国が可能という訳です」





ジュリオの疑問にルテミスが答えてくれる。


そして、ネネカがルテミスの答えに補足をしてくれた。





「まあ、追放された奴の全員が全員通るって話じゃないですけど、私やルテミスさんはチャンネル・マユツバーの偏向報道で殺されかけましたから。その理由を元に抗議運動団体を設立して申請をしたら、ギリ通ったって感じっすね」


「なるほど……実害を受けてないと駄目って事か」





確かに、そんな裏技が誰にでも成立したら、追放の意味が無くなってしまう。


チャンネル・マユツバーの偏向報道に殺されかけた二人だからこそ出来た裏技だ。





「でも、ジュリオさん。私達はまだ、あくまで対チャンネル・マユツバーへの抗議団体でしかありません。……本当の狙いは、異世界人嫌いの監督官に、私達が病人を診るのを認めさせること。……その橋渡しは、頼みます」





ネネカは白いジャケットを正して、ピシッと頭を下げた。


その凛々しい姿は、普段のろくでもない酒カスゲロ女とは程遠い。





「兄上。物資の入手ルートも、ネネカが現場入りした際に立てこもる研究室の制作の依頼も、全て準備はしてあります。……いつでも出動可能ですから、安心して下さい」





ルテミスはジュリオをまっすぐ見て、少しだけ頬を緩めた。



その自然な笑顔が頼もしく、ジュリオは力強く頷く。


早く、この二人が働く事をツザクラに認めさせなければ、とジュリオはツザクラとの戦いを覚悟した。





◇◇◇





ルテミスとネネカに監視をされているヒナシは、やり辛そうにしながらも建物内を取材しながら、ジュリオが病人と接する様子をカメラで写していた。



一方、キジカクはヒナシ達テレビ屋が王立ヒーラー休憩所をウロウロする事が嫌で仕方無いといった様子である。



キジカクから露骨に睨まれるヒナシは、全く気にした様子も見せずヘラヘラしながら、



「いや〜それにしてもエンジュリオス殿下はお美しい! まるで女神ペルセフォネのようだ!」



とわざとらしいお世辞を口にした。





「放送倫理・向上に関する市民抗議団体として意見を申し上げます。先程の貴方が発言した『男性に対する美しいと言う評価を女神――女性に例える』と言うのは、男性は女性の様に美しくは無いと言う意味に捉えられる、性差別的な発言です。多様性を損なう言動を直ちに撤回して下さい」





ルテミスは市民抗議の腕章を見せ付けつつ、ヒナシに中指を突き立てた。


市民抗議としてここへ来ているのだから、仕事はするつもりなのだろう。





「クソ……この国にいらん知恵を与えすぎたな……面倒臭え活動家みてぇな事言いやがって」





ヒナシは作り笑いをしつつ、顔をそむけて小声で呟く。



そんなヒナシの顔を覗き込むようにして、ネネカは人をバカにし腐った顔で中指を立てた。





「あれぇ? いいんすかぁ? 声を上げる女性や男性を侮辱するような発言は差別社会を加速させるだけですよぅ? 多様性の素晴らしさを表現するチャンネル・マユツバーさんがんな事言って良いんすかぁ?」


「…………はいっ! そうですねぇ! ボク、アップデートしまぁ〜す☆」





ヒナシはわざとらしく笑った後、小声で「このゴミクソ女」と呟く。



いつもは好き勝手に暴れるヒナシが、自ら作り上げたポリコレブームに足を引っ張られる様は見ていてとても愉快である。


やはり、この二人は面白いなあ……と、ジュリオは思った。





「……何か、エンジュリオス殿下が来てから面白い事だらけだなあ。水も上手いし、病室やトイレや廊下や何処かしこも綺麗だし、空気も透き通ってるし」





病人も次々と笑い始め、病室がぱあっと明るくなった。


確かにジュリオが来た当初は、病室はどこも悪臭に満ちて空気も淀み、絶望に包まれていた。


しかし、水路と土の浄化や、掃除が全く行き届いていない建物中を清掃業者さんとジュリオ達で掃除を行った事で、病人の環境は飛躍的に良くなったのだ。



回復魔法があれば一発で怪我が治る夢の様な聖ペルセフォネ王国に、便利な治癒魔法が一切存在しない異世界人の『衛生』と言う考え方を取り入れた結果である。 



それに、ジュリオはバカ王子として病人と同じ目線で会話をし続けて来た。


偉く立派なヒーラー様ではなく、誰もが親しみを込めて軽口を叩ける気安い相手として、だ。



そんなジュリオの本来の気質によって、死を待つのみだと諦めていた病人達の顔はみるみる明るくなっていった。


病は気からとカトレアは異世界用語を教えてくれたが、気休めでは無いのだなと実感する。





◇◇◇





「なるほど……エンジュリオス殿下が水路掃除をし始めた頃から、死亡者数が日に日に減っているんですね……」





応接室にて、ヒナシはキジカクにマイクを向けつつ取材をしている。

その現場には、ジュリオとルテミスとネネカも同行していた。



一方、カメラとマイクを向けられたキジカクはガチガチに緊張してしまい、ついつい本当の事を話してしまう。


元々生真面目な性格をしているのだ。無理も無いだろう。





「最初は、ただのバカ王子が物見遊山で来やがったのだと苛立っていました。……しかし、彼は俺が忘れていたヒーラーの基本を思い出させてくれたのです」





キジカクはヒナシから取材を受ける前『テレビに嘘など付けない! そんな器用な真似俺には無理だ!』と嘆いていた。

だからこそ、嘘偽りの無い本心を話してくれているのだろうと思う。



その点に付いてはありがたいが、あまりヒナシ相手に自分を美化しないで欲しいとも思う。


このテレビ屋のオッサンに美化されるのは、とても危険だからだ。



ジュリオは一旦部屋の外に出て、アトリーチェにヒナシについて報告した。


すると、アトリーチェは直ちにそちらへ向かうと言ってくれる。


頼もしさを覚える反面、あまりにも対応が早くないか? 

と思うが、

対応が早くて何がどうなる? と思い直す。



その後、部屋に戻り再びキジカクへの取材現場に立ち会った。



キジカクは真面目な顔で、



「エンジュリオス殿下……いや、ジュリオくんは良いヒーラーです。…………そりゃまだまだ成長の余地はありますが。…………でも、死を待つのみだと絶望していた病人達に笑顔を取り戻した彼の姿は、私が幼い頃夢見ていたヒーラーの姿そのものでした」



と話している。



ジュリオは、キジカクからの評価に照れ臭さを覚える反面、ヒナシ達がここへ取材に来た真の目的を考えていた。





◇◇◇





ジュリオから『ヒナシ来たんだけど』と嫌そうな声で連絡を受けたアトリーチェは、意を決した顔で大司教室から出た。



そして、これから自分に起こる事を想像して苦い顔をするが、すぐに気持ちを切り替えユリエルに連絡を取る。





「ああ、ユリエル様ですか? ……え? ユリエルで良い? あら、それなら私の事もアトリーチェ大司教では無くアーチェと呼んでくださいませ」





アトリーチェは歩きスマホが出来るほど器用では無いので、廊下に続くバルコニーでユリエルとの会話を続けた。





「ヒナシ様は着々とジュリオさんを超絶美化したドキュメンタリー番組の制作に取り掛かられています。……ですから、その仕上げにこの私が参ろうという所存ですの」





ユリエルから状況を聞かれ、アトリーチェは説明する。





「ハーフエルフの枢機卿の方々には話が付きましたの? ありがとうございます。……大司教では、枢機卿全員に言う事を聞かせるのは不可能ですから」 





ペルセフォネ教の権力構図では、ペルセフォネ家かエレシス家の血統を持つものしかなれない大司教と言う地位と、血統は関係無い枢機卿と言う地位の差は、そこまで開いていないのだ。


枢機卿は枢機卿でも、ペルセフォネ教の敬虔な信徒であり就任してから日が浅い新人は大司教を敬ってくれるが、金と権力目当ての狸爺的な枢機卿は全く言う事を聞かない。


それに、長命故に歴が長く、様々な知識や人脈を持つハーフエルフの枢機卿は、時として大司教以上の権力を持っている事がある。


中々、一筋縄では行かない構図であった。





「こんなややこしい大司教と言う地位に、ジュリオさんを就かせるなど心苦しいですが、これもこの国の病を取り払う為です。……ジュリオさんに権力があれば、王立ヒーラー休憩所で自由に動く事も可能でしょうから。……そうすれば、異世界人のネネカ様も活躍出来ることでしょう。…………それに」





それに……と言いかけたアトリーチェは、幼い頃からの親しい護衛に馬車の準備が出来たと言われ、その仕事の速さにいつもながら驚いてしまう。





「…………それに…………ランダー陛下から冥杖ペルセフォネを奪い取り、ジュリオさんへ渡す為にも…………。ジュリオさんには、歴代の中でも最強の支持率を持つ大司教にしなければなりません。…………その為のプロパガンダの燃料になれるのなら、喜んでこの身を捧げます。…………もう、誰も死なせないために」





アトリーチェはユリエルとの通話を終えると、護衛に連れられ馬車へと向かった。



そして、この後に襲い来る自分の命運を思い苦しげに目を閉じたが、ジュリオのバカ王子的な脳天気な顔を思い、自身の勇気を奮い立たせる。





「……もし、大司教を勝手に辞めてエレシス家から勘当されたら、クラップタウンにでも行って、カトレア様の所でお世話になろうかしら」





アトリーチェは呆れたように笑って、馬車に乗り込んだ。


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