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177.最強の二人、ついに!?

水路と土の浄化作業が終わり、病人への総回診が終わった後、ジュリオ達は病人達のトイレ掃除をしていた。


他の階層は清掃業者達に手伝ってもらっているが、それでも手が足りない場所はジュリオ自らが掃除していたのだ。


髪をくくり、ジャージ姿にマスクをしてトイレ掃除をしながら、ジュリオは同じような格好のアンナとローエンに声をかける。





「アンナもローエンもありがとね。手伝ってくれて」


「いいよ、部屋にいてもやる事ねえし」


「同じく。……あ〜あ。早くネネカ様呼べねえかな〜。後、お前の弟もな」





アンナとローエンはそれぞれいつもの調子でトイレ掃除を手伝ってくれていた。



そもそも何故に、ジュリオ達がトイレ掃除をしているのかと言うと、まず一つ目はネネカやカトレアから習った『病人の環境を少しでも綺麗にしておく』と言う異世界人の考え方を取り入れたからである。


そして、もう二つ目は。





「やっぱり……ツザクラさんの縄張り意識も……だんだん緩くなってるね」





ジュリオはトイレ掃除のブラシを持って、作戦が上手く行った事にドヤ顔をしていた。





「最初は水路の浄化のためにクラップタウンの清掃業者を呼んで、その後はトイレ掃除の為にその業者を王立ヒーラー休憩所の中に入らせる。…………だんだん、ここに外部の人が入れるようになってきた」





ツザクラに『トイレ掃除の為に、水路の浄化作業をしてくれた清掃業者をここに呼んでも良いですか?』と聞いたとき、『ロイヤル公衆便所がトイレ掃除かい』と笑われたが、『汚れ仕事の手間が省ける。業者さん代はアトリーチェが払うんだろうね?』と許可をしてくれたのだ。



もし、ジュリオがツザクラと初対面時に『ここに僕の地元の連中連れてきても良いっすか?』と聞いたら、全力で拒否されていただろう。



アトリーチェの威光もあったが、水路の浄化作業の為にクラップタウンの清掃業者を呼べたのは実に大きな一歩だった。





「最初は小さな要求をコツコツと積み上げて、最後に本当の目的の『ネネカとルテミスの現場入り』を認めさせれば……」


「……ジュリオ、あんたさ…………たまに、人を使うのがものすげえ上手い時があるけど、それ……何なん?」





デッキブラシで床を擦っているアンナが、やや引き気味に聞いてきた。





「あ〜それね。……僕、王子時代に学術試験をサボる為に教師達を誘惑してたんだ。……その時に気付いたんだよ。いきなり『試験サボりたい』って言っても聞いてくれないけど、コツコツ『今日の授業は早めに切り上げて城郭の中のお店に遊びに行かない?』……みたいに小さな要求をし続けたら、そのうち試験をサボる事も許してくれるようになったんだよね。……我ながら努力したよ」


「……兄貴がそんなんじゃ、そりゃルテミスさんもキレるわ」


「あの時はゴミを見る目で見られたもんだよ」


「今もだけどな」





サボる為の努力なら異様な忍耐力と計算力を駆使してきたジュリオを見て、アンナは呆れたように笑っている。



しかし、そのバカ王子時代の黒歴史が意外な形で役に立つのだから、人生とは何が起こるかわからないものだ。





「ツザクラさんと真面目に交渉しても、きっと無駄だよ。……だから、ツザクラさんが『どうでも良い』と思ってる分野に付け入りながら、小さな要求をし続けよう。…………この場にネネカとルテミスが呼べれば、現場は絶対に良くなるから」


「……ツザクラのババアも異世界人嫌ってたもんな……。んな場合じゃねえだろうに」





アンナはホースで床に水をかけながら、溜息を付いた。





「まあ、仕方ねえな。ツザクラさんみたいな年頃のペルセフォネ人は、マジで異世界人に対する嫌悪感が強えからな……。おまけに、ルテミスとネネカ様はこの国を追放されてるから、余計に厳しいだろうよ」





ローエンは蛇口の緩みを修理しつつ、苦い声を出す。





「まあ……それでも、あの二人は絶対にいて欲しいからね。……何としてでも、この王立ヒーラー休憩所に呼ばないと……」


 



ジュリオは気を引き締めて、再びトイレ掃除に戻った。





◇◇◇  





水路と土の浄化とトイレ掃除が終わってから、数日が経過した。



ジュリオはその間も何かとクラップタウンの清掃業者や修理業者を呼びまくり、ツザクラに『王立ヒーラー休憩所に外部の人がいる状況』を慣れさせ、自分の要求を通りやすくする為に暗躍していたのだ。



そのお蔭か、ツザクラも『代金がアトリーチェ持ちなら無問題。それに、いくらバカ王子のツレでも業者さんならしゃーないな』と言うくらいの緩い感覚にはなっている。


これは、ルテミスとネネカの現場入りもそう遠くは無いだろうと思った。




そして今は、病人へ総回診をしている最中だ。



キジカクを先頭にしたヒーラーの行列に、ジュリオの姿もあった。


しかも、キジカクのすぐ後ろに控え、記録者としてバインダーを抱えている。

現場に飛び入りした追放されたバカ王子ヒーラーとしては、異例の出世だろう。



当然、現場のヒーラー達は『ロイヤル公衆便所がキジカク様に取り入った』などと陰口を叩くが、ジュリオからしたらそんなもんは言われなれているので『ありがとう!』位にしか思わない。





「それでは、これから病室に入る。ジュリオくん、記録の用意を」


「はい」





キジカクの後に付いて病室に入ると、最初頃にあった悪臭は大分薄れていた。



病人達の様子も何だか元気そうで、起き上がる気力すら無かった病人達が、今では上半身を起こす事が可能になっていたのだ。





「どうですか、最近は」


「キジカク様……お蔭様で、水がとても美味しく感じられます……。空気も……清々しいですね」


「…………それはこのエンジュ」


「キジカクさんの発案で色々と改善してありますから! ここには良いヒーラーがいますね!」





ジュリオはとっさにキジカクの言葉に割って入った。



当然、キジカクは『お前なんで手柄を俺に』と言いたげな顔をする。



しかし、ジュリオはそれを敢えて無視すると、病人達の様子を記録しつつ、まるでバー『ギャラガー』で世間話をするように病人と会話をしていた。





「エンジュリオス殿下……貴方は、王の座に興味は無いのですか?」


「無理無理、この国滅亡させたいの? 僕が座りたいのは超腰使いが上手い相手の膝の上だけだよ」


「……あははっ! 確かに貴方が王になったら、それこそこの国の崩壊ですね!」





ジュリオの軽〜い様子に、病人達もヘラヘラ笑っていた。

ついこの間まで『もう駄目だ……死ぬんだ……』と暗かった病人が、である。





「そんだけ元気ならすぐに良くなるよ。……病人だからって心配してたけど、そんな心配いらなかったかもね」





ジュリオはそんな風に軽口を叩くと、仲良くなった病人のにーちゃんから



「エンジュリオス殿下のナースコスを見るまで死ねませんよ! ほら、あの異世界文明のあの服です! こう言うヒーラー休憩所で働く女性が着ているあの衣装です!」



と元気よく言われた。





「ほんとに元気になったねえ。最初会った頃は『俺はもう死ぬんだ……ほっといてくれ……』って言ってたのに」


「そりゃ、エンジュリオス殿下が『元気になったら僕がナースコスして膝枕してあげるから頑張れ』って言われたら、そりゃ死ぬわけには行きませんよ!」


「……エロは生命の源ってわけか」





ジュリオはいつものようにヘラヘラ笑っている。



そんな様子を、キジカクは申し訳なさそうな顔で見ていた。





◇◇◇





「何故だ、ジュリオくん……。どうして本当の事を言わないんだ。……水路と土の浄化も、建物の掃除も、全部君が主軸になってやっている事じゃないか」





キジカクは悲しそうな顔でジュリオに聞いてきた。





「それに関してはごめんなさい……。でも、もし病人達が『僕が来てから改善した』と知ったら、今まで働いてきた現場のヒーラー達への信頼感が無くなると思うんです。……病人が現場のヒーラーを信じられなくなっては、治る病も治りません。……それに、この現場は僕一人が回しているんじゃない。……みんなで働いているんですから」





これは、初出勤時にカトレアから言われた言葉だった。


ジュリオが一人でチート性能を発揮し全ての怪我を治そうとした時、カトレアから『そんな事をしたら他のヒーラーの稼ぎが無くなる。そうしたら、みんな辞めてしまう。みんなが辞めたらこの現場は回らなくなる。……そうなれば、君だって働けないだろう?』と言われたのだ。





「僕の先生に教わったんです」


「…………君の、先生……。とは、一体……」


「カトレア――いや、カトリエーヌ・フォン・レシウスさんです…………」


「ああ…………あの方か……。彼女が追放される前、一度だけ会った事がある。……その時、俺はまだ幼い子供だったが、それでも、あの迫力は良く覚えてるよ…………。そうか、…………あの方の……」





キジカクは懐かしそうにしている。

追放前のカトレアに会えたということは、きっとキジカクもレシウス家の人間なのだろう。



ジュリオは、時間が出来たらキジカクからレシウス家の話を聞いてみたいと思った。





◇◇◇




 

業務終了の夜である。


ジュリオは風呂に入った後、寝間着のジャージ姿で、スマホを片手にアトリーチェへ連絡を取っていた。





「アトリーチェさん、水路の浄化作業の時はありがとうございます。……お蔭様で、大分病人達も元気になりましたよ。現場のヒーラー達にも大分余裕が出て来ました。……肝心のツザクラさんは……まだ僕を邪魔者扱いしてますけどね」


『そうですか……。現場には、余裕が生まれたのですね? …………ジュリオさんが早く現場で自由に動けるように……ならないと行けませんね』


「はい。……それに、早くネネカとルテミスを呼べるようにならないと……。ネネカが来たら呪いの病との戦いも大分楽になりますし、ルテミスが来たら物資の入手ルートや事務処理やその他が色々と便利になるんですけど……」


『…………わかりました。本日もご苦労様です。……どうぞ、ごゆっくりお休みくださいませ』




アトリーチェの声が一段階低くなった。



ジュリオは、そんなアトリーチェの様子に気付きつつも、あまりの疲労から眠気に負けてしまう。



そして、気絶したようにぐっすりと眠ったのだった……。





◇◇◇





その翌日である。



いつものようにジュリオがキジカクの後に付いて総回診の列に加わっていると……。





「こんにちは〜〜〜!!!! チャンネルマユツバーで〜〜〜す!!! 呪いの病に対抗する前線基地として、王立ヒーラー休憩所に取材に来ました〜〜〜!!」





と、ヒナシ率いるチャンネル・マユツバーの連中が来やがったのだ。





「!? 何だいこの異世界人共が!!! 揃いも揃ってぞろぞろと!!! ここは神聖なペルセフォネ教の信徒である私達ヒーラーの縄張りだよ!! 異世界人の猿どもは帰るんだね!!」


「はい差別発言頂きましたぁ〜!! この多様性の時代にそんな差別発言は行けませんねえツザクラさぁ〜ん! ボク、悔しくて涙が止まりませんよぉ〜!!」





王立ヒーラー休憩所の玄関口にて、ツザクラとヒナシがバトルをしていた。



ジュリオは一瞬、この『時代錯誤の頑固な石頭クソババアVS迷惑の擬人化クソ野郎』の血で血を洗う泥試合を観戦したい……と思ったが、そんな場合では無いと思い、キジカクと共にヒナシの対応に当たった。



その時である。





「ツザクラさん、ここでテレビスタッフを追い返したら、どんな風に報道されるか分かったもんじゃありませんよ」





ジュリオはとある作戦を思いつき、ツザクラに挑んだ。





「テレビスタッフに対応する専用のスタッフを用意しないと、せっかく余裕が出来た現場がまた混乱するだけです」


「……うちのヒーラー達に、そんな無駄な事はさせられないよ。……それに、あんたはキジカクの助手だろ。今更仕事を放棄すんのかい」


「わかっています。…………だから、『テレビ屋対応専用スタッフ』として、その道に詳しいプロを呼びましょう。…………そのプロ達なら、テレビ屋を上手く操りつつ、穏便に事を済ませてくれる筈です。勿論、その費用は大司教持ちですから」





ジュリオの説得を聞きながら、ツザクラは考え込んでいる。



目の前に今にも厄介事を起こしそうなテレビ屋がいて、そいつらを邪険にしようものならテレビ番組でボロクソに叩かれると言うリスクを目の当たりにした今、ジュリオの提案に乗るのは当然と言えよう。



それに、ジュリオが今までコツコツと積み上げていた『小さな要求達』のお蔭で、ツザクラの排他的な気位の高さも敷居が下がっていたのだ。





「わかった。……あくまでテレビスタッフ側の緩衝材としてなら、そのプロとやらを呼んでも構わない…………。だけど、絶対にこの王立ヒーラー休憩所の評判を落とすんじゃないよ。……ただでさえギリギリでやってる物資の入荷ルートが死ねば、ここは終わりだからね」


「はい。……ありがとうございます」





ジュリオは頭を下げたあと、ヒナシ率いるテレビスタッフを応接室に案内した。


そして、スマホですぐに、対ヒナシへのプロの二人に連絡を取ったのだ。





「あ、ルテミス? ごめんいきなり連絡して。ほら、この時間はネネカ寝てるでしょ? だからさ……。うん、それで、頼みたい事があるんだ……今から、王立ヒーラー休憩所に来てくれない?」





◇◇◇





「また会ったねルテミスくん……。それに、ネネカちゃんまで……。いや〜! これって運命かな〜?」


「何笑ってんだオッサン。俺とネネカはまだお前のケツを犯して殺す事を諦めちゃいねェぞ」


「同郷と言えど容赦しませんぜ? オッサン」





ルテミスとネネカはヒナシへゴミを見る目を向けながら、息のあったタイミングで腕章を見せつけた。



その腕章に刻まれていたのは。





「それでは改めまして。どうもこんにちは…………『放送倫理・向上に関する市民抗議団体』の者です。俺は会長のルテミス。こっちは朝夕ポスト確認係のネネカです」


「市民抗議団体っつっても、会員は二人っすけどね」





ルテミスとネネカは、対テレビ屋対策のプロとして、腕章を掲げてヒナシへの不敵な笑みを浮かべた。


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