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171.ロイヤル公衆便所VSチャーシュー五秒前クソババア

数時間馬車に揺られた後、聖ペルセフォネ王国最大のヒーラー休憩所に到着したジュリオとアンナは、まず建物の外からでも臭ってくる悪臭に顔をしかめた。





「こちらが、我が国最大のヒーラー休憩所である……その名も、王立ヒーラー休憩所です」


「……ごめん、失礼な事言うけど……クラップタウンの飲んだくれ共寄りも酷え匂いだな……これ」


「……ホントだよ。……あの町の方がマシ……って……思う日が来るなんてね……」





聖ペルセフォネ王国最大の王立ヒーラー休憩所の建物は、ジュリオの職場と比べ物にならない程、巨大で豪華で宮殿の様である。

その近くに建設してある王立ヒーラー学院と同じ建築様式と大きさから、建築時の出資者はエレシス家だろうとわかった。



エレシス家から多額の金を毎年ぶっ込まれている王立ヒーラー学院は、王立と言う冠が付けど、所詮はエレシス家の持ち物である。



だからこそ、王立ヒーラー学院の近くに建てられた、似たような豪華さとバカでかさを誇る王立ヒーラー休憩所も、エレシス家の手垢べったりという事だ。





「さすがはエレシス家が金を出した建物だね。見た目極振りでコスパ悪そう」





ジュリオは国を追放されてから覚えた市井の言葉で、この大宮殿を評価した。



無駄に豪華で無駄に華美な装飾は、エレシス家――――いや、ペルセフォネ人の高慢で選民思想に溢れた性質を良く表していると思う。


その証拠に、建物が立つ土地からは酸っぱさのある腐った悪臭が漂って来るのだから、そこまでペルセフォネ人を表現せんでも……と笑いそうにすらなった。


呪いの宮殿、とあだ名を付けても的外れでは無いと思った。





「……これ、本当に呪いの病の匂いなのか……? もっとこう……何か、別のもんじゃねえの? 前に、バイトで飯屋のグリース・トラップの清掃をしたんだけどさ、その時の匂いと似てるんだよな」





アンナは眉を寄せて赤い上着の襟をたて、鼻と口を押さえた。



ジュリオはアンナの言葉が気になり、その話に食い付く。





「え、そうなの? ヒーラー休憩所の食堂のグリース・トラップの清掃は、僕もジャンケンに負けてボスとやった事があるけど、そこまで酷くなかったよ?」


「あそこはクラップタウンの地元の業者が一週間に一度清掃に来んだよ。食堂のボスの地元はクラップタウンだからな。……その変わり、あたしら猟師から買った肉何かを安く売ってんの。……まあ、持ちつ持たれつ……だ」


「なるほどねえ。……まあ、ヒーラー休憩所の食堂だし、綺麗な事に越した事はないね」


「まあ、それは婆さんの旦那さんの発案らしいけどな。ほら、旦那さんが異世界人の医者だろ。だから、旦那さんが婆さんにアイディア出してたんだって」


「……やっぱり、ここに来るのは僕よりカトレアさんの方が良かったんじゃ……」




 

アホのジュリオは、カトレアのハイスペックさを思い、捨てられた犬のような顔をした。



例えカトレアが本当は死罪の激ヤバ婆さんで、実家の本家筋のエレシス家から死ぬほど嫌われていても、それでもジュリオよりも千倍は役に立ちそうだと思う。



いくらカトレアから異世界の医療の知識とヒーラーとしての回復魔法の知識を授けられても、ジュリオとカトレアじゃ、目も空いていない生まれたての子犬と同族を何匹か殺った闘犬くらいの差がある。





「アトリーチェさん……本当に僕で良かったの……? 貴女は僕にここで何をして欲しいの?」


「……私は、貴方に……。ヒーラーのジュリオさんに、この王立ヒーラー休憩所を改革して欲しいと思っています」


「改革……? そんなの、アトリーチェさんが指示を出せば僕なんて居なくても……」


「それは……まあ、いずれわかります」





アトリーチェの顔が曇る。


その表情を見て、ああ……これは何かあるな……とジュリオは察した。



大体、アトリーチェはエレシス家の威光で大司教に選ばれた、場繋ぎの大司教だろう。


この国最大の急所であり、極秘機密だったメティシフェルの名を知らなかったり、取り巻きの神父や聖女がそこまで慕っていなかったりする様子を見るに、そう予測できた。





「それでは、ご案内いたします。……この王立ヒーラー休憩所は、聖ペルセフォネ王国の歴史そのものの様な建物です。……だから、監督官は世襲制であり、その家柄はエレシス家の分家……つまり、カトレア様のご実家です」


「カトレアさんの実家!? って事は……熱心なペルセフォネ教の信者の家系か……。何か、エレシス家と仲悪そうだね」


「ええ。エレシス家は宗教も金を得て人々を支配する手段だと捉えていますが、カトレア様のご実家であり、エレシス家の分家であるレシウス家は、その様な考え方すら罰当たりだとして、俗物なエレシス家を下品としております。…………ですから、カトレア様よりはこの国の王子であるジュリオさんの方が、まだ…………希望はあるかと」


「僕のお母様も……エレシス家だけどね……」





ジュリオの職場の監督官のカトレアは、厳しくも優しく、何よりとても緩くて自由な人だ。


だからこそ、ジュリオの様な厄介な奴も懐に入れてしまえる。



しかし、ガチガチのペルセフォネ教の信者であり、性根が真面目で敬虔とあれば、かなり厳しいだろうと予想できる。



ジュリオは、前を行くアトリーチェに付いていきながら、「とんでもない大仕事を受けてしまったなあ……」と不安になった。





◇◇◇





「下劣なエレシス家のお飾り大司教サマが、私達の国を追放されたバカ王子のエンジュリオスを連れて来て何をするって言うんだい? その顔だけが取り柄の頭の足りない可愛い子ちゃんが、うちの男ヒーラーのチン○をしゃぶって癒やしてくれるとか? ロイヤル公衆便所なんかに要は無いよ!!! この国の病は女神ペルセフォネと私達ペルセフォネ教の敬虔な信徒が治してみせるさ!!」





王立ヒーラー休憩所の監督官の大柄で太ったオバハンは、ケラケラと豪快に笑いながら正面切って喧嘩を仕掛けてきた。



ジュリオは思う。



駄目だこりゃ! と。



アトリーチェも『ほら……ね』とでも言いたげな、二日酔いの朝みたいな顔をしている。





「ねえ……流石にさあ、大司教様の連れに対してその態度は酷いんじゃないの? 感じ悪いよ」


「ああ悪かったねロイヤル公衆便所くん! お詫びに一発仕事をさせてあげようか? うちにはまだ未経験の野郎ヒーラーが多くてねえ!」


「……あ〜この感じ、この面と向かって他人を罵ってくる、この民度の低さ……。実家に帰って来た感じがするよ」


「正面切って喧嘩を仕掛けてくるあたり、逆にエレシス家よりも気持ちが良いな」





真正面から罵られたジュリオは、呆れた顔でアンナと話し合う。





「ツザクラ様。エンジュリオス殿下は、私――――ペルセフォネ教の大司教アトリーチェが、この王立ヒーラー休憩所で病に苦しむ人々をお救いする為、ここへ来て頂くようお願いした方です。……そのような下劣な物言い、許すわけには行きません」


「エレシス家の下っ端の小娘が偉そうに。何が大司教だ。エレシス家が操りやすいお人形ちゃんを座らせる椅子に過ぎないじゃないか。……本当のペルセフォネ教ってのはね、権力や金とは無関係の、全てのペルセフォネ人の為のものなんだ」





ツザクラは、大柄な体で胸を張り、小娘大司教アトリーチェに向かって偉そうな態度を取った。


しかし、偉そうに見えつつも、どこか頼もしさを覚えてしまうのは、ツザクラが『自分は正しい』と言う自信を持っているからだろう。





「私ら王立ヒーラー休憩所で働くヒーラーや職員はね。皆、飯も家も着るものも無い人達に、飯と家と服と仕事を与えて、ペルセフォネ家やエレシス家みたいなクソッタレの王族貴族の犠牲になっている連中を救って来たんだ。……そりゃ、全員が全員を救えるわけじゃない。だけどね」





ツザクラは快活な笑顔のまま、言葉を続けた。





「魚が無いなら肉を食べればぁ? とか抜かすバカ王子や、絞りカスみたいなうっすいスープの炊き出しだけで貧乏人を救えると勘違いしてる大貴族のお嬢ちゃんに比べたら、よっぽどマシな者だと思うけどね」


「確かに」


「エンジュリオス殿下! 軽率に納得しないで下さいませ!!!」





ジュリオはバカ王子故にとても素直なので、すぐに納得してしまうが、アトリーチェからしたら味方が減ったようなもんだろう。



そんな時、素直なアホのジュリオの隣にいるアンナが、ツザクラに話しかけ始めた。





「ツザクラさん、初めまして。……あたしは、クラップタウン出身の猟師のアンナだ」


「……へえ。私利私欲の為に魔物を殺して死体をバラバラにする猟奇下民かい。ロイヤル公衆便所のカキタレかな? それともその下品なおっぱいでここの童貞共を男にしてくれるって?」


「ふざけんなよクソババア」





今の下品なセリフは、アンナでは無くジュリオだった。



ジュリオは、自分への悪口の耐性はすこぶる高いが、周りの人々への悪口に対しては真っ向からブチ切れる習性がある。


そのせいで、ルテミスをバカにしたクソ貴族にキレて追放されたのだ。





「自己管理出来てない下品で醜い体でヒーラー何かできんの? 歩くたびに地響きがして病人も寝れやしないでしょ。痩せて人の体になってから出直してくれる? このチャーシュー五秒前ババアが」





人の身体的特徴について悪く言うのは良くないとわかりつつ、アンナの体をバカにされて黙っていられようか。





「バカのくせに口は回るって本当なんだね、ロイヤル公衆便所くん。その舌使いでうちのヒーラーや職員達を抜いてやってよ。どうせそれしか能が無いんだろ? 唯一まともだった弟は半異世界人のカマ掘り野郎だし。慈悲深い女神ペルセフォネだってお嘆きするよ、全く」


「あのさ。油が詰まったその頭で理解できるかわからないけど、そもそも……本当に女神様がいるのなら、お前みたいな性格最悪のチャーシュー五秒前ババアだけじゃなく、食べるものが無くて飢え死に寸前の人なんて存在しないんじゃない? もしいたとしても、こんなクソみたいな世の中を作った女神なんて、きっとものすごく性格の悪いクズ女だと思うよ。……ちょうど、お前みたいなね」


「おやまあ! 私を褒めてくれるのかい? 私はあんたみたいに尻も軽くないから、褒められたくらいじゃ股は開かないよ?」


「勘弁してよ。お前なんかとヤッたら潰されるっての」





ジュリオは静かな顔でブチ切れているが、ツザクラは余裕のある笑顔を崩さない。


いや、性格には、笑顔が張り付いているのだろう。


目をよく見たら、笑っている筈の瞳はジュリオの千倍乾いていた。





「大司教様が連れて来たロイヤル公衆便所くんとそのカキタレちゃんには、現場監督官から命令を出してあげよう。…………控室で大人しくしてな。……良いって言うまでね」





つまり、何もするなと言う事だろう。





「ここは王立ヒーラー休憩所。……女神ペルセフォネ教の敬虔な信徒である私達の砦だ。……この病は女神ペルセフォネが私達に与えた試練。…………この病を私達の力だけで治す事は、この国を金と権威にまみれた連中から、取り戻す事に繋がる。…………だから、私達の国を追放されたバカ王子に、用は無いよ」





ツザクラは口だけ笑いながらも、その目は冷たかった。


世襲制かつ何十年も王立ヒーラー休憩所の監督官をしてきたベテランのババアと、チート能力を振りかざしてイキっているバカ王子では、経験値に大きな差があるのは事実。


いくらカトレアから異世界と聖ペルセフォネ王国の両方の知識を授けられたとはいえ、そんなもんは学校出たてのひよっこと変わりはない。



しかし、ジュリオだってヒーラーなのだ。


自分を信じてくれた大司教アトリーチェからの依頼で、病に苦しむこの国の人々を救ってくれと依頼を受けたのだ。



引き下がるわけには行かない。





「僕はヒーラーだ。怪我人や病人を治す仕事をしてるんだよ。……だから、僕はこの王立ヒーラー休憩所とか言うドブ臭い宮殿で今にも死にそうな病人を治しに来たんだ。…………僕はここに居座り続けるよ。……僕の助けが必要になって頼みに来るまで…………僕は帰らないから。……わかった? チャーシュー五秒前クソババア」





ジュリオとツザクラはメンチを切り合いつつ、お互いに相手を殺しそうな目をしていた。



ツザクラはきっと、王立ヒーラー休憩所と言う現場で、様々な試練と戦い鍛えられた事だろう。



しかし、ジュリオだって負けちゃいない。



こうして、ジュリオのヒーラーとしての試練が始まったのだった。


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