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16.実録!王子ジュリオの追放劇!

時はおよそ一週間ほど遡る。



ジュリオが国外追放処分を受けてしまった日の事だ。






「エンジュリオス・リリオンメディチ・ペルセフォネ! 今日から貴様を王室からの除名及び、我が国聖ペルセフォネ王国から永久追放処分と処す!!!」






エンジュリオス(以下略)と言うのは、ジュリオのクソ長い本名である。



そんなクソ長い名前をつっかえずに言い切った声のデカイ美形なおっさんは、ペルセフォネ王国の国王ランダーであり、ジュリオの親父であった。






「貴様の度重なる失態は、我が王家の名誉を汚すだけでなく、我が国の輝かしい未来に泥を塗ったのだ! 貴様のような愚鈍な馬鹿者を、これ以上王室には置いておけぬ!」






聖ペルセフォネ王国の象徴である大きな城の中。天井の高い玉座の間には、ジュリオの追放と言う名の公開処刑を一目見るため、様々な人間たちが集まっていた。




王族と召使いや兵士に貴族達の他、バカ王子が遂に追放されると言う特ダネを取材に来た新聞記者共が、ジュリオの追放公開処刑を見物に来たのである。




それはそれは、趣味の悪い見世物であった。 






「お、おお……お待ちください陛下!!! お慈悲を……何卒お慈悲を!!!」






玉座の間の床に土下座するジュリオは悲壮に取り乱した顔で泣きながら、親父であるランダーの慈悲を求める。



一方、ランダーは高い壇上に設置された玉座にふんぞりかえり、泣きながら土下座をして駄々をこねるジュリオをゴミを見る目で見下ろしていた。



その冷たい表情は、息子を見る父親の顔とは言えない。






「慈悲だと? その軽い頭が体に繋がっているだけでも有り難く思わぬか。大聖女デメテルの息子でありながら、治癒魔法もろくに扱えず、大聖女デメテルの血を次の世代へ繋ごうにも、貴様にはそれすら『不可能』だ。ペルセフォネ王族の恥晒しよ……追放が不服ならば、いっそここで死ぬか?」



「……死ぬって……そんな」






ジュリオの震えた声に、聴衆が意地悪そうにクスクスと笑う。



笑い者にされ続ける人生、ここに極まれりである。






「往生際が悪いですよ。兄上」



「そうですわ殿下。お潔く追放を受け入れなさったらよろしいのではありませんこと?」



「ルテミス!? それに、ネネカまで」






突然、ルテミスとネネカの声がしたので、二人の声の方へと振り向いた。



聴衆達がルテミスとネネカの道を作るように割れる。



ルテミス達は人割れの道を威風堂々と闊歩し、床に座り込んで憔悴しきったジュリオの元へ着くと、感情の無い目でジュリオを見下してきた。






「私は常日頃から申し上げておりましたよね? 素行の悪さを直してください……と。それなのに兄上ときたら。現状を拒んで我儘放題するだけで、何の向上心も持たずに堕落した日々を送るだけ。……いつかこのような日が来ると思っておりましたよ」






ルテミスの目は冷たい。憎しみと嫌悪と、もっと何かドス暗いものが見え隠れしていた。




これにはさすがのジュリオも何も言えない。正直な話、ルテミスだけは何やかんやでジュリオの味方だと思っていたのだ。



ルテミスはジュリオの腹違いの弟であり、大事な兄弟である。


それは、ルテミスも同じだと思っていた……のに。






「我が聖ペルセフォネ王国は、只今過渡期にあります」



「ねえ……ルテミス……過渡期……って何……?」






この後に及んでまだ弟ルテミスへの甘えが捨てきれないジュリオは、気まずそうな顔でお伺いをするように上目で質問をした。




ルテミスの眉間にシワが寄る。不愉快そうな顔をするが、ランダーのような威圧感は感じられない。それは、ルテミスの顔立ちが異世界人の母親に似た優しい顔立ちだからなのか。






「……現在、我が聖ペルセフォネ王国には、年々数多くの異世界人が召喚されて来ています。勿論、聖女ネネカ様も」



「……ええ。その通りですわ。さすがですルテミス様」






ネネカはニコニコとルテミスを褒め称える。



ネネカのような美女にチヤホヤされても、ルテミスの仏頂面は変わらない。随分硬派である。






「進んだ文明を持つ異世界人と王族や貴族が手に手を取り合い相互理解を深め、より頑強な聖ペルセフォネ王国へと発展させねばならないという時、兄上のように異世界人勇者様のお身内とすぐに『関係』を持つような危なっかしい存在は、異世界人との良好な関係を築く際に、非常に邪魔になると言わざるを得ません」



「だからそれは向こうの女の子達が刃物持って迫って来たから」



「言い訳はいりません。結果が全てです」






ルテミスはジュリオの悪あがきを一刀両断した。






「というか……ルテミス……。王族貴族と異世界人が相互理解なんて……そんなの無理な話じゃないの……? 君だって知ってるでしょ? 王族や貴族達の異世界人への風当たりの酷さは……」






王族貴族が異世界人と手に手を取り合って国を発展させる……など、そんなもん到底無理な話であると、ルテミスは気付いてないのか。



ジュリオは、ルテミスが異世界人の母から生まれたという出自のせいで、酷い差別と虐めを受けていたのを目の当たりにしてきた。




だからこそ、ルテミスが涼しい顔をしてこんな綺麗事を言うなんて……と寂しくなってしまう。




どんな状況になっても、弟であるルテミスへ憎しみを抱けないジュリオであった。






「兄上。少しだけ猶予を与えます。その間に荷物をまとめて、この聖ペルセフォネ王国から出て行ってください。……貴方は、この国にいてはいけません」






◇◇◇




追放までのタイムリミットが迫る中、ジュリオはぐずぐずと荷物をまとめた後、とある場所へと向かった。






「……冥杖ペルセフォネ…………いつ見ても、気持ち悪い杖だなあ」






ペルセフォネ城の最奥の部屋に飾られている冥杖ペルセフォネは、女神の名を持つ国宝の杖のくせに、やけに禍々しい見た目をしていた。




 



「あの飾り……骨を組み合わせて作ったみたいな……。何か、生き物の死体みたい」





ジュリオの言う通り、冥杖ペルセフォネは人骨に似た装飾が施された気色の悪い杖である。

人の白骨遺体をそのまま丸めて作ったような、そんな禍々しい見た目をしていた。






「見た目は気持ち悪いけど……この杖、持ってみると良い感じに手に馴染むんだよなあ。……まるで、自分の体の一部……みたいな」





ジュリオはポツポツと独り言を言いながら、粗末な台に立て掛けてある冥杖ペルセフォネを手に持った。



長い事誰からも触れられる事の無かったこの杖は埃にまみれている。触ると手が汚れてしまった。




しかし、手は汚れたものの、手への馴染みは抜群に良い。


訓練として様々な杖を触ってきたが、どれもこれもしっくり来なかったのた。そんなジュリオが唯一手にしっくり来たのが、この冥杖ペルセフォネと言う神器だった。






「……追放への準備が終わったかと思えば、こんな所で何をされているのです。兄上」



「ぎゃっ! ル、ルテミス……」






背後からルテミスに声をかけられ、ジュリオはみっともない声をあげてしまう。



恐る恐る振り返ると、そこには苛立ちを隠せない様子のルテミスが、腕を組んでジュリオを睨んでいた。






「国外追放への身支度は済みましたか? この様な埃まみれの部屋で無駄に過ごす時間など、兄上には無い筈ですが」



「……あはは、ルテミス。……あれ、珍しいね。ネネカと一緒じゃないんだ」



「ええ、まあ」






ルテミスの表情は変わらない。



子供の頃のルテミスは、素直で泣き虫で可愛らしく、何を考えているのかわかりやすい愛嬌のある子供だったのに。

いつの間に、こんな鉄仮面で慇懃無礼で嫌味な男になってしまったのか。



もっとも、子供の頃は頑張り屋で健気だったジュリオも、いつの間にか性格最悪の我儘バカ王子となっていたのだ。しかも、気に入ったら女でも男でも寝てしまうような下半身の緩さもある。




時の流れとは、残酷なものだ。






「……冥杖ペルセフォネを持って、兄上はどうにもならないのですね…………昔から」



「うん。手に馴染むというか、体の一部かなってくらいなんだよね、この杖。あの時もそうだったもんなあ。……ほら、覚えてる? 子供の頃、ルテミスがさ……怪我、したとき……」



「……ええ。ペルセフォネ人の貴族の子供に石を投げられ、私の片目が潰れた時の話ですね」






そんな大怪我を子供の頃に負ったというのに、ルテミスの顔には一切の傷は無い。





「私をお救いくださったのは、兄上と冥杖ペルセフォネでしたね」






子供時代の話だ。



まだ幼いルテミスが、他の王族や貴族の子供達からいじめられて大怪我を負わされた事がある。


そんなルテミスをこの城にいるたくさんの人は誰も救おうとしなかった。






「おかしいですよね。この城にはたくさんの人々がいるというのに。誰も、私に手を差し伸べる事はありませんでした」






異世界人の母親は、他の王族貴族達からの酷い差別と虐めによる心労で死んでしまったのだ。



ルテミスを寵愛する父親のランダーは、国王としての激務や側室のお家同士の関係への配慮のため、個人同士の揉め事には介入が出来なかった。






「何人も、怪我をして倒れた私を発見したのに、誰も行動を起こしません。見てみぬふりです。…………兄上だけでしたね。血相を変えて冥杖ペルセフォネを持ち出し、私にヒールをかけてくださったのは」






その頃のジュリオは、いつになっても遊ぶ約束をした筈のルテミスが来ないので、あちこち探し回っていたのだ。


そして、やけに慌てた様子のメイドが逃げる様にして中庭から立ち去ったのを見た。



ルテミスはここだと、ジュリオは子供ながらに勘で思ったのだ。






「ルテミスを見つけて、死ぬかと思ったよ。片目が潰れて血塗れで、これはすぐに冥杖ペルセフォネが無いと駄目だって思ったんだよね。……お母様の言う通り」



「デメテル様……あの方も、冥杖ペルセフォネの優れた使い手でしたね」






ジュリオの母親である大聖女のデメテルも、冥杖ペルセフォネの優れた使い手であった。



冥杖ペルセフォネの話を母から聞かされていたジュリオは、自分も扱えると根拠無き自信を持っていたのだ。





「兄上、冥杖ペルセフォネを持つ際、怖くはありませんでしたか? …………死ぬかもしれないのに」






ルテミスの台詞に、ジュリオは「え?」となってしまう。






「死ぬかもって、ルテミスの片目は潰れて」



「私ではありません兄上です」



「え、なんで僕?」



「……兄上だって、ご存知でしょう? 冥杖ペルセフォネを生魔力が弱い物が持つと、生命ごと杖に吸われて死に至る……と」



「……ああ。それかあ」






生命力を吸われて死に至る、という物騒な言葉に対し、ジュリオは呑気に間延びした返事をした。






「それに関しては、特に何もって感じかな……。そんな事より、早くルテミスを治療しなきゃって慌ててたし。だから、冥杖ペルセフォネも許してくれたんじゃないかな?」






ジュリオは、ヒーラーとしての素質が無い。



ヒーラーに必要な生命力を生魔力に変換する才能が無い。



だから、膨大な生魔力を必要とし、足りなければ使い手の生命力すら奪い取る冥杖ペルセフォネを、無傷で使用する事は不可能な筈だ。




しかし。






「なんでかな……すっごく……手に馴染むんだよねえ……」






その昔、冥杖ペルセフォネを手にした優秀な聖女が、翌日に胸を患い死に至った。



そんな危なっかしい杖を、まるで子供が良い感じの枝を振り回すようにして、ジュリオは呑気に冥杖ペルセフォネを片手で持ち上げている。






「……恐らく、母君のデメテル様の血によるものでしょう。息子の貴方も扱えるのは、有り得ない話ではありません」



「……お母様の血……かあ。……ルテミスだけだよ。僕が冥杖ペルセフォネを扱えるって信じてくれるのは」






幼いジュリオがどれだけ『僕もお母様と同じ様に冥杖ペルセフォネが扱えます。だから役に立ちたいです』と周囲に言っても、『バカ王子様? 寝言は寝て言うものですよ』と笑われて終わったのだ。



そんな幼少期を過ごした後、ジュリオは『それなら本当にバカ王子になってやるよ』と言わんばかりにヤリチンでド腐れビッチの魔性のバカ王子となったのだ。



そんなアホが、最強の神器である冥杖ペルセフォネを扱えるなんて、ルテミス以外に誰が信じようか。






「……今、私が言える事はここまでです。……追放への準備がお済みになりましたら、早くこの国から出て下さい。担当の者に馬車を用意させてあります。待たせないでください」






ルテミスの口調は、随分と事務的なものである。






「まさか、ルテミスに追放されるなんてねえ……。異世界人達への娯楽として、厄介者の貴族が追放されるのは良く聞いてたけど、まさか、ルテミス……から」






ルテミスに国外追放を言い渡されたというのに、不思議とルテミスへの怒りは湧いて来ない。




正しくは、怒りよりも諦め一色であったのだ。



弟のルテミスが言うなら、仕方が無い。



自分の無能さや素行の悪さくらい、自覚していたからだ。






「ごめんね……最後まで、ダメな兄貴だったね」



「……私は、貴方が私の兄で良かったと思った事など、一切ございません」






ルテミスの目は、暗く淀んでいる。


その目は悔しそうであり、どこか悲しそうだ。



心配になり、どうしたの? と聞きたくなるのは兄心である。






「私は、もう二度と異世界人が差別されないよう、女神の存在をありがたがる古い価値観や、貴族や王族が権力を独占するこの国の構図を壊し、誰もが平等に生きていける世の中にしなければなりません」



「……それで、手始めに王族の膿である僕を追放するってわけか」



「ええ。兄上を追放したら、公爵家や伯爵家などの腐敗した貴族を追放するのも容易になりますから。……先に王族が身内を切ったのです。いくら公爵とはいえ、文句は言えないでしょう」



「……僕は、見せしめなんだね」






アホなりに考えてみたが、恐らくルテミスの目的は、この聖ペルセフォネ王国の古い価値観を破壊し『平等』という概念を築かせ、異世界人が差別されない国にすることだろう。



その為には、王族や貴族という立場の甘い汁を吸う腐敗した連中を切り捨てなければならない。


しかし、そんな面の皮の厚い連中が、素直に処分を受けるとは限らない。



だからこそ、手始めに王族からジュリオというバカ王子を追放処分する事で、貴族連中を黙らせるという狙いなのだろう。




自分の追放には、随分と大きな理由があるようだ。






「異世界人が差別されず、貴族も王族も関係なく平等に生きられる世を作る。…………死に際の母上と約束しましたから」






ルテミスは、異世界人の母親譲りの漆黒の瞳でジュリオを見ていた。






「もう、母上の様な犠牲者は出しません」






この国に虐げられ死んだ母を持つルテミスの言葉は、とても重かった。






◇◇◇






「いや、あんた……良い兄貴だね」



「え、そう?」



「そうだよ。だってさ、弟に『国から出てけ』なんて言われたら、普通ブチ切れて一発ぐらい殴ったりすんだろ」






クソボロい馬車にガタゴト揺られながら、ジュリオは身の上話をアンナに聞かせ終えた。



そうしたら、アンナから意外な返事が聞けたので、それだけでも話してよかったなあと思えたのだ。






「腹立たないの? 弟にボロカスに言われて追放されて」



「全然。それよりも今になって、もっと良い兄貴になれてたらな〜って思う。……ルテミスが心配だよ……正直」



「そう言うもんか……」



「そうそう。それにさ、ルテミスに言われたらもう駄目かなーって思ったんだよね。止め刺された感じ。……例えば、倦怠期の恋人から別れ切り出されたあの感じだよ。わかるでしょ?」






ジュリオからしたら最高にわかりやすい例えの筈だが。




アンナは腕を組んで頭を傾げていた。






「いや、わからん」



「え、何で」



「恋人いた事ねえもん」



「え、何で? そんなに可愛いのに」






そんなに親しく無い相手に対し、色々と踏み込んでしまったと失敗した。



しかし、踏み込みたくなるほど、アンナはとても可愛い。何でこんな可愛い子が放って置かれるのかとジュリオは思う。




女に対して何の緊張も照れもなく「可愛い」と言える色男、ジュリオである。






「…………そっか」





アンナは特に怒る様子も見せず、赤いフードをすっぽり被って顔を隠してしまう。



距離を取られたか……と悲しくなったが、アンナがブツブツと「あたしは……可愛いのか……」と言うもんだから、これは照れているのかとわかる。




あのアンナが。


涼しい顔で凶暴な魔物を倒していたあのアンナが。


ジュリオの言葉で、照れるなんて。






「ねえ、アンナ……もしかして、照れてる?」



「照れてねえよ」



「ねえ、どうなの?」



「うるせえ」





ジュリオは、少しだけアンナをからかった。


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