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15.もう限界ーッ!

「ところでさ、ジュリオ。握り飯とパン、どっち食べる?」


「え……ああ、その袋……さっき持ってたやつか……。ご飯が入ってたんだ」


「ああ。ルトリがくれた」





突然話題が変わってしまい、ジュリオは戸惑った。



アンナから渡された袋の中を見ると、見慣れない透明の袋に入ったパンと、同じく透明の紙で包装された三角型の握り飯がある。


この透明な袋や紙は、明らかにこの世界で生まれたものでは無い。

きっとこの素材は、異世界人の進んだ文明による産物だろう。





「ありがとう……じゃあ、パン……もらうね」





取り敢えずパンを選び、アンナに袋を返す。





「ねえ……アンナ。これ、どうやって開けるの?」





透明な袋に入ったパンというのを、ジュリオは初めて見たのだ。





「え、マジで? 開け方、知らん?」


「……しらん」





アンナの口調が移った。  





「……そうかい……えっとな、袋の両端がギザギザしてんだろ。そこをビリっと破くと開くから。ほれ、やってみ」




言われた通りに両端のギザギザに手をかけビッと破く。

柔らかそうな白いパンと対面出来た。





「口に合わんかったらあたしが食うしさ、無理すんな」




そう言ったアンナは、透明の紙で包装された三角の握り飯を袋から出し、まるで手品のような手際で包装を剥いてしまう。





「アンナ、何それ今のそれどうやったの!? ……うわっ」




アンナが握り飯の包装を剥く動作に夢中になっていたジュリオは、馬車の無遠慮な揺れでよろけてしまった。その時、腹の底がぐるぐると揺れ、非常に気色悪い心持ちとなる。





「大丈夫か? 揺れに酔ったらすぐ言えよ」


「うん……ありがとう……」





アンナが握り飯を食い始めたので、ジュリオもパンを口にしてみた。



味は程々に甘く食感も悪く無い。蒸しパンは結構好きである。




しかし。





『食べる』という行為を自覚した瞬間、アナモタズが目の前で人を食い殺した光景がぐるぐると目に浮かんだ。

そして、目が回りそうな速さで光景がぐるぐると切り替わり、食い殺されていた遺体や、惨殺された遺体が鮮明に思い出された。





「…………っ」





食べるという行為を、気持ち悪いと思った。

食べるという行為を、体が拒絶した。





「ごめん」





アンナに食いかけの蒸しパンを渡す。


胸は嫌な鼓動を繰り返し、呼吸を吸うのが難しい。ぐるぐると古い空気が体の中に留まるような息苦しさがある。





「いいよ。気にすんなや」


「うん……わかった」





ジュリオを特に気にした様子も無いアンナは、さっさと握り飯を食い終えた後、ジュリオの食いかけの蒸しパンをガツガツと食い始める。

そして、あっという間に完食した。



食いかけとは言え、瞬く間に食い終わったのには驚いてしまう。





「……アンナ、ほっぺにさ、米粒……ついてるよ」


「ん? ああ」





アンナは口元に付いた米粒を親指で拭うと、そのまま口にしてしまう。

親指を赤い舌で舐めとる行為がやけに艶っぽい。



品の無い動作である筈なのに、不快とは一切思えなかった。

それどころか、無性に艶かしく感じてしまい、目が離せない。





「わりぃ。品のねえことしちまったな」


「……え? いや、全然気にしないで、ほんと」





何だかアンナに申し訳なくて、妙に早口で喋ってしまう。


アンナの物言いや言動は、やけにジュリオを夢中にさせる。

それはきっと、初めて見る野生の動物に対しての好奇心や驚きの気持ちと同じだろうと思った。



気を取り直すようにして、ジュリオは視線を景色に移す。

トロくさい馬車から眺める光景は、穏やかだが変わり映はしない。淡い青の空と一面の草原が広がるのみだ。





「それにしてもジュリオ……まさかビニールも知らんとは……。なあ、コンビニって……知ってるか?」


「コンビニ? ……えっと、確か、異世界人が始めたお店だよね? コンビニのせいで、商会ギルドがたくさん潰れたって、貴族達が愚痴こぼしてた」


「き、貴族……あ、そういえば……あんたは……その、ペルセフォネの」





アンナは、ジュリオの正体を思い出したのだろう。



アナモタズとの戦闘の際、ジュリオは図らずも口を滑らせてしまい、王子という身分を明かしてしまった。

だが、その時は状況が緊迫しており『一旦保留!』という事にしたわけだが。





「……アンナ……」





今で不敵に笑っていたアンナはだんだんと威勢を失いしおらしくなる。


気まずそうに目をそらされると、とても悲しく切ない感情がぐるぐると湧く。



急にアンナが遠くなってしまったようで、ジュリオは慌てて弁明した。





「ねえ、その事何だけどさ、僕は」





アンナにはそのままでいて欲しい。


そう言おうとした瞬間、馬車の運転手のオッサンが「アンナ〜! 今日の朝刊読むかぁ?」とこちらに振り向き話しかけてきた。





「あ、ああ! ありがと、読む」





逃げるように返事をしたアンナは四つん這いで御者席に近寄り、新聞を受け取ると再び四つん這いでこちらに戻ってきた。


アンナが四つん這いになると、どうして揺れるでかい乳に目が行ってしまう。



こんな真面目な状況なのに、雄の本能はしぶとくて間抜けなもんだなあと、ジュリオは内心で苦く笑った。じろじろ見るのは失礼なので、素早く目を逸らす。




いけない、いけない。


『そう言う事』はいけない事だと自分に言い聞かせる、母の顔がぐるぐると浮かぶ。





「アンナごめん。一回さ、新聞置いてもらっていい? 話したい事があって」





新聞を読み始めてしまったアンナに、ジュリオは話しかけるが、アンナは気まずそうに視線だけを寄越してくるのみである。


そんな時だ。





「おぉいアンナぁ〜悪ぃなぁ〜!! その新聞よぉ〜! 昨日のやつだわぁ〜!!」




馬車の運転手のおっさんが、間延びした喋りで話しかけてきた。





「でもよぉ〜! その新聞さぁ〜! ペルセフォネのバカ王子が国を追放された記事だからよぉ〜! クソ笑えるぜぇ〜!」


「!? おいアホ黙れッ!!」


「おい何だよアンナぁ〜!! オメェいっつも酒飲みながらバカ王子の記事読んで『バカでもこれだけブッサイクなら、追放されても変態貴族にケツ掘られねえ』ってゲラゲラ笑ってただろうがぁ〜!」


「おい……やめろって……ほんと」





アンナが恐る恐ると言った様子で顔をみてくる。





「笑ってもらえて何よりだよっ! ヨラバー・タイジュの新聞も良い仕事してたんだねっ!」





ジュリオの笑顔は美しかった。


人形のように、美しかった。





「ごめん……」


「謝らなくて良いよっ! 事実だし! 僕もアンナなら絶対笑ってるからっ!」


「本当に、ごめん……」


「だからさぁっ! そんな顔しないでよぉ〜! ねっ! だって、ほら、記事の風刺画なんて、僕そっくりだし! バカそうなとことかっ! ほら」




アンナが落としてしまった新聞を手に取り、紙面の『バカ王子の風刺画』を指でさす。


風刺画のバカ王子はアホのような金髪の巻き毛をしていた。

父親である国王から追放され、露悪的に書かれたブッサイクなバカッ面を大袈裟に歪め、鼻水を垂らして号泣し、小便まで漏らしている。





「ほらっ! こんなの誰だって笑うって! だから気にしないで! だって、こんな……ねえ…………」




頬が震えて、次の言葉が出ない。



人形の様に美しい微笑みが歪み、笑いながらも感情を抑えられない不格好な人の顔になった。





「そっかぁ。アンナも……笑ってたかぁ…………あはは……」





何をやってもダメだった。

バカ王子と蔑まれてきた人生だった。

 


死んでも良いかと、本気で思えた。



そんな時に、アンナに救われた。

生きてみようと、勇気が湧いた。




だけど。





「アンナにだけは……笑って欲しく……なかったなぁ…………」





あれ? なんで僕はこんな事を言うのだろう?





困らせる事を言ってしまったと思い、アンナの顔を見られず視線を紙面に落とす。


ぶん殴ってくるような紙面の悪意に怯んでしまい、うまく呼吸ができない。


胸がけたたましく鼓動し、目の前が風刺画で一杯になる。




オンボロ馬車の揺れが気持ち悪い。

ぐるぐると腹の中が揺さぶられる。 


先程かじった甘ったるいパンが。

そして、追放にクソパーティに囮にアナモタズが人を食ったり惨たらしい遺体の光景が。 

目に焼き付いた、露悪的な風刺画が。


ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐると、嫌な速度で回ってしまい。


あ。だめだ、限界。





「ジュリオ!?」





荷台から顔を出し、先程食ったパンを嘔吐した。涙をこぼしながら、嗚咽と共に腹の中のものを吐き出す。


荷台の中で嘔吐しなかったのは、ジュリオのなけなしの根性によるものだった。





「おい! ジュリオ!!」





血相を変えたアンナが、嘔吐したジュリオの背中を優しく撫でてくれる。



背中に温かい感触が走り、そのおかげで落ち着きを早く取り戻せた。

涙目で乱れた呼吸を整え、荷台の板壁によりかかる。




アンナは袋からお茶の入った透明な容器を取り出し、不安そうな顔でジュリオの乱れた髪の毛を優しく撫でながら整える。





「茶ぁ、飲めるか? 馬車、止めようか?」





最早答える気力もない。


アンナに持たされた透明な容器を口につけた。

お茶の苦味が体に染み込むが、また吐き気がこみ上げてきて、再び荷台から吐き散らかした。


腹の中身は空っぽで、嫌な味の唾液のみが出る。



アンナが背中を撫でてくれるが、正直それすらもほっといてくれとなるほどの吐き気だった。


吐き終えた後も暫く顔をあげる事が出来ず、ジュリオは荷台の板壁に身を突っ伏したままである。


そのうちようやく気力が戻り、再びお茶を飲む。口の中に残った嫌な味を、お茶の涼しい苦さが流してくれた。


口の端からお茶が溢れるが、拭う元気がもう無い。





「ジュリオ……ごめん」





口の端から溢れたお茶を、アンナが拭ってくれた。





「ごめん」


「…………アンナは悪くないよ」





そもそも、アンナに謝る道理は一切無い。


これはジュリオの身から出た錆。

ジュリオの甘ったれた生き方が招いた結果そのものである。


悪いのは、全てバカ王子だ。





「いや、違う。悪いとか、悪く無いとか、そう言うんじゃなくて」


「アンナ……もう、良いよ」


「本当に、すまなかった……」





アンナはそう言うと、涙を垂らして疲れ切った顔で笑おうとするボロボロのジュリオを、遠慮無しに抱き寄せた。



僕吐いたばかりなのに、平気? と聞きたいが、今はただ黙って、アンナの体温を感じていたい。





「アンナ……僕ね、本当の名前は、エンジュリオスって言うんだ……」


「うん」


「それでね、お父様はランダー……職業は王様やってる。お母様は……救国の大聖女のデメテル…………今は……もう」





ジュリオは、自身の身の上話をポツリポツリと語り始めた。



全てが限界になり、アンナに話して楽になりたかったのだ。



風が優しく吹き抜ける。

その度に、アンナはジュリオを強く抱き寄せた。



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