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154.ジュリオとルテミス

ルテミスとネネカに土壇場の単独行動を取られたジュリオとアンナとローエンは、船を飛ばし夜の海を駆け抜け、慟哭の森のヒーラー休憩所跡地へと向かっていた。





「アディルさんの本当の殺人現場だったなら……どうして廃墟を取り壊さなかったんだろう」





ジュリオは疑問を口にした。





「アナモタズがいつ腹空かして出てくるかわからねえ場所に、建物解体する業者さんは呼べねえって」





アンナの言葉に納得した。



確かに、慟哭の森にアナモタズの素人である、解体業者は危なくて呼べやしない。


それに、ヒーラー休憩所として使う建物は、元はペルセフォネ教の石造りの教会である。

石造りの建物は燃えて消えてはくれない。





「……ルテミス……ネネカ……」





ジュリオは、フロントを殺しに行ったであろう二人の身を案じた。


そして、フロントの身を案じているユリエルの事も忘れられなかった。





「…………ローエン、スマホの携帯バッテリー持ってる? ……ユリエルさんとビデオ通話を繋いでおけば、フロントと話し合いが出来るかもだし……」


「…………」


「ローエン、大丈夫? ……ルトリさんはきっと無事だよ。だって、僕がいるんだよ? このチート性能の最強ヒーラーの僕がいるんだから、安心してよ」





ジュリオ達の目的は、ルトリの救出である。


ぶっちゃけ、フロントはどうでも良い。



しかし、もしフロントとユリエルが会話をする機会を作れるなら、その方が良いと思った。



妹分のユリエルの言葉で、フロントも良心を取り戻すかもしれない。

そして、良心を取り戻したフロントとも、もしかしたら仲良くなれるかもしれない。



そんなハッピーエンドがあっても良いじゃないか。 

誰も傷付かない未来を願ったって、良いじゃないか。



ジュリオは、縋る思いでユリエルにビデオ通話の連絡をした。





「良いか、ジュリオ。…………今から行く現場は、マジもんの殺し合いの場だ。……カツラギ先生もルテミスさんも、フロントを本気で殺そうとしてる。……そして、フロントもカツラギ先生やルテミスさんやルトリさんを……殺すつもりだろう。……話が通じる現場じゃねえ事は確かだ」





アンナに肩を抱かれ、ジュリオは無言で頷く。





「これはあくまであたしの我儘だ。……ジュリオ……あんたにはあんたの命を一番優先して欲しい」





人を食い殺したアナモタズの駆除を何度もこなして来たアンナに言われ、ジュリオは力無く「わかった」とだけ答えた。


しかし、心のどこかではフロントとも心を通わせる事が出来るのでは? と言う希望を捨てきれずにいる。


ユリエルと飯を食って仲良くなれたように、もしかしたら……と望んでしまうのは、フロントがペルセフォネ人兵士から妹分のユリエルを庇ったという事実が、ルテミスの兄であるジュリオに痛い程共感できたからであろう。





◇◇◇





慟哭の森に到着し、ジュリオ一同はアンナを先頭にヒーラー休憩所跡地へと向った。



ヒーラー休憩所跡地へと向かう途中、アナモタズの死体が転がっていた。





「眉間に……弾……。これ、ルテミス達じゃねえ。……銃を持ったカツラギ先生がぶっ殺して行ったんだ……」





ローエンが道に転がるアナモタズの死体を見て、静かな声で言う。





「恐らく……フロントが操ったアナモタズを、次から次へと銃でぶっ殺して行ったんだろ。ったく……弓使ってんのがアホらしくなるな」





アンナは状況確認をそこそこに切り上げ、再び歩き始めてしまう。



ジュリオは、青ざめた顔のローエンの手を引きながら、アンナの小さな背中を追いかけた。



そして、随分と森の奥深くまで進んでゆくと、鬱蒼とした森が開けた土地に、ボロボロで大きい石造りの平屋が、ポツンとあった。


壁の石肌には植物が入り込んでおり、長年放置された廃墟そのものである。


その大きな廃墟の周辺には、銃で眉間をぶち抜かれたアナモタズの死体が転がっていた。





「状況を見るに、……カツラギ先生は、石壁に伝う植物を登って、屋根の上からフロントに呼ばれたアナモタズ共を片っ端からぶっ殺したんだろ。……そして、殺してる最中にルテミスさん達が来ちまったせいで、今は身を隠している……ってとこかな」





確かに、アンナの見立てで間違い無いだろう。


男性物の靴跡のすぐ後ろに、女性のヒール付きの靴跡がある事から、ルテミスとネネカは既に建物へ入った事が分かる。






「……まずは、ルトリさんを助けに行こう」





ジュリオは一旦、兄貴としての心を抑え、怪我人を助けるヒーラーとしての理性を最優先した。


そうじゃないと、冷静さを無くして勝手にルテミスを探しに行きそうになるからである。


この場で単独行動だけは絶対に取れない。





「血の跡を……追っていこう。早くしないと」





ジュリオの顔は、修羅場をくぐり抜けてきたヒーラーの表情をしていた。





◇◇◇





血の跡を辿って建物の内部を進んで行くと、破裂音等の激しい音が聞こえてくる。


しかし、石壁は音を反響させるため、それがどの辺りから聞こえてくるかわからない。



ジュリオは、ルテミスがフロントに撃たれる最悪の想像をしながら、今にも単独行動を取ってルテミスを探しにいってしまいそうな心を必死に抑え込む。





「いっそ……建物全体にフィールド・オーバー・ヒールをかけられたら良いのに……」


「……状況が分からねえ以上、広範囲回復魔法を発動させんのは危険だな。……最悪のタイミングで手負いのフロントが復活するかもしれねえ」


「だよね……」





ジュリオが自分のチート性能回復魔法を発揮出来ないもどかしさに顔を歪める。





「ジュリオ、焦るなよ」





アンナに腕を掴まれ、ジュリオは「……大丈夫……」と小さな声で答えた。



不安と焦りと恐怖で今にも正気を失いそうになりながらも、床に垂れた真新しい血の跡を辿って、警戒しながら進んでいく。





「……!?」





そして、壁に立てかけられた瓦礫の隙間から血塗れの白い手を発見し、一同は即座に駆け寄った。





「ルトリさんっ!」





ジュリオは大声を出しそうになったものの、フロントに存在を気付かれないようにする為、声の音量を絞った。



そして、瓦礫の隙間に隠れるよう寝かされていたルトリを引っ張り出し、怪我の具合を確認した。





「顔は……傷が無い……けど、両足が……」





ルトリは幸いまだ息があり、顔には一切の傷が無い。

顔だけでなく、足以外の怪我は完治していた。





「ネネカの回復魔法のお蔭だ……。でも、何で足だけ……」





ルトリの両足の太腿には、ジュリオの予想通り弾丸が撃ち込まれていた。


ここを先に治すべきではと思うが、ローエンに



「この弾を取らないまま回復魔法で怪我を塞げば、足の中に弾が残っちまう。……そうしたら、その弾が足を腐らせる可能性がある……。……ネネカ様とルテミスに、その余裕が無かったってことだろ」



と言われ、ジュリオは頭を抱えた。





「弾、取るしかねえな。……ローエン、ナイフと火が出る道具と聖水を貸せ」





アンナはルトリの元へ片膝を付き、ローエンからナイフと異世界道具の点火棒と聖水を受け取った。





「弾……取るって……アンナ……何を」


「ナイフで傷口ほじくって弾を取る。そしたら、あんたがすぐに治癒する。……そうすりゃ痛みも消えるし、歩けるようになるだろ」


「………………わかった」





アンナに言われ、ジュリオは真剣な顔で頷く。



ローエンも覚悟を決めた様な顔で頷き、腰に巻きつけているタオルを、ぐったりしているルトリに無理矢理咥えさせた。





「ルトリさん……ごめんなさい。でも、舌噛まないようにしないと、駄目なんで……」





ローエンはルトリが舌を噛まないようタオルを咥えさせた後、血塗れの両手を床に押さえつけた。





「僕も……」


「お前はルトリさんの治癒をすぐやってくれ。だから、手伝わなくて良い」





今にも泣きそうな顔をするローエンに、ジュリオは無言で頷く。



そして。





「ルトリ……ごめん」



 


アンナはナイフを火で炙り、傷口に聖水をかけると、一呼吸おいて、ルトリの傷口をナイフより深く切り開いた。



口をタオルで塞がれたルトリの曇った悲鳴が廃墟の部屋に響く。


幸い、タオルのお蔭でフロントに気づかれる音量にはなっていないが、それでも一生聞きたくない類の声である。





「ルトリさん。大丈夫ですから。大丈夫……大丈夫」





アンナがルトリの足に撃ち込まれた弾を取っている間、ジュリオはひたすらルトリに話しかけ続けた。



そして。





「取ったぞ!! ジュリオ早く!」


「わかった!」





ジュリオはオーバー・ハート・ヒールと言う大技回復魔法を無詠唱で発動させ、一瞬でルトリの足を治癒した。



傷は跡形も無く綺麗に塞がっており、確かに弾を抜かないと弾ごと足の肉が塞がってしまうだろうと思う。





「ルトリさん……ルトリさん!」 





ジュリオがルトリへ呼びかけると、タオルを咥えたままのルトリが薄っすらと目を開いた。





「先生……? …………ごめんなさい、ジュリちゃんだったわね…………ごめんなさい……あの時、殴ってしまって」


「そんなのどうでも良いですから……でも……良かった……ルトリさん……良かったです……」





ジュリオはルトリの口に押し込まれたタオルを抜き取り、ゆっくりと抱き起こして優しく抱きしめた。



ルトリは抱き返すことをせず、ひたすら『ごめんなさい』とうわ言のように呟いていた。





◇◇◇





「ルテくんとネネカちゃんはこっちよ……。ごめんなさい、ローちゃん……私まだ、うまく歩けなくて」





ルトリはローエンに肩を支えられなが、フラフラと歩いている。


傷口はチート性能の回復魔法で塞いだ筈だが、一度痛みを覚えた体はそう簡単には動いてくれないらしい。





「ネネカちゃんが……助けてくれたの。……ネネカちゃんが魔法の目くらましをしてフロントの視界を塞いだ後……ルテくんがフロントを締め落として……。フロントを抑えている間に……ネネカちゃんが私の怪我を直して、安全な場所に置いてくれたのよ」





ルテミスとネネカに良心が残っていた事にジュリオは安堵したが、すぐにその考えは違うと思い直した。



ルテミスとネネカは、良心に満ち溢れている。

だからこそ、ルテミスは妹を無惨な姿にしたフロントを許さないし、ネネカはそんなルテミスの気持ちに寄り添ってしまったのだろう。





「……ルテミス……ネネカ……どうか……無事で」





ジュリオは二人の身を案じながら、フラ付きながら歩くルトリを気遣いつつ先へ進んだ。





◇◇◇





ジュリオ達がルトリを救出し、ルテミス達の元へ向かっている一方。



ルテミスは、ネネカの魔法によって目潰しされよろけたフロントの腹へ膝蹴りを決め込んだ。



うめき声を上げてよろめくフロントが地面に倒れ、銃と装填用の弾が床に落ちてしまう。





「アンナさんみてェな戦闘力してたらどうしようかと思ってたが……お前は……雑魚で良かったよ……」





ルテミスの頬には、フロントの銃が掠った傷が入っている。



ネネカの光魔法で目くらましをしつつフロントの銃撃を封じ、距離を詰めて銃を持つ手を抑えつけて膝蹴りをかますと言う直接攻撃が見事に決まった瞬間である。





「クソが……ッ!! 私の王国に……入り込んだ寄生虫共がァ……ッ!」





フロントは憎しみの形相を浮かべ、ルテミスを見ながらフラフラと起き上がる。



銃がすぐ近くに落ちており拾おうとしたが、ルテミスに銃を蹴られてしまう。





「これさえ無けりゃ……お前なんざ非力なガキだ……。ペルセフォネ人の兵士の公衆便所がお似合いだよ……クソ野郎」





寄生虫と言われたルテミスは、フロントの屈辱の過去を引き合いに出す。





「ランダーさえ……新しいガキを作れていたら……!! お前など……さっさと殺していたのに……ッ」


「そうだな。……父上は俺が……俺の母上が大好きだからな。……俺が死ねば……あの人は自殺するだろうよ」





邪魔者は皆陰ながら始末してきたフロントが、どうして自分を野放しにしていたのか。


それは、ランダーがいたからだろう。

あの不安定な男は、ルテミスの母である花房ハルへ信仰心のような愛を抱いていた。

その息子であるルテミスの事も、ランダーは深く溺愛していたのだ。



だから、もしルテミスが死ねば、ランダーはすぐに自殺しただろう。



フロントが自分やネネカにまとわりつきながらも、手を出せなかったのはそのせいだと、ルテミスは思う。





「……待ってろフロント。今、可奈子みたいにしてやるよ」





ルテミスが言うや否や、ネネカがフロントの背後から飛び付き、義手の手を無理矢理口に突っ込んで開かせた。


そして、無理矢理開けさせたフロントの口に薬を流し込むと、ネネカはフロントを蹴り倒す。





「……麻痺剤っすよ。……意識はあるけど体は動かない的な……すげえヤバイやつ。…………痛めつけて殺すには、最高のシチュエーションですね。…………ぁあ………心臓が破裂しそう……ぐるじぃ……」



 


ネネカは床に座り込み、魔法を連発したせいで疲労したのか、息を乱していた。





「可奈子は……アナモタズに手足を折られて、顔が壊れるまで殴られてたな……それなら、手足は切り落とすとして……」





ルテミスは疲れ切った無表情のまま、麻痺剤で床に倒れているフロントへ馬乗りになり、無言でフロントの顔を殴り始めた。



返り血が伊達眼鏡にかかり、邪魔くさいので投げ捨てる。


そして、死なないよう加減しつつ、ひたすら殴り続けた。

拳の痛みはもうわからない。





「お前は所詮こうなんだよ。……非力で惨めで、ペルセフォネ人に尻尾振って媚び売らなきゃ生きてけねェ。……それこそ、寄生虫だ」





フロントが一番怒りそうな言葉を的確に言いつつ、ルテミスは好き放題殴ったフロントから離れた。



そして、アンナからパクった鯖裂きナイフで、フロントの片手をぶった切ろうとした…………その時だ。





「ルテミス!!! 何してんの!!!」





今この場で一番聞きたくない、愛しくて憎たらしいアホ兄貴の声がしたのだった。





◇◇◇





ルテミスは自分を見て泣きそうな顔をしているジュリオを見た。


泣きそうな顔もやっぱり綺麗で、本当にムカつく奴だと思う。





「可奈子を殺した奴を同じ目に遭わせようとしているだけだ」


「……ねえ、兄として聞いていい? 人を殺すのは悪いことだよね? これ合ってるよね?」


「人……? こいつはハーフエルフですよ。あんたの言う人ってのはペルセフォネ人の事だろ?」


「……違う。違うよ。みんな、人だよ。……だから……人殺しは止めてくれないかな……? 僕は……君に人殺しになって欲しくない」





ジュリオがゆっくりと近寄ってくる。



そんなジュリオを、ルテミスは何の感情も無い目でつまらなそうに見ていた。





◇◇◇





「僕は……君に……弟に人殺しになって欲しくないよ」





ジュリオは震えた声でルテミスに語りかける。



そんなジュリオへ、床に座り込んだネネカが穏やかな声で話しかけてきた。





「ねえ、ジュリオさん。……ルテミスさんに人殺しになって欲しくないのは……貴方の都合でしょ……? それとも、貴方はルテミスさんに妹さんの死への憎しみを抱えて死んだ目をしたまま、みんなと仲良しこよしにピザでも食べてて欲しいんすか? ……フロントの妹分と、過ごしたみたいに」


「ユリエルさんと……過ごしたみたいに? 何で……? だって、みんな楽しそうにしてたのに……」





ジュリオはユリエルとピザを食った時の事を思い出す。

みんなそれぞれ楽しく笑い合いながら、愉快な時間を過ごしていたとジュリオは感じていた。



そしてそれは、ルテミスも同じだと思っていた…………のに。





「みんな? あははっ! あんたの『思う』みんなはそうだろうな! あの場で俺が何を考えてたか教えてやるよ! …………俺が女を抱けるなら、フロントの目の前でユリエルを犯してボコボコにして殺してやりてェ…………そう思ってた」


「やめろ!!!! そんな事言うな!!!」





ジュリオはルテミスの露悪的な言葉に耳を塞ぎ、悲鳴を上げてしまう。



あの時、ルテミスは本当は憎しみを抱えていたのか?


妹を死に追いやったフロントから、『妹を殺そうと匂わせる発言を聞いていながら、何もせずにフロントを止めなかったユリエル』を、殺したい程憎んでいたのか?



そして、そんな弟の苦しみに、また自分は気付けなかったのか?



ジュリオの頭に、ルテミスが腹をカッ捌いて死のうとした光景が浮かんでしまう。





「あんたは所詮ペルセフォネ人だよ……俺の事は何一つわからない。……だから、能天気にユリエルと飯食って笑い合えるんだよ……所詮、他人事だからな。……それに、あんただって父上に蹴られた後殺そうとしたじゃないか。……皮肉だよなあ。血なんか少しも繋がってないのに、そう言う血の気の多さはそっくりなんだよ。俺達兄弟は」


「……じゃあ、血の気の多いところがそっくりな兄貴として言うよ。…………人を殺すのはやめろ、弟」


「あの時のアンナさんの真似か? ……よっぽど好きなんだな。妬けるよ、笑えるほどな」





ルテミスはジュリオを鼻で笑いながら「まずは足だ」と呟き、フロントの足の腱を鯖裂きナイフでぶった切った。





「やめろルテミス!!! それ以上は駄目だ!!!」


「ルテミスかぁ……もうすぐその名も捨てる事になるな……。結構気に入ってたけど、残念だ」





ルテミスは死んだ目をして力無くヘラヘラ笑っている。





「ルトリさんは助けられただろ? それなら……もうここには要は無い筈だ。さっさと帰れ。……それとも……この場に残って俺に皆殺しにされるか? ボコボコにしたお前の前でアンナさんを俺にヤラれたくなけりゃ、さっさと消えろよ」


「……悪いなルテミスさん……。もしそんな事をあんたがしでかしたら、逆にあたしがジュリオの目の前であんたを襲ってやる。もちろん、そっちの意味でな。わからせてやるよ。あんたは本当はバリタチじゃなくて可愛い受役だってな」


「…………あはは……だとよ、エンジュリオス。……寝盗られの性癖が無けりゃ、さっさと帰れ」





ルテミスは全てに絶望をした目をしている。



そりゃそうだろう。自分は妹を死に追いやった犯人の妹と、必死に楽しいフリをして食事をしているのに、兄貴は呑気に『みんな仲良しだよね☆』と笑っていたのだ。



所詮こいつもペルセフォネ人だ、と見放しても、何も不思議では無い。





「それとも……この場にいる全員ぶっ殺した後、あんたを無理矢理抱くのも悪くねェかもな。……どうせもう終わりだ。……大事な弟の我儘聞いてくれよ、お兄ちゃん」


「…………じゃあ、その我儘を聞いてあげる変わりに、僕のお願い聞いてくれる? ねえ、可愛い弟。……今までのセリフ全部、『この人』に聞かせてあげて?」





ジュリオはポケットからバッテリー付きのスマホを取り出した。





「……全部聞いてましたか……?ユリエルさん……」





スマホの画面には、ボロボロと涙を零しているユリエルが写っている。





「…………アホのくせに頭使ったな」





ルテミスはスマホを見せつけるジュリオを見て、鼻で笑ってくる。





『……ごめんなさい……ルテミスさん……ごめんなさい……』





ユリエルは震えた声で、泣きじゃくりながらルテミスへ謝っている。





「ユリエルさんよ……異世界人の言葉にこんなのがあるんだ。『ごめんで済んだら警察はいらん』ってな」


『……ルテミスさん。……本当に……ごめんなさい…………もう、それしか言えない……』


「…………あんたらハーフエルフってのはみんなそうだよな。……ペルセフォネ人に蔑まれた歴史の傘で被害者面するその裏で、平気な顔で異世界人を下に見るんだ。……どうでも良かったんだろ? 正直。…………異世界人の女一人が死のうがどうしようがどうでも良かったんだろッ!!」


『そんなこと……』


「俺のガキの頃からの夢を教えてやるよ。……王になって全権力を握ったら、ペルセフォネ人もハーフエルフも収容所に入れて全員ぶっ殺すんだ……。ペルセフォネ人もハーフエルフも同じように扱ってやるんだ。……平等だろ?」





激昂するルテミスへ、アンナが静かに語りかけた。





「ルテミスさん……その夢には、あたしも含まれるのか?」


「……アンナさん……」


「あたしもハーフエルフだ。…………あたしも、殺すのか?」





アンナは今にも泣きそうな顔で、ルテミスの元へ歩み寄る。


こんな顔をするアンナは初めて見た。





「あたしさ……ルテミスさんと一緒に回るパンケーキ屋……実はこっそり目星付けてたんだよ。……ジュリオは甘いもんそこまで好きじゃねえからさ。…………あんたと一緒に、パンケーキ屋もラーメン屋も……行きたいとこが……たくさんあるんだ。…………それに、ルテミスさんと食べたいコンビニのアイスが……たくさんある」


「……ズルいな……あんたは……」





ルテミスはアンナから目を逸らした。



被差別民として被害者面する癖に、異世界人を見下すハーフエルフなんかペルセフォネ人と一緒に収容所へ入れて皆殺しすると言うルテミスは、今まで自分を助けてくれたアンナの目を見れないらしい。





『ルテミスさん…………私は、思っています。……私を殺していい人は……。メティシフェルと……そして、ルテミスさんだけだと。……私は、貴方になら、殺されてもかまいません…………ですが』





ユリエルは涙を拭って、真剣な顔をした。





『私を殺したら、オルトの面倒を見てくれますか? ……オルトだけじゃない。……私がこれから救うハーフエルフの孤児全員を、何百年も……守り、教育し、見守ってくれますか? ……貴方にその力がありますか?』





ユリエルの細い肩には、立場の弱いハーフエルフの孤児達の命運が乗っているのだ。





『それが出来ると言うのなら、私は喜んで貴方に殺されましょう』


「…………ふざけんなよ。どいつもこいつも…………そんな風に言われたら……なあ」





ルテミスは一瞬顔を泣きそうに緩める。



ユリエルの説得が通じたのか? とジュリオは一瞬思うが、それでも注意深くルテミスを見る事をやめなかった。





「…………別に、お前らの都合なんか知るかよとしか思わねえな」





ルテミスはすぐに鋭い顔付きになり、ナイフをフロント目掛けて突き下ろす姿勢を取った。



駄目だ。これ以上は駄目だ。


弟が人殺しになる。それは駄目だ!!!!





バカ王子ジュリオは、何も考えずにナイフを構えるルテミスへ飛び付こうと動いた。



その最悪のタイミングで。





「お前が死ね。寄生虫が」





麻痺剤を飲まされ動けない筈のフロントが、血が混じった液体を口から吐いて、素早い動きで離れた場所に落ちている銃を拾った。



そして。





「死ね」





フロントがルテミス目掛けて撃った銃弾が……。



最悪のタイミングでルテミスの前に飛び出したジュリオの体を襲ってしまう。





「え?」





ルテミスは間抜けな声を出し、銃弾に倒れたジュリオを抱き支えている。





「……なんで?」





その場に崩れ落ちたルテミスへ、フロントは二発目の銃を撃とうとするが、どうやら弾切れのようで、舌打ちをして銃を床に叩きつける。



そして、足を引きずりながら廃墟の奥へと逃げてしまう。





「…………待ちなさい……フロントッ!!!」





ルトリはローエンから離れ、フラフラとその場から離れた。





「…………やだ……嫌だ……」





地面に座り込んだルテミスは銃で撃たれぐったりしているジュリオを抱き抱えながら、「嫌だ嫌だ」と呟く。





「ネネカさん!!!! 頼む!!」


「はい!!! ローエンさん!! 道具!! 道具貸してください!!! 早く!!」





アンナとネネカはすぐにルテミスの元へ駆け寄り、ジュリオへ呼びかける。



ローエンもすぐに道具を用意し「ジュリオ!! しっかりしろ!!!」と声をかけていた。





「こんな筈じゃ……違う…………違う……嫌だ……嫌だ………」





ルテミスは完全に正気を無くした顔で、嫌だ嫌だと口にするばかり。



それぞれの絶望の声が、廃墟の部屋に響いていた。


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