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14.ジュリオ、褒められる!

「おい、ジュリオ。起きろ」





片手に小さな手提げ袋を持ったアンナに起こされ、ジュリオは自分が寝ていた事に気づいた。



恐怖の魔物アナモタズによる襲撃襲撃から生還し、精根尽き果てたジュリオは、アンナに仲間を呼んだからしばらく待ってろと言われ、大きな木の根本で膝を抱え座っていた。



そして、気がついたら寝てしまっていたというわけだ。



思い起こせば、ここ最近はろくでもない事ばかりだ。




まず、国を追放された。


追放後、偶然冒険者パーティに転がり込めたが、そのパーティは居心地最悪のクソパーティであった。

そんな連中と恐ろしいダンジョンに足を踏み入れた。

そこで、アナモタズという怖すぎる魔物に襲撃され、目の前でパーティメンバーを食い殺された。



危機一髪のところをアンナに救われた。



その後、変な黒いオーラを纏うアナモタズに謎の魔法をぶつけたり、瀕死のマリーリカを謎の回復魔法で生還させたりした。



しかし、マリーリカの妹はアナモタズに惨殺されており、その事で錯乱したマリーリカに、ジュリオは嵐のような八つ当たりをされてしまった。 




まさに踏んだり蹴ったりである。

『人生は七転び八起きですよ』と、弟ルテミスの母である異世界人の女性は言っていたが、これじゃあ転んだ瞬間ひたすら蹴られ踏みつけられるようなもんである。





「すげえなジュリオ。寝起きの顔すら超美形とか、あんたマジでやべえな」


「ありがとう……。よく言われる……」





アンナという超美少女にルックスを褒められても、全く動じないジュリオである。


追放される前のバカ王子時代は、クソの役にも立たない無才のバカ王子と蔑んだ目でツバを吐かれてきたが、その一方では魔性の美貌王子として劣情を抱えた目で迫られ続けた。


ジュリオにとってそんな日々はただ、ひたすらに虚しく全てが馬鹿馬鹿しいものであったと思い返す。





「待たせて悪かったな。今ルトリ達が来たからよ。さっさと馬車に乗ろうや」


「うん……わかった……」





ジュリオは感情の無い腑抜けた顔で、先程から忙しなく動く集団をじっと見ている。


集団を指揮しているのは、遠目で見る限り女性だとわかる。


アナモタズのバカでかい死骸を馬車に乗せ終えると、女性は毛布をかけられたマリーリカの肩を抱きながら、馬車の荷台に向かっていた。


きっと、あの女性こそ、アンナが呼んだ『ルトリ』という人なのだろう。





「立てるか?」





アンナは座っているジュリオに手を差し伸べてくる。





「ありがとう……」





弱々しい声で返事をして、アンナの小さな手を取った。



重い体を持ち上げるように立ち上がり、アンナの後ろをトボトボとした元気の無い足取りでついて行く。





「これに乗るぞ」





アンナは軽やかな身のこなしで、乗り心地の悪そうな馬車の荷台に乗り上げた。

持っていた手提げ袋を置いたあと、ジュリオの元に素早く来てくれる。



一方、どんくさいジュリオは、車輪や荷台の出っ張りに足をかけて乗ろうとするがうまく行かない。

元々運動神経が無い上に、今は疲労の極みのような状態なのだ。体が思うように動かなかった。





「うわっ…………あ、ごめん……」


「いいよ。ほれ、掴まんな」






己の運動神経の無さを詫びるジュリオを、アンナは特に気にした様子も無く手を差し伸べてくれた。



ジュリオはその手を取り、アンナに持ち上げられる形で荷台に乗り込む。




貧乏臭く屋根すら無い荷台には、ジュリオとアンナ以外誰も乗っていない。荷台の壁板はところどころヒビが入っており、隅には埃が溜まっている。



何だこれ、こんなボロボロの荷馬車初めて見たぞ……と、困惑する。

ジュリオが王子時代に愛用していた馬車は、この貧乏臭い代物とは比べ物にならないほど高級なものであった。



王子時代は、その馬車の豪華さを周囲にひけらかし、羨望の眼差しを向けられるのが楽しかった。

そして、豪華な馬車に向けられる羨望の眼差しは、実は何の役にも立たないことも、気づいてはいた。



豪華な馬車も、無駄遣いできる莫大な金も、王位継承権の無い気楽な王子という地位も、女も男も狂わせる美貌も何一つ、ジュリオが自身の努力で得た物では無い。



全ては生まれた時に授けられた、幸運の産物だ。



そんな幸運の産物をひけらかし、己の無能さと弱さから逃げ続けた結果が、今の情けない有様なのだろう。



ただ授けられた幸運をひけらかすだけ。


その行為から得られる快感は甘美であるが、ただそれだけだ。





「…………」





馬車が動き出し、荷台が揺れる。


乗り慣れた高級な馬車と違って、揺れ方に遠慮が無い。





「……アンナは、すごいね」





ジュリオは疲れ切った顔で、隣に座るアンナに視線を移し、ポロッと呟いた。





「ん? どした、急に」


「いや……何かさ……自分の力で生きてるところが、すごいなって」


「……そりゃ、どうも……」





急にジュリオから褒められたアンナは、少しだけ驚いた顔を見せた。そんな顔も可愛らしい。


しかしこの小柄な美少女は、SSRランクの冒険者を容易く粉砕するような恐ろしい魔物を、五体も倒している。


アンナは一体、どれほどの修羅場を経験し、どのように生きてきたのだろう。





「……つーか、ジュリオ。あんたの方こそすげえよ」


「え、何が……? そりゃ、見た目には自信あるし……後、さっき何かよくわかんないけどすごい魔法も使ったけど」


「いや、それじゃなくてだな。……いや、そっちもすげえのはすげえけど……。あ〜、あたしが言いてえのは」





アンナは腕を組んで悩んだ顔をしている。組んだ腕に挟まれた大きな乳が寄せて持ち上がった。

思わず目が釘付けになるが、そんな場合では無いと視線をそらす。




いけない、いけない。

女の子をそんな目で見てはいけないと、お母様に怒られてしまう!




しかし、女慣れを極めたようなジュリオからしても、アンナは非常に魅力に満ちた美少女であった。





「あそこまで酷え状況だったのに、あんたすげえ冷静だったなって」


「…………え? 褒めるとこ、そこ……? いや、ありがたいんだけど、その、意外で……」





アンナと出会ってからの自分の振る舞いを思い出す。

怯えて泣いての繰り返しだったとしか思えない。

何も役に立ててないし、寧ろアンナの足を引っ張っただけなようにも思えるのだが。





「正直、あたしはジュリオがパニクってギャーギャー喚いて勝手に逃げ出して、アナモタズを刺激する最悪の可能性も、充分考えてた。……でも、あんたはそうじゃなかった」


「……ああ。でもそれは……君が抱き締めてくれたから、だから安心できたんだよ? 僕個人がどうこう……ってわけじゃ」





アンナの真っ赤な目が、ジュリオをじっと見つめてくる。





「あの場で僕は……君に全て任せるしか出来なかったから。……あと、アンナならきっと大丈夫だろうなって」





あの場は、完全にアンナ任せであった。

情け無い話だが、これが本心である。





「それがすげえんだよ。……あの場にいきなり現れたあたしを、あんたは信じてくれたんだよ。……その強さと勝負勘が、ジュリオにはあるんだ。……あたしは、そう思うけど」


「強さと……勝負勘……」


「それってさ、才能とか生まれた時に授かったもんじゃなくて、経験によるものだと思うんだよな。……あんた、実はかなり修羅場経験してきただろ?」





ニヤリと笑うアンナがジュリオの顔を覗き込んできた。






「ああ、うん。人同士の修羅場なら、色々と経験してきたからね……。緊張感のある場面には、馴れてたのかな。……だから、感情を手放すのは割と得意かも」





ジュリオは自身が経験してきた修羅場を思い出していった。

大体はジュリオの美貌に狂った連中が起こしたものであるが、それ『以外』にもたくさんある。




それ『以外』の修羅場を思い出すと、ペルセフォネ・ビューティーという名の薔薇の美しい黄色が頭に浮かぶ。


幸せな家族の象徴という意味を持つ薔薇に彩られた家族での食事は、はっきり言って地獄のようだった。


一つでもテーブルマナーを間違えようなら父親から怒鳴り散らされ、そんな父親を睨む母親の余計な一言で、また父親が怒り狂うと言う無限地獄だった。


緊張感の中で食べた食事の味など、何一つ覚えていない。





「そうかい。ま、あんたにとっちゃ嫌な経験だったかもしれねえけど、それも立派な武器の一つさ」


「そっかぁ……人生無駄にして来たなって思ってたけど」


「意外と無駄じゃなかったんじゃねえの? 良くも悪くも、あんたはちゃんと学んできたってことだ」


「…………そっかぁ」





ろくでもない人生だった。

恥晒しの極みのような日々を送ってきた。


しかし、そんな日々も、決して無駄ではなかった。




アンナにそう言われると、自分も捨てたもんじゃないなあ……と思えてくる。


雑で乱暴で飾りっ気の無い言葉が、心に染み込む。少しだけ、元気が出てきた。



褒め言葉が心に染みるなんて、こんなの初めてだなあと思った。




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