143.現実はドラマじゃあるまいし〜……!?
「金庫の中身も全部盗まれちゃったし、もうこれどうにもなんないね〜。打ち切りだよ打ち切り」
「そうだな。まあ、現実なんてそんなもんさ。あたしらの戦いはこれからだ〜ってか。あはは」
ジュリオとアンナは、ローエンの家で怠そうに宅飲みしていた。
「その点エロ漫画はいいよな。殆ど単話だから打ち切りとかねえし」
ローエンはソファーに寝っ転がって、異世界文明のエロ漫画を読んでいる。
ジュリオとアンナとローエンは、やっとこさヘアリーの金庫を開けて超重要資料を発見したは良いものの、何者かによる襲撃を受け全滅した後、その者に資料を根こそぎパクられてしまったのだ。
もしジュリオ達が刑事ドラマの主人公だったなら、今頃正義感にプルプル震えて相棒と共に自分達を襲撃した犯人を探すために捜査をするところだ。
しかし、ジュリオ達は元王子とチンピラ猟師とチンピラ便利屋と言う一般人である。
そんな一般人が色気づいて警察や名探偵の真似事をしたのが間違いだったのだろう。
まるで、女神ペルセフォネから『お前らパンピーは安酒飲みながら一生くだらねえ日常回をやってな!!!!!』とタン唾を吐かれた気分だ。
ジュリオ一同は、それぞれ怠そうにしながら、安酒片手にポテトチップスを食っていた。
「……俺、ちょっとシコって来るわ」
「いいよ〜。僕手伝おうか〜?」
「俺が三十まで童貞だったら頼むわ」
ローエンがエロ漫画片手に便所に立った。
そのエロ漫画の表紙には、生真面目でツンデレそうな顔をして小振りな乳とスレンダーな体をした黒髪眼鏡の美少女が、美しい青空と海の背景と共にエモーショナルに描かれており、『あ、以外とエモ系エロが好きなんだな。ローエンはもっと萌え萌え系かと思った』とジュリオはしょーもない事を考える。
すると、アンナがポテトチップスを食いながらジュリオに
「こりゃアイツ、あんたの世話になる事間違い無しだな」
と怠そうに笑いながら言う。
すると、便所から
「聞こえてんぞクソ白髪〜! ぜってぇお前よりも先に童貞卒業してやっからな! クソヴァージン!」
とローエンの怠そうな声が聞こえてきた。
「アイツよりは先にヴァージン捨ててえな……」
「別に焦らなくて良いんじゃない? だって、僕なんか前も後ろも使い倒してるけど、このザマだよ?」
「それもそうか、あはは」
ジュリオとアンナはヘラヘラと笑い合い、いつもの癖でテレビを付けた。
テレビでは、異世界から電波ジャックした刑事ドラマの再放送が流れており、そこではせっかく掴んだ証拠を何者かに襲撃され、全てパクられてしまった警察官とその相棒が、自分達を襲撃した犯人を探すために捜査に乗り出している。
主人公である眼鏡をかけた小柄な警察官の紳士は賢そうで、きっと彼ならどんな謎も解明してくれるだろうと思う。
そんな主人公は、襲撃され目を覚ました後、まずは手がかりが部屋に残っていないか調べていた。
すると、何やらとんでもない証拠が見つかり、それが事件の突破口となったのだ。
「……まあ、ドラマは一時間で事件解決しなきゃ駄目だからわかるけどさあ……現実なんて……これだもんなあ」
ジュリオはため息混じりにボヤいた後、冷たい氷の破片を手に取った。
「魔法で作られた氷の破片……まあ、普通に考えれば僕の頭をぶん殴ったのは『氷の魔法の使い手』だとわかるけど……だから何って感じだし」
リスジャーナ事務所にて、ぶん殴られて気絶したジュリオが目を覚ました後、すぐにアンナとローエンに睡眠の解除魔法を施した。
そして、二人を叩き起こした後、ジュリオ達は金庫の中身を全てパクられた状況を把握して、すぐに『他に何か手がかりは無いか!?』と部屋の中を調べたのだが。
「この魔法氷の破片しか見つからないもんなあ……。魔法氷の魔力の質から犯人がわからないかローエンに調べてもらったけど、駄目だったし」
ローエンから聞いた話だが、魔法によって生み出された氷は、本人が解除しないと溶けない仕組みらしい。
氷の破片が溶けていないのは、ジュリオをぶん殴った氷が割れて別個体となったため……だそうだ。
しかし。
「じゃあどうしろっての……。マリーリカに聞いてみよっか……」
「ああ、あの人魔法使いだもんな」
ジュリオはマリーリカを思い出す。
彼女はルテミスの実の妹であったカンマリーの義理の姉と言う複雑な立場であり、そして優秀な魔法使いでもある。
彼女にこの魔法氷の破片を見せたら、何かわかるのではないか。
しかし。
「こんな危ない道に巻き込んで良いのかなあ」
ジュリオは悩んでテーブルに突っ伏した。
ヘアリーの金庫の中身を開けたすぐに襲撃を受け、ジュリオ一同は全滅したのだ。
と言う事は、ジュリオ達は後をつけられていたが、それとも犯人が現場で待ち伏せしていたかのどちらかだろう。
「尾行されてたか、待ち伏せされてたか……どちらにせよ、マリーリカをこんな危ない事に巻き込めない」
「……確かに……。ジュリオはともかく、あたしとローエンが犯人に気付けなかったくらいだ。……ヤバいかもな」
アンナは魔法氷の破片を見ながら、ポテトチップスを食っている。
まさに打つ手無し。もうどうしようもない。
「そういやルテミスさんから返信来たか?」
「ううん。……一応……襲撃されて金庫の中身盗まれたってメッセージ送ったけど……既読も付いてないや」
ルテミス達は、ヘアリーとカンマリーがアナモタズに殺され、ジュリオがアンナに救われたあの事故を、誰かが仕組んだものと考えているらしい。
しかし、ジュリオからしたら『そんなドラマみたいな事……現実に起こるの?』と思ってしまう。
そんなこと、真面目な顔をしたルテミスとネネカには言えなかったけど。
「こりゃ大人しく、呪い食いが感染爆発して手遅れになるまでダラダラ過ごすしかないね」
ジュリオは、ネネカに習った感染爆発と言う言葉を使った。
難しそうな異世界語を言うと、自分が少し賢くなった気がした。
「まあ、そう言うなや。感染爆発するとは決まってねえし。……まさか、呪いの病が広がって国が崩壊寸前になるなんて、そんなドラマや映画みたいな事、現実に起こるわけねえって」
「だよね〜」
ジュリオはポテトチップスを食いながら、だらーんとテレビを見るという、この脳天気な日常がずっと続くと思っていた。
そりゃ、追放されたり何やかんやあったりしたけど、結局こうして呑気に過ごせているでは無いか。
呪い食いの病も、きっと誰かが何とかしてくれるだろう。
多分、一週間もしたら忘れることだ。
そんな事よりも、カトレアに次のシフト希望表を出さなければ。
ジュリオはあくび混じりにテレビを見ていた。
そんな時である。
ローエンの自宅のドアの郵便受けに、何かが突っ込まれた音がした。
普段から新聞やら郵便物やらが詰め込まれた汚っえポストに、無理矢理何かがねじ込まれたのだ。
ジュリオとアンナは顔を見合わせ、『やばくね?』と言う表情をした後、恐る恐るドアへと近づく。
「何だ……新聞か……」
ドアの郵便受けにねじ込まれたのは新聞だった。
ジュリオとアンナは一安心して新聞を引き抜く。
「号外……? ヨラバー・タイジュが一体なに? ランダーでも死んだの? ………………え」
「おい、どうした………………は……? 何だこれ……」
ジュリオとアンナは、新聞を見たまま固まっている。
そんな二人に、便所から出て来たローエンが手を拭きながら戻って来た。
「どうした? ヨラバーの新聞が何かあったのか?」
「ローエン、これ見て」
「あ? んだよ、誰か死んだか? ……………………は? え? え!?」
ローエンはジュリオから新聞を奪い取ると、目を見開いて取り乱している。
「ルトリさんが……ハーフエルフの大富豪殺人事件の容疑者……しかも、逃亡中で懸賞金がかかって指名手配中って…………何だこりゃ……。こんなドラマみたいなこと…………マジで起こるなんて…………」
「ハーフエルフの大富豪ってアナモタズに食べられたんじゃ無いの……? ……ほら、僕とアンナがアナモタズの駆除要請で闘って、死体から変な金属片が出て来たアレ。……ルトリさんに渡したんだよ」
「だよなあ……。つーか、狩り中のハーフエルフがアナモタズに食い殺されたって聞いてたけど、そんなまさか」
ジュリオは、アナモタズの死体の下敷きになったあと、死体から出て来た金属片をルトリに渡した事を思い出す。
「その帰りだったか……ルトリさんが靴のヒールを直しに俺ん家に寄ったんだよ。……あん時のルトリさん、すげえ怖い顔してたんだよな」
ローエンはその時の事を思い出しているかのような顔をしていた。
「ルトリさんが指名手配されるなんて……ほんと、どうなってんの……?」
ジュリオ一同は、ダラリとしていた日常が突然崩壊した事に、言葉を無くしていた。
しかし、この崩壊の後にさらなる崩壊が来る事など、今のジュリオには想像もつかなかったのだ。




