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139.ジュリオ、キレる!?

聖ペルセフォネ王国へ密入国が出来てしまうと、後は城を目指すのみであった。


城への侵入は、以前ジュリオが忍び込む際に使用した娼婦や男娼用の出入り口を利用する事に決めてある。



ルトリは役所の職員なので、正門から堂々と入る事も可能だろうが、問題は国王に会わせてもらえるかどうかだ。


城の客間へ通されても、王に会えないどころか『カトレアさんなんて婆さん知りましぇ〜ん』としらを切られたら元も子もない。




ジュリオ達は国王ランダーとツラを合わせて、『婆さん返してくれるまで帰らへんぞボケ』と王の間に居座る為、どうしても城に忍び込む必要があった。



城の裏口へ馬車を止めると、ジュリオ一同はローブを被って身を隠しつつ、娼婦用の入口ががら空きになるのを待つ。



そして。





「あ! お前! この前は良くも騙してくれたな! お蔭で俺はお前でしか抜けなくむぐぅッ!!!」





高級娼婦や男娼を城に迎え入れる担当をしている、スケベそうなおっさん大臣は、ジュリオの顔を見るなり怒り出したが、ルテミスに締め落とされ気絶してまう。





「喧嘩を売られた訳ではないですし、暴力に頼りたくはないのですが……」


「仕方無いよ。僕らの顔は知られてるし、入国管理者の彼と同じようにはいかないし」





ジュリオはルテミスの肩を叩くと、締め落としたおっさんを壁際で寝かせた。



ルテミスは暴力を振るう事に罪悪感を抱いているようだが、ジュリオは力強い弟が羨ましいとさえ感じてしまう。



ルテミスだけじゃない。



アナモタズを狩るアンナの強さにも憧れるし、腕っぷしの強いクラップタウンの住民に対しても、アホだなあと思う反面その強さに羨ましさすらあった。



しかし、自分の細い腕では、野良猫にすら勝てないだろうと思うと、人には向き不向きがあるよなあと納得して、暴力へ憧れてしまう男としての性に気付かないふりをした。





◇◇◇





ジュリオ達が城へ忍び込んだ事を知る由もないランダーは玉座に座りながら、真正面に立つカトレアと話をしていた。





「……カトレア殿でも……不可能ですか」


「申し訳ありません、陛下。……無理矢理連れて来られた事を根に持って、わざと不可能と言っているわけではないのです。……私には……、いや『私の体には』呪いへの耐性も、それに対抗する術も備わっていないのです」





カトレアは、いつもは『アタシはタバコ吸えりゃ何でもいいよ〜』と怠そうに喋る緩い婆さんであるくせに、国王の前ではキッチリした話し方をしている。

そりゃそうだ。相手は国王なのだから。





「あの兵士達に発症した呪い食いの症状……。アレを完治させられるのは、私の知る限り……ジュリオくんしか」


「この場に冗談は相応しくありません。……あのゴミに、何が出来ると言うのですか」


「……何故です? 何故ジュリオくんをそこまで毛嫌いするのですか。……エレシス家の母を持つからですか? 陛下に毒を持って顔の半分を崩壊させた相手は、デメテル様のお母様であって、ジュリオくんは何も」


「ならぬ!!! 奴を認めるわけにはいかぬのだ!! 奴は存在してはならない……。奴の存在を私は認められぬ!!」





カトレア相手に丁寧な言葉と声で話していたランダーは、ジュリオの話となると人が変わったように怒り狂って怒鳴り散らした。

その怒りの根っこには、恐怖があるようにカトレアは察する。 



そんなランダーの悲痛な怒鳴り声の後に、この緊迫した場面に似合わない、能天気で軽ーい声が王の間に響く。





「誰の存在を認められないって? お父様」


「ジュリオくん!? みんな!!!」





カトレアが振り向くと、そこにはジュリオとルテミスとルトリとアンナが、王の間に忍び込んでいたのだった。





◇◇◇





久しぶりに再会した父親は、相変わらずジュリオへ憎悪にまみれた顔をしてくる。





「お久しぶり〜お父様。僕が娼婦の格好して城に忍び込んだ時以来だねえ。……どう? あの後僕で抜いたりした?」


「私の人生の汚点は、お前が生まれた瞬間に産婆に締めさせなかった事だ」





ジュリオはランダーへ随分と舐め腐ってイキった事を言う。



これは、追放される前では考えられなかった。



バカ王子時代は、どれだけ父親を憎んだところで、所詮は王という父親の権力の傘にいるから飯を食えていたのだ。


だから、影では父親をボロクソに言いつつも、いざ父親を前にすると、酷く怯えて何も言えずにいた。



しかし、今は違う。



ジュリオはヒーラーと言う仕事で、自分で自分を食わせることが出来る。

まだアンナの家に居候をしないと生活は出来ないが、それでも貯金だってあるのだ。



ジュリオは、国王である親父がいなくとも、飢えて死ぬ事は無い。



そう自覚した瞬間、目の前の国王ランダー――――ランディオスと言う親父が、ただのおっさんに思えたのだ。





「お父様。兵士を使ってカトレアさんを無理矢理城に連れてくなんて、チャンネル・マユツバーに知られたらどうなるかわかってんの?」


「いざとなれば、全兵力を持ってチャンネル・マユツバーを皆殺しにするだけだ」


「チート能力持ちの異世界人だっているのに? と言うか、そんな事をしたらチャンネル・マユツバーのスポンサーになってる異世界人達がチート能力持って城に殴りこんでくるっての。革命起こされたいわけ?」


「革命を起こされたら、お前の首を首謀者の首だと言って革命軍に売り渡すのみだ」





ランダーの言葉を聞けば、ルテミスがジュリオを追放と言う名の『国外逃亡』をさせたわけが良くわかる。



この親父は、本気でジュリオを革命軍への贈り物にする気だ。





「父上。……一体何故このような事をなさるのですか。民を守るはずの軍が、その民に暴力を振るうなど、本来あってはならない事です」


「ルテミス……。何故このゴミと行動を共にしているのだ。……お前の追放は一時処分であり、民が忘れた頃に再びお前を王族に戻すと言ったであろう」


「……そんな言い方は止めてください。……この方は……エンジュリオスは! 私の兄なのですから……」





ルテミスは悲壮な顔で父親に訴えた。



その横顔を見ながら、ジュリオは『ルテミスも色々あったんだなあ』と察する。





「ランダー陛下。私はクラップタウンの安全課のルトリと申します。本日は、カトレアさんの誘拐事件について、抗議する為に参りました」





ルトリがカトレアの隣に立ち、国王ランダーを真っ直ぐ見つめながら、抗議の意を示している。





「我々クラップタウン役所は、市民が無理矢理連れて行かれた事に対し、理由を聞かねばなりません」


「……それはお答えする事は出来ません」


「それでは、チャンネル・マユツバーに協力を求めて、教えて頂けるまでここへ来るだけです」


「……お引き取りをお願いできますか?」





ルトリに対して、ランダーは一切口を割らない。



だがジュリオ一同は、カトレアと言う『優秀なヒーラー』を無理矢理城に連れて来たと言う事まではわかっているのだ。



カトレアほどの『優秀なヒーラー』が必要な場面……と言うのは、少し考えればすぐわかる。





「ねえお父様。治したい人でもいるの? それなら僕が」


「貴様に用は無い帰れ」


「でも、カトレアさんをすぐに解放してない所を見るに、問題は解決してないんでしょ? って事は……ただの怪我人じゃないわけだ。当ててみようか? カトレアさんでも治せなかった『病』をね」


「用は無い帰れ!!!!」





ランダーは玉座から立ち上がると、ジュリオの前へとやって来て、片手で胸ぐらを掴んで来た。



至近距離で見る親父の顔は、やはり自分への憎悪で溢れている。





「父上!? お止め下さい!」


「ルテミス、良いよ。大丈夫」





ジュリオはランダーに胸ぐらを捕まれながらも、その心は冷静だった。





「カトレアさんを返して。返してくれるまで、朝から晩までお父様にまとわりつくから。……夜に目を覚まして、全裸の僕がお父様の上で腰降ってる光景を見たくなけりゃ、カトレアさんを返して理由を説明しろよ、クソ親父。……それとも、お母様にしたみたいに……怒鳴って殴って蹴って言う事を聞かせる?」





そう言い終わったジュリオは、次の瞬間にはランダーに蹴り飛ばされていた。


蹴られた腹へ鈍痛が襲い、息をするのも苦しい。



地面に倒れたジュリオへ、一同が駆け寄って来た。





「おいジュリオ、大丈夫か?」


「……平気……蹴られたのは初めてだけど……これで……はっきりわかったよ」





ジュリオはアンナの腰にするりと手を回した後、『あるもの』を掴んだ。





「ジュリオ? あんた」





ジュリオに『あるもの』をパクられ、アンナが止めようとした次の瞬間。





「カトレアさんを誘拐した理由を言えクソ親父」





ジュリオはランダーの胸ぐらを掴み、アンナからパクった鯖裂きナイフを喉元に突き付けた。





「最初からこうすれば良かったんだ。もしかしたら和解とまでは行かないけど、それなりに関係を築けるんじゃないかって思ってたけどさ。…………親子とは言え、所詮は他人だね」





ランダーから腹を蹴られた瞬間、ジュリオの中で父親と言う存在が崩壊したのだ。



父親らしい事は何一つしてもらえたわけじゃない。


機嫌が良い時は無視され、機嫌が悪い時は八つ当たりのように怒鳴られて来たが、暴力だけは振るわれた事が無かったからこそ、ギリギリの所でランダーを父親だと納得出来ていた。



しかし、こうして暴力を振るわれた瞬間、ジュリオはこの男を父親だと認識出来なくなったのだ。





「この鯖裂きナイフ……花房隼三郎さんの物なんだ。……知ってるでしょ、花房隼三郎さん。……お前が寝取ったハルさんが本当に愛してた旦那さんだよ」


「貴様……」


「ルテミスから聞いたよ。……あまりにも面白過ぎて涙流して大笑いしたもん……。あれだけハルさんハルさんってハルさんのケツ追い回してたくせに、実は死ぬほど嫌われてたなんてね」


「黙れ」


「ああそうだ。今わかったよ。お前が死ぬほど機嫌悪くて、僕とお母様に八つ当たりしてたあの時……本当はハルさんと隼三郎さんがこっそり会ってたのを知ってたんでしょ? ハルさんに嫌われたくないから見て見ぬふりしてたんだねえ……。健気で泣けるぅ」





ジュリオに煽られ、ランダーは腰に差している剣を引き抜こうとした。



しかし、ジュリオは人形の様な無表情をしながら、ランダーの首元に当てた鯖裂きナイフを握る手に力を込める。



すると、刃を当てられたランダーの首元から血が一筋溢れた。





「知ってる? 僕はチート性能の最強ヒーラーなんだよ。お母様譲りのね。……だから、ここでお前の首をカッ捌いても、すぐに元通りに出来るってわけ。……ありがとうお父様。僕をお母様に種付けしてくれて。十三歳のお母様と『義務』を果たしてくれて」


「貴様……どこまで知っている」


「さあね? お母様とお前に何があったか何て知らないけどさ。……その『義務』の最中に何が起きたか、大体のことは察しが付くよ? お前はエレシス家が大嫌いで、お母様は当時十三歳。……ま、驚く事も無いよ。貴族や王族の間じゃ『良くある話』だろうし」


「やめろ、『義務』の話はするな」


「……ああ、だからお前は僕が嫌いなのか。……僕を認められないってわけか。」





ジュリオは、ランダーに初めて逆らった事に対する高揚感と万能感で興奮していた。



暴力で他者に打ち勝つと言うのは何と心地が良いのか!

他者を暴力で屈服させる快感はどんな性行為にも勝る!

 


ああ、暴力と言うのはなんて甘美なのか!




父親の首から流れる血を見て、――――今ならこの男に勝てると思った。



十八年間、自分と母をゴミの様に扱い、八つ当たりの玩具にして来たこのクソ野郎に、やっと勝てる日が来たのだ。



何度も夢見た瞬間なのか。



――今なら、父親を、殺せる。



自分は、父親よりも強い……男になる。



そう思った瞬間、ジュリオはガラス玉の様な目をしながら、口がニタァと笑っていた。





「ジュリオ、やめろ」





暴力で他者を支配した快感の虜になったジュリオのナイフを握った手を、アンナが優しく掴んだ。





「アンナ? どうして止めるの……? だって、クラップタウンの皆は、売られた喧嘩は全部買ってるじゃん……。こいつは僕に喧嘩を売ったんだ……十八年間ずっとね。だから……僕は十八年分の喧嘩を買ってあげただけだよ?」


「あんたはヒーラーだろ。……ヒーラーがナイフで人の喉カッ捌いて殺しても良いのかよ」 


「殺さないよ。捌いてもまた治せば良いじゃん。僕は最強のチート性能ヒーラーなんだしぁ痛ァッ!!!」





ジュリオは、アンナに胸ぐらを捕まれ、思いっきり頬を張られた。



アンナに暴力を振るわれたのは、これが初めてだ。


 



「ジュリオ、止めろ。……あたしを見ろ。良いか? まずは落ち着け。ナイフを寄越せ」





アンナのザクロのような真っ赤な目に真っ直ぐ見つめられ、ジュリオは忘れていた呼吸をし直した。



体に新鮮な空気が入ってきて、頭がスッキリする。





「良い子だ。……大丈夫。……大丈夫だ」





ジュリオは今になって、自分が人を殺しかけた事を思い知り、膝から崩れ落ちた。



そんな時である。





「ランダー陛下。そろそろお時間ですので……寝台に上がってくださいませ。お世継ぎを残すお仕事ですよ。両家の立会人も待っておりますので」


「……フロント……」





タバコの煙と変わった匂いが王の間に入って来たかと思えば、そこにはヨラバー・タイジュ新聞社のフロントが、大人なのか子供なのかわからない愛嬌のある顔をにこやかにしながら登場した。





「興奮剤も精力剤も全て揃っております。……今回の腹役はエレシス家の十四歳の聖女でございますが、デメテル様の時のように『教育がされていない』わけではありませんので、エレシス家による毒殺未遂で陛下の顔半分が崩れている事も知っております」


「……」


「それにデメテル様と違って己の義務をきちんと理解した頭の良い方ですから、特に問題も無く直ぐに済むでしょう」





あくび混じりに話すフロントのタバコの匂いがジュリオ達の元へ近付いたその時、アンナの体がピクリと反応して、今は持っていない弓筒へ手が伸びている。


一体何なのだ?





「おやおや。親子の久しぶりのご対面でしたか。……しかし、エンジュリオス殿下もルテミス殿下も今は追放されたご身分。……陛下には、この国の次の王となる存在かこの国を救う大聖女を残す仕事がございます。……お忘れなきよう」


「……わかった」





ランダーは床に崩れ落ちて青ざめているジュリオをゴミを見る目で見下ろした後、フロントに連れられ部屋を後にする。




残された一同は、気が抜けたように地面に座り込み、重い息を吐いた。




そして、ジュリオは床をボーッと見つめながら、アンナに叩かれた頬の痛みを感じている。





「アンナ……ごめん……僕。もしかしたら……人を殺すところだった……」


「……これはあたしの我儘だけどさ。…………あたし、あんたに人殺しになって欲しくない。…………なって欲しくないよ……」





アンナに抱き締められ、体の柔らかさと体温を感じると、自分がやらかそうとしていた事の恐ろしさがようやく実感できた。





「ごめん……ほんと、ごめん」


「ジュリオ。……魔物になるな。……行き着く先は、本物の地獄だよ」


「うん……。ごめん。……本当にごめん……」





何に対しての『ごめん』なのかはわからないが、ジュリオはひたすら『ごめん』と言い続けたのだった。


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