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13.ペルセフォネ・ビューティー〜弟王子の完璧な微笑み〜

主人公ジュリオを追放した側の物語です。

ジュリオが最低最悪な夜を過ごしている一方。



テーブルの上に飾られた鮮やかな黄色い薔薇は、ペルセフォネ・ビューティーと言う名の薔薇だ。

鮮やかに輝く黄色は、女神の導きにより繁栄を極めた聖ペルセフォネ王国や、その王国の中で暮らす幸せな家族の象徴とされていた。



ペルセフォネ・ビューティーは、国中から愛される薔薇であり、至る所に飾られている。


それは勿論、聖ペルセフォネ王国の城にも、ペルセフォネ・ビューティーはそこかしこの部屋で見受けられた。

豪華な内装の食堂にも、ペルセフォネ・ビューティーの黄色が華やかな雰囲気に色を添えている。





「……下品な花だ。この毒々しい黄色、目にもしたくない」





しかし、この国の王であるランダーは、この薔薇がお気に召さない様子である。


機嫌の悪そうな顔をするランダーの一言により、食事の場の空気が凍った。



その言葉に、壁際にずらっと並んで控えている召使い達の顔が青ざめる。


召使い達が青ざめたのは、単に王の不評を買っただけではない。


ランダーの迫力に気圧されたからだ。



壮年でありながらも精悍で凛々しい美形顔のランダーには、独特の迫力があった。


顔の半分を覆い隠す色褪せた金髪は長く、威厳を示す様に荒々しい跳ね癖がある。

青い目の眼光は鋭くも美しく、長い睫毛や釣り上がった目元は、どこかのバカ王子と似ていた。





「では父上。父上はどのような花がお好きなのですか?」





その一方、ランダーの真向かいの席に座るルテミスは、明るい完璧な笑顔を浮かべ、雑談を振った。





「そうだな……、白百合が良い。清楚で儚く、憂いを帯びたように俯く控えめな美さが良い。……ルテミス、お前の母のような花だ」





息子ルテミスに話しかけられたランダーは、先程の不機嫌そうな顔を一変させ、優しげな父親の顔をする。



召使い達の顔に血の気が戻り、凍った場が暖かくなった。





「白百合は異世界人の花ですよ? よろしいのですか?」


「ああ。白百合が良い。……いつまでもこの様な下品な薔薇を有り難がる風習を、改めて行かねばならぬ」





ランダーが話し終えると、食事の場は静かになった。

穏やかな静けさである。



しかし。





「あっ」





カチャン、という乾いた音が鳴ってしまった。

銀食器と陶器の皿が擦れる音である。


その音は、ルテミスの隣に座る聖女ネネカが立てた音だった。





「も、申し訳ございません陛下。聞き苦しい音を失礼いたしました……」





ネネカは慌てて謝罪した。


そんなネネカにランダーは穏やかな笑顔と優しい声で語りかける。





「ネネカ様、どうか気になさらないでください。私の方こそ、萎縮させてしまい申し訳無い」


「いいえ! と、とんでもございませんわ、陛下! ……私の方こそ、早くテーブルマナーを完璧にしてみせます……! ルテミス様に、恥をかかせないためにも」





ネネカはちらりとルテミスを見た。



ルテミスも、ネネカの視線に答えて小さく微笑む。





「おお、おお! 仲のよろしい事で!! 聖女ネネカ様とルテミス様のご熱愛……いや〜! 記事にしたらさぞ……」


「……フロント」


「じょ、冗談です陛下……あはは……」





ランダーから一つ離れた席に座るフロントは、不健康そうな目の隈や個性的な髪型が印象的だが、顔立ちは愛嬌のある変化球の美形と言えよう。

体も細く小柄で、大人なのか子供なのかわからない見た目である。


こんな怪しい男が、聖ペルセフォネ王国唯一の新聞社の編集長なのだから、新聞の質など期待は出来ないだろう。





「ルテミス様のご威光をお借りせずとも、我々ヨラバー・タイジュ新聞社、すでにエンジュリオス追放の記事で大いに稼がせていただきました……」


「……それで、あの忌まわしい害虫を駆除した記事で、あれの母親の家名はどうなったのだ?」


「はい! もう! 大聖女デメテルの生家であるエレシス家は虫の息でございます! 害虫の母親だけに! ぷくくっ」


「そうか。大儀であったぞ、フロントよ。……エレシス家は聖女や大聖女を産みやすい家系だ。だがそれ故に権力を持ち過ぎた。…………当然の報いだ」





ジメジメした会話をするランダーとフロントを、ルテミスは完璧な笑顔を浮かべて眺めている。



ネネカもニコニコ顔をしているが、頬が時折ピクピクと動いていた。




その後、再び沈黙が場を制し、四人は静かに食事を続ける。


暫くしたのち、やたらと緊張感のある食事が終わった。美酒で食後を締めくくる中、ランダーがルテミスに愛しげな声で語りかけた。





「ルテミスよ。あの害虫の追放、よくやったな」


「はい父上。父上とこの国の為ならば」





ワインを飲み終えたルテミスが、完璧な笑顔をして答える。


表情を一切崩さないルテミスとは対象的に、テーブルの上のペルセフォネ・ビューティーは、はらりと一枚花びらを散らした。





「元より、兄上には」


「ルテミス、お前に兄はおらぬ」


「はい父上。失礼いたしました。エンジュリオスの素行は愚劣そのものです。あの舞踏会で問題を起こさずとも、追放は容易でした」





ニコッと笑顔になったルテミス。

細められた目の奥は底知れない。



そんなルテミスを、ランダーは自慢の一人息子だと言い、ご機嫌な顔をする。


しかしそのご機嫌な目元は、やはりどこかのバカ王子にそっくりなのであった。





「ルテミスよ。お前なら、この国を脅かす呪いを断ち切れよう」


「はい父上。このルテミス、必ずや我が国が患う『呪い食い』という病を治癒するためにも、魔物の王『ケサガケ』を、愛する聖女ネネカと共に打倒して見せましょう。……そうでしょう、ネネカ様?」


「ええ。異世界より召喚されし聖女の私が、この国の至宝である冥杖ペルセフォネを以てして、ルテミス様のお力となってみせますわ」





ランダーは、胸に手を当て自信満々に答えたルテミスと、優雅に控えめに微笑むネネカを見て満足げに頷く。





「期待しているぞ、ルテミス、ネネカ様。……ルテミス、お前は、私と異世界人のハル殿の才を受け継ぐ、新たな世代の子……夜明けの子だ」


「はい父上。父上のお望み通り、救国の大聖女といった古い価値観を破壊し、この国をより素晴らしいものへと導いてみせましょう」





ルテミスはランダーに愛しげに話しかけられる度、完璧な笑顔で『はい父上』『はい父上』と返事をしている。

そんなルテミスの完璧な笑顔は、ランダーの顔立ちとは毛ほどに似てはいなかった。



異様な緊張感とルテミスの完璧な笑顔が彩る家族団欒の最中、テーブルに飾られたペルセフォネ・ビューティーが首からぽとりと落ちたのを、ネネカだけが見ていた。



ペルセフォネ・ビューティー、それは、この国で暮らす幸せな家族の象徴だ。






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