138.ルテミスの純情!
ラストでネネカ視点入ります。
聖ペルセフォネ王国の入国門を、一台の馬車が通ろうとしていた。
「待て。私は聖ペルセフォネ王国の入国管理者だ。お前達は一体何者だ?」
槍を持った入国管理者の男性兵士が、馬車の運転手に偉そうな態度で話しかける。
馬車の運転手はダボッとしたローブを被っているため、男なのか女なのかわからず、見るからに怪しい人物であった。
「……仕事です」
柔らかな女声で答えたと共に、運転手はダボッとしたローブを脱いだ。
馬車の運転手は、金髪ショートヘアで紫の瞳をした美しい女性である。
怪しさ満点の不審者の正体が、美しい女性だとわかった瞬間、男性兵士の強張った顔がホッとしたように緩んだ。
「一応、馬車の中を見せていただけますか?」
「……お止めになった方がよろしいかと」
「!? それはどう言うことです!?」
女性運転手の非協力的な態度に、男性兵士の顔は一気に強張ってゆく。
「入国管理者として、中を調べさせて頂きます!」
男性兵士は緊張感に支配された顔で、槍を片手に馬車の荷台の中身を見た。
すると。
「ねえ〜監督! 聖ペルセフォネ王国ってまだ着かないの〜?」
「ごめんなさいね〜。入管審査が終わればすぐだから!」
バスローブ姿のエンジュリオスが、運転手の女性へ声をかけていた。
「エ、エンジュリオス殿下!?」
「違う違う。僕は、エンジュリオス殿下『激似』の俳優だよ。……俳優は俳優でも、コッチの俳優だけどね」
エンジュリオス激似の俳優は、ニヤリと笑ってビデオのパッケージを差し出して来た。
「こ、これは!! 『エンジュリオス殿下激似のポルノビデオ』!? これはアレですよね!? エンジュリオス殿下が異世界人の『女子高生』とか言う学生の制服を着て、貴族のおっさんを誘惑した後理性を飛ばしたおっさんに滅茶苦茶にされるヤツ!!」
「へえ〜。よく知ってんね」
「最初はネタと怖いもの見たさで視聴したんですけど、見終わる頃には二十発も出してましたよ! もう股間が擦り切れるかと思いました! サインください!!」
「いいよ〜。……抜き過ぎには注意してね」
エンジュリオス激似のポルノ俳優は、自身が出演したポルノビデオのパッケージの隅にサインをしてくれる。
馬車の内部を見たら、エンジュリオスのパロディポルノグッズや、可愛らしい萌え系イラストのパッケージが散乱しており、どこからどう見ても真っ当なポルノビデオの撮影班だとわかった。
「ポルノビデオの撮影にこの国に来られる方々って多いんですよ〜。今日でもう四回目です。……今度の新作は聖ペルセフォネ王国でやるんですね!?」
「そうだよ〜。この国の撮影用の城に用があってね。そこで僕がルテミスに滅茶苦茶ヤられんの。ほら、そこの隅にルテミス激似のポルノ俳優の子が膝抱えて震えてるでしょ?」
「ああー! 本当ですね! ルテミス殿下に激似だ!」
「ほら、この前エンジュリオス殿下がハーフエルフの子を助ける為に、エッロい娼婦の格好して城に忍び込んでルテミス殿下に取り押さえられる事件があったでしょ? それをモチーフにしてんの」
「ああ! ありましたねそんなこと! すっかり忘れてた」
結構な大事件だったと思うが、人の関心なんて所詮はこんなもんだろう。
「新作は具体的にどんな内容なんですか!?」
「えっとね〜。ルテミスが本当は僕の事が性的に好きで、あの時本当はエッロい格好した僕に滅茶苦茶欲情したんだけど立場的に言えなくて、だけど、どうしてもあの夜が忘れられずに僕を無理矢理呼び出して『ごめんなさい兄上』って言いながら僕の事滅茶苦茶にするってストーリーだよ」
「うわ〜聞いてるだけで勃起してきましたよ!!」
「そりゃ良かったよ」
エンジュリオス激似のポルノ俳優は、ヘラヘラ笑って新作の内容を聞かせてくれる。
そんなエンジュリオス激似のポルノ俳優の元に、白髪赤目で小柄な巨乳の美少女が、
「そろそろメイクの確認すっから、もう入国して良いっすか?」
とメイク道具を片手に男性兵士に聞いてきた。
「ああ、勿論どうぞどうぞ! 貴女も可愛いですね! いつかビデオに出演される際は教えて下さいね!」
「いいぜ? コイツとエッロい絡みして、あんたの股間から血が出るまで搾り取ってやるよ」
メイク担当の美少女とアホみたいな会話をした男性兵士は、にこやかにポルノビデオ撮影班を通してしまう。
「いい撮影を〜! あ、ルテミス殿下激似の俳優殿〜! 貴方が受け役やる作品もお待ちしておりますよ〜!」
男性兵士は、ニコニコした可愛い笑顔を浮かべて、ポルノビデオ撮影班を乗せた馬車を手を降って見送った。
◇◇◇
「入管ザルだったね」
「だな。…………正直、最初にジュリオの『ローエンが持って来たジュリオのパロディアダルトグッズを利用して、ポルノビデオ撮影班に化けて密入国する』って言う滅茶苦茶な案を聞いたときは『こいつマジで頭イカれてんな大丈夫かな』って思ったけど」
「だってさぁ〜。普通の商人に化けたら絶対に色々と公的な書類を出せって言われるじゃん。だから、ポルノビデオの撮影班って言えば、相手もビビって混乱するだろうから、会話の主導権握れるかな〜って。……ほら、僕が前に冥杖ペルセフォネを盗む為に、エロい娼婦の格好してルテミスに取り押さえられた時あったでしょ。アレの応用だよ」
「あ〜あったな、そんな事。懐かしいぜ」
バスローブ姿のジュリオとメイク道具を箱にしまっているアンナは、ヘラヘラ笑いながら密入国成功の喜びを分かち合っている。
その隣で、真っ赤な顔で膝を抱えて座っているルテミスは、見るからに羞恥で震えていた。
「ごめんねルテミス……こんな最悪の作戦に巻き込んで……。でも、ポルノビデオの撮影班って言えば、公的な書類も求められないし、ローエンが持ってきた僕のパロディポルノビデオを見せれば、一発で通してくれるかな〜って思ったんだよね」
ジュリオのヘラヘラした説明を、聞いてるのか聞いてないのかわからんルテミスは、顔を赤くし涙目になって膝を抱えて震えていた。
「あの! 兄上!! あの時確かに俺は『ごめんなさい』って言いましたけど! 別に兄上に『欲情してごめんなさい』って言ったわけじゃなくて! 追放した筈の兄上が娼婦の格好をしてたから、苦労をかけてごめんなさいと言ったわけですからね!!!??? ホントですよホント!! 別に欲情してごめんなさいって言ったわけじや」
ルテミスは今にも泣きそうな顔で、膝を抱えたままジュリオに弁明している。
「わかってるわかってるって。もう〜僕と同じヤリチンのくせに清純派なんだから〜」
「こう言うのってあれだよな。清純派ポルノ俳優みたいなもんだよな。よっ! 歩く矛盾製造機!」
ヘラヘラ笑いながらルテミスの頬を指で突くジュリオと、同じくヘラヘラ笑いながらルテミスの頭を撫でているアンナは、まるで飲み会の席で新人にうざい絡みをする酔っぱらいの先輩社員のようだ。
「あんた受け役やってみなって。タチ役よりも似合うかもよ?」
「絶ッッッッ対にやらん!!!!」
アンナはルテミスの顎をクイッと持ち上げるが、ルテミスは全力で拒否した。
◇◇◇
ジュリオ達が最低最悪なやり方で密入国をし、ルテミスの純情を踏みにじっている頃。
ローエンの純情を踏みにじっているネネカは、フォーネ国の図書館に来ていた。
「ネネカ様……持って来ましたよ……! 十年前のヨラバー・タイジュの新聞一年分を!」
「ありがとうございますローエンさん! ほんっとローエンさんは頭も良くて力も強くて頼りになりますよう〜!」
ネネカはローエンが持って来てくれた新聞を日付順に確認しながら、十年前とその前後に何が起こっていたのかを調べている。
「十年前かぁ……懐かしいですよ……。俺はまだ十七歳で、ルトリさんは新人の職員で……。ああ……甘酸っぱい日々でした……」
図書館に来る途中、ローエンは『十七歳の時に、役所の新人だったルトリに恋をした』と話していた。
ローエンは只今二十七歳であり、ルトリが新人だった頃は十年前となる。
だからこそ、十年前の新聞を読み漁れば、ルトリの正体について手がかりが得られると思ったのだ。
「ローエンさん、気付いてました? 私が『カトレアさんは本当に国外追放処分だったのか?』ってルトリさんに聞いた時、あの人露骨に話を反らしたんですよ」
「……覚えてますとも……。ルトリさんもネネカ様も……俺の為に争わないでください……」
「ダメだこりゃ」
ネネカはルテミスに話す感覚でローエンに話を振ったのだが、現在ローエンはハーレム系ラブコメの甘い夢の中にいるようだ。
下半身に支配されなきゃ、この人も頭滅茶苦茶良い筈なのになあ、とネネカはローエンを微笑ましく思う。
「十年前……まだ八歳だったエンジュリオス殿下が新聞で貶され始めた時期か……。それって……確か……ヨラバー・タイジュの編集長が変わった時期……だったような……」
十年前、当日母を無くしたばかりの八歳のジュリオは、ヨラバー・タイジュの新聞で酷く叩かれていた。
何をさせても駄目なバカ王子として徹底的にこき下ろしていたその真の狙いは、恐らくジュリオの母方の実家である大貴族のエレシス家への牽制と、兄を貶すことでその弟である、異世界人の母を持つルテミスの地位向上の為だろう。
ネネカはそう仮説を立てていた。
「十年前……ランダー陛下が側近のフロントをヨラバー・タイジュの編集長に天下らせたタイミングか……。…………じゃあ、前任の編集長は一体……」
ネネカは、夢見心地な顔をして呆けているローエンに、「今度はこれよりも前の新聞を十年分持って来てください♡」とお強請りをする。
ローエンはすぐに動いてくれて、その便利さに感動しつつ、申し訳ないなあとも思った。
「ローエンさん、私みたいなクソ女に引っかからなきゃ良いけど」
ネネカにパシられ席を外したローエンを思い、ネネカはボソリと一人言を言う。
「出来ればマリーリカさんとくっ付いて欲しいなあ。……まあ無理か。マリーリカさんはジュリオさんしか見てないし。というかそもそも、あの性欲剥き出しの接し方じゃあ望みゼロか」
ローエンのマリーリカに対する性欲剥き出しの対応を思い出す。
体に触るなどと言った最低の行為は一切しないものの、テンパった時のローエンは性欲剥き出しで品の無い発言ばかりをしてしまい、マリーリカから『心底気持ち悪い』と言う嫌な顔をされていた。
嫌よ嫌よも好きのうち、なんてクソみたいな幻想の言葉はあるが、そんなもんは間違いだと、自信を持って言える。
嫌なもんは嫌だろう。当たり前だ。
「でもローエンさん。……ルトリさんはマジで止めた方が良いっすよ。…………だって、あの人の眼、明らかにカタギじゃねえっすもん」
ネネカはこの世界に召喚される前にいた、元いた世界で見てきた人々を思い出す。
ネネカは国立の製薬研究所に勤務しており、その研究所には国の要人が毎日視察に来ていた。
製薬研究所は、ネネカの故郷の国にとって、とんでもなく重要な施設だったのだ。
だから、そんな製薬研究所が『悪さ』をしないか、警察機関が『隠密の見張り』を送り込む事がある。
「ルトリさん、あの人達とすげえ良く似た目をしてるんだよなあ」
ネネカは、カタギのフリをして国のヤバい施設や集団を監視する、カタギとは縁遠い集団を思い出した。
ルトリが時折見せる冷たい目は、あの人々と良く似ていたのだ。
「……まあ、このファンタジーの化身みたいな聖ペルセフォネ王国で、公安なんてもんは無いだろうけど。……でも、似たような集団があるとするなら、カトレアさんとの繋がりも……全部説明がつくんだよな」
この聖ペルセフォネ王国に、公安なんてもんは無いだろうと思う。
しかし、似たような立ち位置の存在がいないと言い切れやしない。
公安ほどの完成度は誇らないものの、紛い物の様な集団がいてもおかしくは無いのだ。
それほど、国を運営するというのは大変なのだから。
「カトレアさん……彼女は一体何をしたんだか……」
ネネカは十年前の新聞を読みながら、次はカトレア追放あたりの年代の記事をローエンに持って来てもらおうと、パシリの計画を立てていた。




