136.カトレアさんが誘拐された件について!
地獄の野球観戦を終えたジュリオ達は、二日間のんびりと休日を過ごした後、いつものようにヒーラー休憩所にて、怪我人の治癒をしていた。
そして、いつもの様に食堂で昼飯を食うと言う、のほほんとしたお昼休みの頃である。
「はあ!!?? 何これ!!!!」
唐揚げ定食を食っていたジュリオの絶叫が、ヒーラー休憩所の食堂に響き渡った。
「何で僕のオ○ホが売られてるわけ!?」
ジュリオの手には、可愛らしい絵柄で描かれた美少女みたいなジュリオのイラストと、『エ○ジュリ○ス殿下の体内完全再現! 高貴で淫靡でちょっぴりおバカなヒーラー王子が、優しくふわふわした締め付けと共に、貴方へ極上のご奉仕をする事を約束してくれます!』と言うバカ丸出しな文章が印刷された箱が握られている。
「ブームが過ぎさりゃエロネタで消費されるだけ……か。諸行無常の商業主義だな」
アンナは軽く笑って、ジュリオをモチーフとした可愛らしいイラストが印刷された箱を開けると、中からピンクの筒状をしたぷにぷにした感触のオ○ホを取り出し、穴に指を突っ込みながら「おお! すげえなこれ!」と遊んでいる。
そんなアンナをゴミを見る目で眺めるローエンは、ラーメンを食っていた箸を置いて、
「俺も死ぬほど吃驚したんだけどさ」
と口にし、持っている紙袋から最低最悪な品物をぞろぞろとお店広げした。
「留置所から釈放された後さ、気晴らしに聖ペルセフォネ王国のアダルトショップに行ったんだよ。そしたらお前マジで超人気だったぜ」
「……新聞でぶっ叩かれてた頃が懐かしいよ」
ローエンはいつものチンピラフェイスで、
「お土産だよ。やる」
と言うが、ジュリオは冷たい目をして
「要らない」
と言い捨てた。
「大体何この絵……。これアレでしょ? 異世界文明の『萌え絵』ってヤツでしょ。ローエンが好きな」
明らかにジュリオをモチーフとしたオ○ホパッケージには、金髪で緑の目をしたツリ目の美少女みたいな萌え絵のジュリオが、あられもない姿で描かれている。
「勘弁して欲しいよ! 僕こんなに胴体長くないし足も短くないのに!」
「そっちっすか」
ジュリオの向かいに座るネネカは、異世界文明の料理である親子丼を食っている。
「そうだよ! 僕は美しいだけじゃなく可愛いから、萌え絵で描かれても違和感無くてそこは満足だけど! プロポーションがダサい感じに変わってるのは納得がいかないよ!」
「……そりゃ、可愛い顔の絵柄に合わせたら、体型もその可愛さに合わせて幼くデフォルメするのが当然っすよ。このロリ顔に殿下の写実的なプロポーションの体がぶら下がってたらイラストとして気持ち悪いっしょ」
「あ〜確かに……。イラストって大変なんだね」
ジュリオは自分を萌えの絵柄に落とし込んでいるイラストを見て、僕でも描けそうな簡単な絵なのに、意外と高度なデフォルメ技術が使われてるんだなあと感心した。
ジュリオの単純で素直な所は、数少ない美点と言えよう。
「でもさあ、僕こんなに締り緩くないんだけど。ガバガバに思われたらやだなあ」
「つーか完全再現とか書いてるけど、このオ○ホ作った奴ジュリオとヤッたことあんのか? これがちゃんとジュリオのケツを再現してるかどうか、どうやって調べんだよ」
オ○ホで遊ぶのに飽きたアンナは、焼き魚定食を食い始めた。
魚の骨を箸でキレイに取り除き上品に食事をしており、こういうところは意外とキチンとしているのだなとジュリオは思う。
「……ルテミス大丈夫? ごめんね……食事中に僕のオ○ホの話なんかして」
「………………」
天ぷらそばを食っていたルテミスは、海老天を口に咥えたまま、気まずそうな顔をしていた。
ネネカが言うにルテミスは、ヤリチンではあるが清純派のヤリチンであるらしい。
だからこそ、食事中に兄貴のオ○ホが作られた話なんて聞きたくないだろうと思った。
だが、そんなジュリオの気遣いを無駄にするような形で、ローエンが紙袋から更に最低なモノを取り出した。
「後さあ、ジュリオ激似のパロディポルノビデオとかも出回ってんだよ」
「この国はもうダメだ」
ジュリオは呆れた顔で、自分激似のパロディポルノビデオのパッケージを見ながら、唐揚げ定食を食い始めた。
アンナも興味津々な顔でジュリオ激似のパロディポルノビデオのパッケージを手に取って、
「今度皆で鍋食いながらこれ見ようぜ」
と焼き魚定食を食っている。
「それにしてもどこが僕に激似なのさ。僕、こんなに二重幅狭くないんだけど」
「そうですか? 明らかに台詞飛ばしてたシーンのポカーンとした顔は良く似てましたよ」
「え、そうなの」
ジュリオの文句へ、ルテミスが海老天を食いながら言葉を続ける。
ルテミスの発言のツッコミ所に関して、この場にいるアホは全員気付かなかった。
そんなしょーもない昼飯休憩を過ごしていた、その時である。
「ちょっと! 何すんの!? お願い誰か来て!!!」
ヒーラー休憩所の大部屋から、カトレアの悲鳴が聞こえ、一同は食事を中断して直ちに現場へと向かった。
◇◇◇
「ペルセフォネ王国軍がカトレアさんに何の用!? 王国軍が民間人に手ぇ上げて良いと思ってんの!?」
大部屋の玄関口にて、カトレアが王国軍の屈強な女性兵士達に取り押さえられていた。
細身の老女相手に何しとんねんワレとジュリオはブチギレる。
「一体何!? カトレアさんに何の用があんの!?」
「エンジュリオス殿下……それに関してはお答え出来ません」
カトレアを取り押さえる女性兵士の上官と思われる男性兵士は、追放されているとは言え元王子だったジュリオに対して、一切の情を見せることはしない。
「これは……父上の指示なのか……それとも」
「ルテミス殿下…………。ええ、ランダー陛下のご指示です。……あの方のものではございません」
冷たい表情を浮かべたルテミスが男性兵士に問うが、ジュリオへの対応と同じである。
「おいオッサン……。クラップタウンの住民に喧嘩売るなら、どうなっても文句は言わせねえぞ」
戦闘態勢に入ったアンナは、悪党ツラで手の関節をポキポキ言わせているが、それでも男性兵士は怯む事無く、
「私に一発でも暴力を振るえば、貴方達全員を国家反逆罪で逮捕して死ぬまで塀の中に打ち込む事も可能ですよ。…………それに、いっそこのヒーラー休憩所に火を付けて、ここにいる人全てを焼き殺しても構わない」
と冷たく言い捨て、女性兵士数名に取り押さえられているカトレアの細い首を掴んだ。
それと同時に、武器を持った大大勢の王国軍がジュリオ達を取り囲む。
数多くの鋭い槍は一同の喉元に当てられており、もしアンナやルテミスの様な手練の喧嘩屋が反撃しようとしたら、ドンくさいジュリオの喉は槍で串刺しにされると言うことだろう。
この行為が意味するのは、俺に逆らえばカトレアに危害を加えるし、お前たちもただじゃおかないぞ、と言う意味である。
「アンナ! 王国軍に逆らっちゃダメだ! コイツら本当に火をつけるよ!! だから今は大人しくしてくれ!」
カトレアの悲痛な声に、アンナは瞬時に両手を上げて降参の意思を見せた。
すると、男性兵士もカトレアの首から手を離し、それと同時にジュリオ達を取り囲んでいた王国軍も武器を下ろす。
「カトレア・ギャラガー……いや、カトレア・レシウス……陛下がお呼びだ。来てもらうぞ」
カトレアは聖ペルセフォネ王国軍に強制的に馬車に乗せられてしまう。
そんな中、カトレアは屈強な女性兵士に両腕を後ろに拘束されながらも、
「ローエン! キミの愛しの『あの人』に連絡して!」
と叫ぶ。
そして、無理矢理馬車に押し込まれてしまった。
◇◇◇
突然の大事件に、ジュリオ一同は言葉を無くしてしまう。
ヒーラー休憩所で働くヒーラー達や食堂の従業員達も、王国軍によるカトレアの誘拐事件によりパニックになっていた。
「あの……突然の事過ぎて……もう何が何だか……」
ジュリオ達は大部屋の玄関口に座り込んで、突然の出来事に打ちのめされている。
さっきまで共に働いていたカトレアが、突然何の脈絡も無く王国軍に連れて行かれてしまったのだ。
カトレアが連れ去られた悲しみと怒りと悔しさもあるが、国民を守る為の王国軍がその国民に牙を剥いたと言う事実も驚愕である。
「……カトレアさん……最後に……ローエンに言ってたよね…………愛しの『あの人』に連絡してって」
ジュリオは膝を抱えて座りながら、ローエンへ顔を向けた。
「愛しの『あの人』って……マリーリカの事? でも、何で……?」
ジュリオの言葉に、壁に寄りかかって俯くアンナが反論した。
「ジュリオ、悪いんだけど……、マリーリカさんじゃねえ気がする……。だって、もしマリーリカさんなら、婆さんは『あの子』って言うと思うんだよ」
「確かに……」
アンナの言う通り、マリーリカを呼ぶなら『あの人』ではなく『あの子』になるだろう。
『あの人』と言う呼び方が似合う、ローエンの愛しい人と言えば――――。
「ルトリさんだ…………。今から、連絡してみるわ」
ローエンはルトリの名を口にし、暗い顔で上着の胸ポケットからスマホを取り出した。
そんなローエンを見ながら、ジュリオは『何でこのタイミングでルトリが出てくるのだ?』と手に負えない疑問を抱いたのだった。
◇◇◇
クラップタウン役所の安全課で働くルトリは、その卓越した頭脳と美貌とふわふわした天然ボケな雰囲気で、老若男女から絶大な人気を誇っていた。
そんなルトリは、仕事中にスマホに入った着信画面を見て、ため息をつく。
ローエン・ハーキマンからの着信はしょっちゅうだったので、無視をしようかと思った……が。
「……先生も、ローちゃんの近況を話したら、情が戻って考え直してくれるかしら」
とボソリと呟き、冷たい顔をしてローエンからの着信に応答した。
どうせいつもの様な愛だの恋だのと言う無駄な話を聞かされるのかと思ったが、今回はどうも違うようだ。
ローエンの声のトーンが明らかにおかしい。
「ローちゃん……何があったの……? …………え? ……カトレアさんが……王国軍に!?」
ルトリの背筋が凍る。
「わかったわ。すぐ行くから」
ルトリは安全課の副課長に事情を告げると、すぐに職場を離れてヒーラー休憩所に向かった。
「先生……お願い……出て……」
走りながらスマホで『先生』へ連絡を取ろうとするが、『先生』は全く応答してくれない。
やはり、『先生』は心を決めてしまっているのだろうか。
それとも、『監視対象』を王国軍に誘拐されるような間抜けな飼い犬なんて、『先生』は自分を見捨ててしまうだろうか。
「嫌よ……先生……見捨てないで」
ルトリは悲壮な顔で船着き場へと走る。
「見捨てないで……」
その声色はまさに、飼い主に捨てられた犬の様な弱々しいものだった。




