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132.クラップタウン女子には勝てねえ!

仕事が終わったその夜、ジュリオの居候先であるアンナの自宅には、ルテミスとネネカが来ていた。


ヘアリーの残した謎のアホラブレターについて考える為なのだが、リビングにて宅配ピザを食べながらテレビのクイズ番組を見る緩い雰囲気からは、どうにも謎を解明するという根性は見受けられない。





「なんでクイズ番組って、答えをいっつもコマーシャルの後にやるんだろうね。イライラさせた状態で見るコマーシャルに意味なんかあるのかなあ」





ジュリオがピザを食いながら不思議そうに言う。



そんなジュリオの疑問へ、ルテミスが意外としぶとく伸びるピザのチーズと格闘しながら答えた。





「コマーシャルは目に付く事に意味がありますからね……。現に、我々がこうして宅配ピザを食べているのもコマーシャルで見たからですから」


「確かに」





宅配ピザを頼もうと言い出したのジュリオであるが、その理由もクイズ番組の前にやっていた、宅配ピザの美味しそうなコマーシャルを見たからだった。





「結局、あたしらは商業主義の飼い犬ってわけか」


「みんなが金を使うことで世界は回っていますからね。どこの世界の貨幣経済も結局は似たようなもんですぜ」





アンナとネネカが、ピザを片手に虚しい事を言う。


 


テレビでは、鬱陶しいコマーシャルが終わり、再びクイズ番組が始まった。



一同はそのクイズ番組に夢中になってしまう。





「この問題……みんなわかる? 考えてはいるんだけど……僕にはわからなくてさぁ」





自他共に認めるバカ王子のジュリオは、わからない事があるとすぐに他者へ頼る習性があった。





「正解は三番目ですね」





ルテミスは即座に答えた。流石である。



その隣のアンナは「どーれーにーしーよーうーかーなー」と完全に運に任せていた。





「いや、これ一番目っすね」





ネネカがピザを食い終わって、ビールを飲んだ後に意外な答えを言う。



そんなネネカを、ルテミスは不思議そうに見ている。





「三番目じゃないんか? どう考えても三番目だと思うんだが」


「いやこれ引っ掛けっすよ。真面目な人ほど引っかかるタイプの答えっす」





ネネカの言う通り、テレビに出ている真面目そうな回答者は、ルテミスと同じ答えを言って外していた。





「何でわかったんだ? ネネカさん」





どーれーにーしーよーかーなーと言う運任せが間に合わなかったアンナが、ネネカに興奮気味に聞いた。





「大体こう言う四択の答えって、必ず回答者を引っ掛ける為に似たような答えを二つか三つ用意するもんなんです。……だがら、四択の答えの要素を全て持っている一番目が答えかな〜って」


「僕とは考え方から違う……」 





アホなりに必死に考え、結局わからなかったジュリオからしたら、ネネカの考える視点から違う姿勢には感動してしまう。


頭が良いってこの事かあ〜とジュリオはアホ面で納得した。





「そもそも、勝負事は持ちかけられた時点で負け確ですからね。売られて勝てる勝負なんて、殴り合いしかないっすよ」





ネネカは新たなピザを食いながら、涼しい顔をしている。


さすがは元ルテミスの教育係だとジュリオは尊敬の念を抱いた。





「だから……ヘアリーさんの手紙に関しても、内容を考えるよりまず、『そもそも何故こんなアホな手紙を書いたのか』を考える方が良いかも知れませんね。……しっかし……内容もバラバラで滅茶苦茶なラブレターっすね…………暗号でもあるのかと思ったんすけど、文章を見ても、それらしい印や共通点とかも見つかりませんし」





ネネカは、ルテミスの手にあるヘアリーのラブレターを見ながら、ピザの伸びるチーズと格闘している。





「ヘアリーが何でこんな手紙を書いたのか……かあ。……そりゃ、僕に伝えたい事があるからだろうけど……追放されたバカ王子の僕に、優秀な新聞記者が伝えたい事なんて……あるのかな……」





ネネカの考えを元に、ジュリオもアホなりに考えてみた。


ルテミスやネネカと言う頭の良い連中を前に、考えた事を話すなんてとても勇気がいるが、それでもジュリオは諦める事なく、恐る恐る自分の考えを口にする。





「そもそも、何か伝えたいならこんな回りくどい事しないで、素直に事実だけを書けばいいのに……。それをしなかったってのは……何でだろう」





ヘアリーも、ジュリオの頭の限界値は知っている筈だ。


だからこそ、そんな単純な頭をしているジュリオに、こんな謎かけみたいな手紙を残したのには、何か理由があるのだろう。






「なあ、これ……遺品としてジュリオに渡されたもんなんだろ? 遺品って事はさあ……誰かがジュリオの前に読む可能性もあったって事じゃね」





アンナが缶ビールを片手にそんな事を言う。

 




「確かに……ラブレターにはハートのシールが一枚貼ってあるだけだから、誰かが先に見てるかどうかはわからないけど……その可能性はあるよね。……まあ、でも、僕以外の誰かが先にラブレターを読んでも……この内容じゃ……」





ルテミスとネネカと言う頭の良い連中にヘアリーのラブレターを読ませても、二人とも顔をしかめて『読んでるだけで腹立ってくるな』『シラフでこんなもんよく書けますね』と呆れたような感想しか出て来なかったのだ。



だからこそ、どんなに頭の良い奴がこの手紙をジュリオよりも先に読んでも、アホなラブレターとして処理される事は納得がいく。





「ヘアリーのラブレターは……中を見られる危険性があった……って事か……。そんな危険がある中、よりにもよって僕に……」





ジュリオは再び悩んでしまう。





「まあ、そこは考えても仕方ねえし、取り敢えず一旦置いとこうや」





アンナはそう言って、隣でルテミスの手元にあるヘアリーのラブレターを身を乗り出して読むと、声に出してそのアホな内容を聞かせてくれる。





「えっと……なになに? 


『ジュリオさんへ。


はわわっ♡ ラブレターなんて恥ずかしいですぅ♡


ヘアリーってば、慟哭の森に行くのが怖くなっちゃって、勇気を出してえいえいおー! するために、ジュリオさんへラブレターを書きました♡



ジュリオさん♡


もし、ヘアリーに会いたくなったら、まずはヘアリーのお父さんに会ってくださいね♡


お父さんならきっと、ジュリオさんの道標になってくれる筈です♡ 


ジュリオさんもお父さんを見習って、日々をコツコツ生きてくださいね♡ 何事も順番通り、地道にコツコツですよ♡



そうしたら、ヘアリーの心の鍵も開いちゃうかも……♡ なんて、はわわっ♡ 恥ずかしいですぅ♡』 ……かあ……わかんねえなこれ。内容も良く考えりゃ文章が滅茶苦茶でまとまりもねえし、これじゃあ別々の内容を切り貼りしたコラージュ文章じゃねえか」





アンナは明らかに無理して出した可愛い声でヘアリーのラブレターを音読した後、うんざりしたような声で言い捨てた。



それを聞いて、ジュリオはボソリと呟いた。





「ヘアリーに会いたくなったら……かあ。……会えるなら今会いたいよ……。いや、そもそも、手紙関係無く、生きてて欲しかった」





ヘアリーに死んで欲しくなかったという大前提はあるが、『呪い食い』や『花房隼三郎』の名を聞くたび、ヘアリーに会いたいという気持ちが大きくなっていたのだ。





「……ヘアリーに会いたくなったら……まずは……お父さん……か」





ルテミスは伊達眼鏡のブリッジを指で押し上げた後、言葉を続けた。





「お父さんに会え……。まあ、恋人を親に紹介する……と言う文脈は変わった事とは思えませんが……。ですが、手紙には、ヘアリーさんと彼女のお父様の新聞記者としての名刺が入っていたのですよね? ……だとすると……兄上に『お父様の事を知って欲しい』……と言う狙いがあるのでは?」


「ああ……そう言われてみると……そうだよねえ」





ジュリオはヘアリーとおでん屋で会話した事を思い出す。



ヘアリーは確か



『私は……呪い食いの全容を記事にして民衆に知らせると同時に、ランダー陛下が新聞社を買収した事も公表するつもりです。……これ以上、父が愛した新聞社を踏みにじらせるわけにはいきません』


『呪い食いに関する調査をしていた際、アナモタズに食い殺されました』


『父の専門分野は魔物に関する記事でしたから。魔物への知識はSSRランクのテイマー以上に豊富でした。……だからこそ、危険なアナモタズへの対策は万全でしたし、そもそもアナモタズの行動範囲には近づかない筈です。そんな父が、アナモタズに襲われるとは……』



と教えてくれていた。





「父娘揃って……アナモタズの事故死なんて……。そりゃ、『慟哭の森に行くのが怖くなっちゃって〜♡』とか手紙に書くわけだよねえ……だって、父娘揃って……なんて…………。父娘……揃って……?」





ジュリオは、ヘアリーの声真似をしながら呟いたあと、とんでもなく嫌な発想をしてしまう。




ヘアリーは、ジュリオに新聞記者だと正体を告げ慟哭の森へ行くまでの数日間に、ジュリオを遺品の受け取り先に指名したあと、このアホアホラブレターを書いた。




その時ヘアリーは、『父親が呪い食いの調査中に、慟哭の森でアナモタズに食殺されたが、父親は魔物の知識があり、アナモタズと不用意に遭遇するような事はしない』と言っていたのだ。




つまり、ヘアリーは父親の死因を、アナモタズによる事故死だと信じていなかった。




そんな状況の中、ヘアリーは父親の意志を継いで慟哭の森へ向かおうとしていた……と言う事は……!





「ヘアリー、慟哭の森に行くのが怖かったんだ」





ジュリオは恐ろしいものを見るかのような顔で、『だから何やねん』とツッコミたくなるような事を言った。





「ジュリオ、その心は?」





しかし、アンナを初めとするこの場にいる一同は、ジュリオをバカ王子だとは知っていても、それを理由に馬鹿にすることはせず、話をきちんと聞いてくれる。



そんな環境だからこそ、ジュリオも『どうせ僕はバカだ』と最初から諦める事をせず、自分なりに考える癖がついたのだ。





「ヘアリー……、もしかして……自分が死ぬのを……覚悟してた……? だって、魔物に詳しいお父さんがアナモタズに食い殺されるような事故が慟哭の森で起こって、今度は娘のヘアリーがお父さんの意志を継いで、呪い食いを調べながら慟哭の森に入るって事は……自分も危ないって思っても……おかしくないと思うんだよね……」





ジュリオは、ヘアリーが死を覚悟していた仮説を一同に話した後、不安げにそれぞれの顔を見た。



一同は皆、真剣にジュリオの考えを聞いたあと、それぞれ黙り込んで考え込んでしまう。




大丈夫かな、僕の仮説……とジュリオは不思議に思うが、その不安はルテミスの言葉が払拭してくれた。





「自分の死を覚悟していた新聞記者が、兄上に遺書を残した……。確かに、その仮説があれば、この意味不明のラブレターの内容も読み解けるかもしれません」





ルテミスが僕の意見の後押しをしてくれるなんて……! と、ジュリオは思わず涙ぐみそうになった。





「ジュリオさんの仮説を元に考えますと……。この手紙にある『私に会いたくなったら』と言う内容は、『私が死んだ後に、私に会いたくなったら』と言う内容になりますよね……。そうすると、『お父さんに会って』と言うのは、『私の死は父の死と関係があるかも知れません』と言う意味として読み解けます……。『この手紙を読む頃には、私はもう死んでいます』と言う共通点がある前提で読めば……この手紙の内容も見えてきますよ、きっと!」


「そっか……ありがとう……! でも、間違ってるかも知れないし……他の仮説も用意した方がいいよね?」


「そうですね……。まあ、そもそもわからない事に関しては、わからないなりに仮説を立てて物事を見る事が大事なので。……だから、ジュリオさん、不安にならなくても大丈夫ですよ」





ネネカがそう言って、ジュリオに優しく笑ってくれた。



この二人が自分の話を肯定してくれたのが、何よりも嬉しい。



ジュリオは、考える事を諦めなくて良かったと、誇らしい気持ちになった。



そんな時である。





「なあ……それならさ、いっそヘアリーさんとその親父さんに会いに行こうぜ」





アンナがいきなり突拍子も無い事を言い、ジュリオは驚いてしまう。





「アンナ、それどう言う意味……?」





ジュリオが不思議そうにアンナを見ていると、アンナはニヤリと悪党スマイルを浮かべてこう言ったのだ。





「ヘアリーさん宅の窓ガラスぶち破って、家ん中調べようぜ。何かあるかもよ?」


「……さすが……生粋のクラップタウン女子」





流石にこの発想は、バカ王子にも頭の良いクズ王子と酒カス聖女にも出来ないものである。



一同は皆、アンナの野蛮極まりない提案を聞いて呆気に取られた顔をしている。



しかし、謎の突破口と言うのは、案外こう言った実力行使が有効なのかも知れない。



ジュリオはまた一つ賢くなった気がしたが、この悪賢さは人生に必要なのかと悩んでしまい、「うーん」と首を傾げたのだった。


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