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127.時には立ち止まる事も大事〜!!

ハーフエルフの大富豪を食殺したアナモタズの駆除に出向き、そこで血まみれの臓物まみれになった日から、一週間が経過した。



ジュリオは居候先のアンナの自宅にて、怒涛の日々で知った出来事を振り返りながらノートに記録していたのだった。

そんな事をしようと思ったきっかけは、仕事が休みで暇だったからである。


呑気な昼下がりの時間帯で、リビングでボケーッと書き物をするなんて、凄く久し振りな気がした。





「ええっと……まずは……黒いオーラのアナモタズは、呪い食いに感染してる個体だってのはわかったんだよなあ……」





ルテミスの話では、呪い食いという『呪い』と『毒』による謎の病が百年前からこの聖ペルセフォネ王国をジワジワと蝕んでいたらしく、その病はルテミスが王になるだろう数十年後のタイミングで爆発的に蔓延すると予測が立っていたそうだ。





「……結局、お父様は呪い食いは公表しないって流れになったんだって。……歴代の王達みたいにさ」


「へえ……ルテミスさんは何て言ってんの?」





出来事を記録しながらノートにまとめるジュリオへ、アンナも何か書き物をしながら聞き返した。





「ルテミスは追放される最後まで、お父様に呪い食いの事を公表しようって迫ったらしいんだけど……。やっぱり、今まで隠してた事を公表するとなると、王家の信頼ガタ落ちになるし、それで革命や暴動何かを起こされたら、王族は勿論エレシス家とかの貴族も危ないから、迂闊に公表は出来ないって」 

  




ヒナシのクソテレビ番組をきっかけに、ルテミスは軍部や国民からの支持を完全に失っただけでなく、軍部の暴走によるケサガケ討伐失敗の責任のため、元婚約者の聖女ネネカと共に王国を追放され、王族からも除籍されていた。


簡単に言えば、今のルテミスはジュリオと同じ状態である。



ジュリオがヨラバー・タイジュ新聞社に『バカ王子』として蔑まれた一方、今のルテミスはチャンネル・マユツバーに『クズ王子』として蔑まれているのだ。





「ヨラバー・タイジュ新聞社は王国の持ち物だから、呪い食いの公表なんて死んでもやらないし、チャンネル・マユツバーに言っても『呪い食いを歴代の王が隠蔽していた』っていう事実ばっかりを放送して、肝心の『呪い食いにどう対処するか?』に関しては、スポンサー商品を宣伝しまくって後は放置だろうし」


「ろくなもんじゃねえなこの国は」





アンナはそう言って、いつもの癖でテレビを付けた。



テレビでは、チャンネル・マユツバーが多額の保釈金を払ってヒナシを留置所から出したと発表している。



あのクソ迷惑なオッサンが再び世に放たれた事に、ジュリオは顔をしかめた。





「ルテミスが言ってたよ。ヒナシのクソ野郎はケツ犯して殺すって」


「あのルテミスさんにそこまで言わせるかヒナシ……」





アンナは苦く笑いながら、テレビのチャンネルをポチポチ変えている。





「正直さあ、ルテミスがあそこまで血の気の多くて喧嘩っ早いなんて知らなかったよ、僕」


「ヤる時ゃヤる人だもんな、ルテミスさん」





アンナの微妙なコメントに、ジュリオは「確かにね……」と続けた。





「そんなルテミスも、僕と同じ身分証明書偽造犯でクラップタウン住みだもんね……。信用度はゼロだ」





そんな信用度ゼロのルテミスが、自身の正義感から呪い食いの事実を個人で公表しても、王国を追放されたクズ王子がデマを喚いているとしか国民は思わないだろう。


だからこそ、王になる前の王子時代に、何としてもケサガケを倒してその亡骸から薬を作り、呪い食いの研究をネネカとする予定だったのが、ヒナシのせいで全部パアになったのだ。



犯して殺すのはやり過ぎだと思うが、両手両足の指の関節を全て粉々に砕く程度なら許してもらえるのではないだろうか。





「呪い食いかあ……何でそんなとんでもない病が百年前から続いてんだか……。そもそも何でそんな病が発生したのかなあ……」





ジュリオは、呪い食いの症状にかかったアナモタズを思い出した。


呪い食いとは、毛はまだらに抜け落ち、紫に変色した皮膚は穴だらけになると言う、おぞましい病である。



そんなクソ危ない病は、一体何がどうして生まれたというのか。


薬学や医学に詳しいネネカに聞いても、『すんません……さすがに私もわからないっす』と申し訳無さそうに酒を飲んでいた。





「呪いって言えばさあ、アンナ。確か君も、生まれた時に呪いがあるとか無いとかそんな話あったよね?」


「生まれた時の呪い……? ああ、婆さんがそんな事言ってたな。……まあ、暴力クソ親父とエルフの娼婦の間に生まれてクラップタウンで育ったんだ。そりゃ呪われてんだろ」


「そっかあ」





呪いの方向性が絶妙に違う気がしたが、ジュリオはアホなので納得してしまう。





「呪い食いについては大体わかったけど……。今のとこわからないのは、『呪い食いの発生理由』と、黒いオーラの呪い食いアナモタズに、『どうして武器が効かないのか』『どうしてカンマリーの刀とアンナの鯖裂きナイフが効いたのか』って事なんだよなあ……」


「……あのさ。ルテミスさんがケサガケのガキと戦ったんだろ? ケサガケのガキには黒いオーラはあったのか?」


「それね……。ネネカに聞いたんだけど、わかんなかったって。……ネネカが言うに、彼女は生魔力の使い方は上手いけど、肝心の生魔力量は一般人ヒーラーと同じなんだって。生魔力の使い方が上手くて回復魔法バシバシ撃てるから、聖女って呼ばれてるだけだってさ」





ネネカは『私は聖女なんてタマじゃねえっす』と言っていたが、ジュリオからしたら、ケサガケの子供と死闘をする前に、負傷者を全員ヒーラー休憩所に転移魔法でぶっ飛ばしたり、文字通り命がけでルテミスを守るような行動をとったネネカは、聖女と言う肩書に相応しいのではないか……と思う。


しかし、その話を聞いた数分後に、吐くまで飲んで床で寝始めたネネカを見たら、確かに聖女と呼ぶのは無理があると思った。





「何か、聖女呼びって結構ガバいよな。……特に異世界人をそう呼ぶときは」


「そうだよねえ。……ねえ、アンナ。ペルセフォネ人の聖女認定と、異世界人への聖女認定は違うって前に話したでしょ? アレ、覚えてる?」





ジュリオは馬車に揺られながら初めてクラップタウンへ向かう道すがら、



『大聖女ってのは、回復魔法がとんでもなく上手くて、救国の儀が出来る女の人の事を言ってね。


聖女ってのは、回復魔法が普通に上手くて、後大聖女を産む可能性がある女性を指すんだよ』



『ペルセフォネ人女性を聖女って呼ぶ場合と、異世界人女性を聖女って呼ぶ場合は微妙に違う見たい。


ペルセフォネ人相手には種族的な呼び方で、異世界人相手には称号……的な呼び方なんだよね』



と説明したのだ。





「僕の『生魔力を独自に生み出す体質』って、大聖女だったお母様と同じだって、カトレアさんが言ってたから……。大聖女の定義にこれが加わるよね」





ジュリオはノートに大聖女の定義を書きつつ、母である大聖女デメテルとの記憶を思い出した。



大聖女デメテルの子供に望まれていたのは、デメテルと同じ『大聖女』であるか、『大聖女』を生む可能性が高い聖女であった。



しかし、デメテルは未成熟な十三歳の体で、ジュリオを早産した。



当然、大聖女でも聖女でも無いジュリオは『ハズレ』の存在であるし、デメテルは『聖女を生めずにハズレを生んだ男腹』として国王ランダーを始めとする王家貴族連中からボロクソに言われていた。



しかも、ジュリオには子供を作る生殖機能が無い事がわかり、次の子供を産ませようにもデメテルは未成熟の体で子を生んだ為に体を壊し…………その後の悲劇は、言うまでも無いだろう。





「……ほんと、世界はクソだね」





ジュリオはため息をついて、呪い食いにまつわるまとめを書き終わった。


取り敢えず、今のとこ生じた疑問は、


『呪い食いの発生理由』


『呪い食い状態のアナモタズは武器による打撃攻撃を無効化するが、カンマリーの刀とアンナの鯖裂きナイフとは有効だった理由。(ケサガケの子供が黒いオーラを持っていた場合、ルテミスの刀も)』


『大聖女にまつわる詳しい事柄(出来れば僕の詳しい体の仕組みも)』



と言う具合だ。

ジュリオは上記の内容をノートに書き、「うーん」と悩んだ声をあげた。





「やっぱり……カトレアさんに聞くしかないよなあ……」





カトレアは、ジュリオ以上にジュリオの体質を詳しく知っているようだった。





「カトレアさん……聞けば教えてくれるけど、肝心な事はどうにもボカしてるというかさあ……教えてくれないんだよね……。まあ、本気モードのカトレアさんの言葉を、僕みたいなアホが理解出来るわけないから当然かあ」


「婆さんに追いつく為には勉強して経験を積むしかねえな」


「チート性能があっても結局はそこだもんね」





カトレアが駄目なら、ネネカに聞こうかとジュリオは質問してみたが、ネネカは『ジュリオの血が生魔力そのものであり、冥杖ペルセフォネを手足のように扱えるチート性能である』と言う事実しか知らなかった。





「ほんと、僕の体……何がどうなってんだろ……。寝た相手からは最高だったって言われて来たけど、多分それとこれとは違う話だろうし」


「自分の体って、意外とわかんねえよな」


「だよね〜」





ジュリオとアンナは、呑気にテレビを見ながら書き物をし続けた。



テレビでは、『最近流行りの清純派俳優』のブームが起こっており、その清純派俳優はルテミスをテレビに売った元カレだった。 


確か、ルテミスとの情事の際に名前を呼び間違えられたとかでブチ切れたと言う話だったが、一体誰と呼び間違えたのだろう。





「この清純派俳優さ、髪色変えたよな、地毛に。赤毛だったんだな」


「地毛の方が似合ってると思うよ。僕のバッタもんしてた頃よりイキイキしてるもん」





ヒナシが留置所送りになり、チャンネル・マユツバーに指導者が消えた間、エンジュリオスブームはいつの間にか終わっていた。


今度はルテミスを売った元カレが清純派俳優として朝のドラマで大ヒットを飛ばし、一気に透明感のある清純派ブームが巻き起こったのだ。


その清純派俳優は、朝のドラマをやる前は、明らかにジュリオをモデルとした天才ヒーラーのドラマの主演を努めており、見た目は完全にジュリオのバッタもんだったのを思い出す。





「まあ良いや、他なんか番組ないの?」





ジュリオはテレビのチャンネルをポチポチ変えながら、異世界から電波ジャックしたドラマのチャンネルへと切り替える。


そのドラマでは、眼鏡をかけた上品で小柄な老紳士の警察官が、名推理を披露している瞬間だった。





「こう言うドラマってさあ、だんだん謎が解けてくのはありがたいけど、情報が多過ぎてわかんなくなっちゃうから、情報をまとめて整理するシーンとか欲しいな〜って思うんだよね」


「わかるわかる。謎解決シーンでも『え? それなに?』ってなるよな」





ジュリオとアンナはそんなしょーもない会話をしながら、それぞれの書き物に戻った。





「……呪い食いに関する事はこんな感じかあ……。他にも、ルテミスの実のお父さんの花房隼三郎さんのお話とか、もう本当にわけがわからないよ。…………誰か一発で解説してくれないかな~」





ルテミスの実のお父さん――花房隼三郎を口にした時、アンナの書物をする手がピクッとなったのを、ジュリオはバカ王子の顔をしながらも見逃さなかった。


その瞬間、腹の底がモヤモヤするような、嫌な感情が渦巻いたものだが、その感情が何なのかわからず、ジュリオは気づかないふりをする。





「…………呪い食いと花房隼三郎さん…………この二つに詳しい人…………そんな都合の良い人がいてくれたら……………………あ」





その瞬間、ジュリオはとある人物の顔と名前を思い出す。



その人物とは、異世界人勇者のハーレム要員だったぶりっ子クソ女であり、その正体はヨラバー・タイジュ新聞社の新聞記者だった、あの女だ。



ジュリオはすぐに自室へと階段を駆け上がり、彼女から託されたあの手紙を机の引き出しから取り出した。





◇◇◇





「やっぱり……何度読んでもアホみたいなラブレターにしか読めないよ……」





ジュリオはリビングへ降りて、ヘアリーから託された手紙を改めて読み直した。



しかし手紙の内容は、


『ジュリオさんへ。


はわわっ♡ ラブレターなんて恥ずかしいですぅ♡


ヘアリーってば、慟哭の森に行くのが怖くなっちゃって、勇気を出してえいえいおー! するために、ジュリオさんへラブレターを書きました♡


ジュリオさん♡


もし、ヘアリーに会いたくなったら、まずはヘアリーのお父さんに会ってくださいね♡


お父さんならきっと、ジュリオさんの道標になってくれる筈です♡ 


ジュリオさんもお父さんを見習って、日々をコツコツ生きてくださいね♡ 何事も順番通り、地道にコツコツですよ♡



そうしたら、ヘアリーの心の鍵も開いちゃうかも……♡ なんて、はわわっ♡ 恥ずかしいですぅ♡』


と言うアホみたいな内容と、ヘアリーとヘアリーの親父さんの新聞記者の名刺が二枚あるだけだ。





「この手紙でどうしろっての……」





もし、この手紙を読んだのがアニメやドラマの名探偵なら、『そう言うことか! わかったぞ!』と思えるだろう。


しかし、肝心の読み手はジュリオであり、ジュリオのあだ名が何だったのかは、言うまでもない。





「これじゃあ誰が読んでもアホなラブレターにしか思えないって」





ジュリオは書物をしたノートに手紙を挟むと、『ヘアリーも何で僕にこんな手紙寄越したのさ』とため息をついた。



そんな時である。





「よし! ジュリオ。出来たぞ……見てくれ」





アンナが自信満々でノートを差し出して来た。





「お疲れお疲れ〜。…………うん! 凄く良くなってるよ!! ミミズが乱交パーティしてるみたいな字から、出血多量で死にかけてる人が残したダイイングメッセージみたいな字になってる!」


「やったぜ」





アンナから差し出されたノートには、汚え字が酔っ払いながら歩いているような、そんなフラフラした書体が書き記されていた。



アンナの書き物の正体――それは、アンナが字を綺麗に書く特訓の成果である。


以前、アンナの親父の骨を掘り起こす際にジュリオが言った『綺麗な字の書き方を教えてあげるよ!』が実現されていたのだ。



ジュリオはアホである。

自他共に認めるバカ王子である。



しかし、字だけは王子らしくキレイだったのだ。





「正直……字なんてさあ、読めりゃ何でも良いと僕も思うんだけど、読み間違えられたり、書類を返されたりしないから、字はキレイな方が二度手間にはならないと思うんだよね」


「確かに……。まあ、あたしもいつまでもローエンを頼ってるわけにはいかねえからな」


「は? え? ローエンに頼る……? どういう意味?」





いきなりローエンの名前が出て、ジュリオの声が一段階低くなる。



しかし、アンナは気付かずにローエンの話をし続けた。





「ああ、書類の清書だよ。……あたしの字、汚過ぎてさ。役所の連中から『解読は俺達の仕事じゃねえ。考古学者にでも頼めや』って言われてな。……だから、ローエンに書類の清書を頼んでたんだ。……あたしの字を読めるの、ローエンだけだからさ」





その瞬間、ジュリオの目の色が変わった。





「アンナ、字の訓練するの中止していい? 今度はアンナの字を僕が読めるように頑張るから」


「どうしたジュリオ。ヒーラーから考古学者に転職すんのか」


「考古学者とは寝た事はあるけど、僕は昔よりも今を見るべきだと思うんだよね」


「今を見るべきなら……あたしの昔の字なんて知らんでも良いだろ……」


「僕、昔の事を知って今に繋げるのはこの世に生きる全ての生物の仕事だと思う。考古学って最高」


「あんた三秒前に何言ったか覚えてる?」





ジュリオはお得意の王子様スマイルを作る余裕もなく、アンナに迫ってその汚え字を解読させろと我儘を言う。



そんなジュリオに、アンナは少し恥ずかしそうにしながら、


「あんたに見られるのは……何か緊張する……」


と、昔に書いた書類を引っ張り出してくれた。



そこに書いてあるのは、最早字とすら呼べないグチャグチャの線の塊であったが、ジュリオは眉間にシワを寄せながら、そんな字らしき線の塊を解読しようと頑張ったのだった。


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