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126.公務員も大変だ!

「エンジュリオス殿下……いえ、ジュリオさん……仕事先のご紹介……ありがとうございました」




先程までだら〜んとしていたネネカは、背筋を正してジュリオに頭を下げる。



ルテミスもネネカに続いて、ジュリオに向き直って頭を下げた。





「いや、僕は何もしてないよ! お礼ならカトレアさんに、ね? だから頭上げてよほんと……!」


「アタシは寧ろ助かったから、そんな気にしなくて良いよ、二人とも」





カトレアはタバコを吸いながら、ジュリオ達の元へやって来た。





「カトレア殿……以前はどうもお世話になりました。あの時は何も出来ませんで、申し訳ございません……」





ルテミスがすっと立ち上がり、カトレアに気品のある挨拶をする。


その姿はさすが元王子だ。


例え、Tシャツにジャージのズボンに首からタオルをかけた庶民の格好をしていても。





「良いよ〜。気にしないで。キミとネネカちゃんが無事なら、アタシは何よりだし。……それに、アタシとしてもさ、ネネカちゃんみたいな優秀なヒーラーは大歓迎だし、売店の店員がレジの金盗んで捕まったばかりだから、ルテミスくんが入ってくれて助かるよ。マリーリカちゃんと仲良くね」


「……マリーリカ……さん」





マリーリカの名を聞いた瞬間、ルテミスの顔が曇った。



アンナから聞いた話だが、マリーリカの血の繋がらない妹――カンマリーは、実はルテミスの妹であると言う。 

しかも、ルテミスとカンマリーの兄妹の本名は、花房竜一郎と花房可奈子である。


色んな経緯で、花房可奈子はカンマリーと名乗り、マリーリカの妹となっていたそうだ。





「マリーリカさんにも……いずれ……お話しなくては……」





顔が暗くなるルテミスの肩に手を置いたカトレアは、


「何なら今呼ぼうか?」


と提案した。





「い、今ですか!?」


「うん。マリーリカちゃん休みだし。……二人の事話したら、心配してたよ」





ルテミスは少し迷ったような顔をした後、



「……マリーリカさんにも、責任をとらないといけませんね」



とカトレアの提案に乗った。



そんなタイミングで、アンナが「いっそローエンとルトリも呼ぼうぜ? ルトリは仕事が終わったらだけど」と言い出したので、このバー『ギャラガー』にいつメンが集結する事となった。





◇◇◇





「あ、あ……る、ルテミス王子…………うそ、本物……だよねえ……す、すごい……」





初めて生でルテミスを見たマリーリカは、顔を真っ赤にして完全に言葉を無くしており、口を開いたままボケーッと見つめている。



ジュリオはそんなマリーリカを見て、「どう? 僕の弟超美男子でしょ〜」と自慢したい気分になった。





「マリーリカさん……初めまして。……私は、ルテミス・ティターン・ペルセ」


「今はルテミス・ギャラガーで、地位も名誉も地に堕ちた身分証明書偽造犯だけどな」


「黙れローエン」





ルテミスに見惚れるマリーリカを見て不貞腐れたローエンが、ルテミスの名乗りを遮って要らんことを言う。



しかし、ルテミスはローエンの言う通り、身分証明書偽造と言うジュリオと同じ轍を踏んでいる。



そんなローエンにルテミスは中指を突き立てると、すぐにマリーリカへと向き直った。





「カンマリーさんの事で……お話があります……」


「……うん。わかったよ」





ルテミスとマリーリカは一気に神妙なテンションで店の裏口から外へ出た。


色々と複雑な話なのだ。確かに、このクソうるさい店内では出来ないだろう。





「俺アイツ嫌い」





ローエンはマリーリカを連れてったルテミスへ素直な感情をぶつけるが、ネネカに「よしよ〜し。大体の事は出来る男〜」と頭を撫でられ、すぐに機嫌を治した。


幸せな男だなあとジュリオは思う。





「そういや、大体の事は出来る男といえばさ。ルトリさんの靴どうだった? ヒールが割れてて正直買い直した方が良いんじゃないって思ったけど」





ジュリオはローエンの大体の事は出来る男と言う肩書を聞いて、ルトリの靴の事を思い出す。


このハイスペックな男にかかれば、靴のヒールもすぐに治るのだろうか。





「俺に不可能があるわけねえだろ? 余裕よ、余裕」





ローエンは自信満々にニヤリと笑ってみせる。

こう言う時は本当に男前なんだよなあと思った。





「そういやジュリオにアンナよ、お前らアナモタズの駆除やったんだろ? ルトリさんから聞いたぜ? ルトリさん……すげえ張り詰めた顔しててさ、そんな姿もすげえ美しいんだけど……でも、何か気になるんだよな……」


「ルトリさんが……?」 





ジュリオはルトリの朗らかで明るい人柄を思い出す。



そんなルトリに張り詰めた顔……? と疑問に思うが、ジュリオが以前事情聴取を受けた際にチラリと見てしまった、ルトリの氷の様な冷たい雰囲気を思い出す。


しかし、あれはジュリオが疲れていたから勘違いしてしまっただけだろう。





「張り詰めた顔って、ローエンがまたルトリにウザく迫ったからじゃねえの?」


「うるせえ白髪」





アンナがどうでも良さそうに頬杖を付いて安酒を飲むと、ローエンがむくれた顔で中指を立てた。





「二人共仲良いっすね。どういう関係ですか?」





楽しそうに聞いてくるネネカに、アンナが笑って答えた。





「ただの幼馴染みだよ。ガキの頃、二人して港で物乞いして小銭稼いでたんだ」


「懐かしいぜ」





アンナとローエンが生粋のクラップタウン育ちの雰囲気を見せると、今度はジュリオが少し寂しくなってしまう。



アンナとローエンの間に男女の情が生まれるなんて、ジュリオが貞淑になるほど有り得ない話だが、それでも嫌なもんは嫌である。





「そう言えば、ルトリさんはまだ来られないのかな」





ジュリオは何とか話題を変えたくて、強引に話の方向を変えた。



そんなジュリオにアンナとローエンは「ルトリまだかな〜」と呑気にしているが、ネネカだけは少しニヤニヤした顔でジュリオを見ていた。





◇◇◇





マリーリカとルテミスが戻って来た頃には、バー『ギャラガー』は既に地元の貧乏人達で溢れかえっていた。



皆それぞれが安酒を飲みながらテレビに文句を言いつつ、楽しそうに下らない話をしている。


きったねえ床にはきったねえオッサンが寝ていたりと、いつものしょーもない日常が広がっていた。





「マリーリカちゃん!!! やっと帰ってきてくれたね!! さ、こっち来なよ!」


「……なあマリーリカさん、あたしの隣空いてるぜ?」


「アンナさーん! お隣お邪魔しまーす!」





戻って来たマリーリカに、ソファー席に座るローエンが満面の笑顔で自分の膝元を叩くが、ニヤリと笑うアンナが指をくいっと曲げて挑発的に誘うと、マリーリカは満面の笑顔でアンナの隣にすっ飛んでいった。





「悪ぃな、ローエン」


「死ね」





ニヒルに笑ってマリーリカの肩を抱くアンナに、ローエンは中指を突き立てる。



この貧困地域で暮らしていると、意思の疎通が中指を突き立てる事しか出来なくなるのかとジュリオは思う。



アンナに肩を抱かれるマリーリカは、確かに満面の笑顔をしているが、目尻は赤く涙の痕が見える。


きっと、カンマリーの話で色々とあったのだろう。





「ルテミスさぁーん! 私そろそろ吐きそうなんで、外連れてってもらっていいっすかぁ?」


「んだよネネカス。吐くなら一人で便所に行けや」


「ルテミスさんはネネカちゃん係でしょお? ルテミスさんだってタバコ吸いたいっすよね」





ネネカはローエンに一言断って退いてもらうと、ルテミスを連れて店の外へと出て行った。



そんな二人をジュリオは見送ると、マリーリカに

 


「何飲む〜? 僕としては、このカクテルが超オススメだよ〜」

 


と敢えて涙の痕を見ないふりして明るく振る舞った。



  


「ジュリオ……。うん。そうだね。それにするよ!」





マリーリカも泣き腫らした目でにこりと笑い、元気よくバーテンダーに注文した。





◇◇◇





「大丈夫っすか? ルテミスさん……」





ルテミスとネネカは、店の外へ出たあと、クソ暑い中修理した壁によりかかりながら、タバコと酒を嗜んでいた。



ルテミスはタバコを吸いながら、ネネカはビールの中瓶をラッパ飲みしている。





「マリーリカさんには、辛い話をしちまった」


「……ですよね」





ルテミスはタバコの煙をふうっと吐くと、夜のクラップタウンと言う相変わらず汚え町並みを眺めている。





「…………カンマリーはずっと家族だって、言ってたよ」


「……良いお姉さんに恵まれましたね」


「ああ……ほんとだよ。……俺みたいなのが兄貴じゃなけりゃ、アイツはもっと」


「ルテミスさん。あんまり自罰が過ぎると、私みたいになっちゃいますよ」


「自罰……お前のチート能力だっけか? ……何か、チート能力ってのはそいつの個性によって決まったりすんのかね?」


「さあ? ……でも、私が調べた限りじゃ、強力なもの程扱いが難しかったり、代償がデカかったりするみたいです」





確かに、ネネカの自罰は自分が傷付けば傷付く程能ほど力が向上すると言うヤバい代物だ。


ネネカ以上にヤバいチート能力なら、代償に死すら出てくるのでは……とルテミスは恐れを抱く。



一方、そんなヤバい能力を授かったネネカは、いつもの様に酒を一口飲んでルテミスに「タバコ、一本良いっすか」と言う。





「ネネカ、お前ェ、タバコ吸うのかよ」


「今日だけっす」





ネネカは義手を器用に操り、タバコを指に挟んで口へと持って行く。





「……義手の心地は……どうだ?」


「さすがにまだ慣れませんけど、そのうち不便さは減るでしょうね。……さすがは大体の事は出来るローエンさんだ」





ローエン曰く、ネネカの義手は超微量の生魔力で操作が可能らしい。


ルテミスには原理がさっぱりわからないが、ネネカの微量の生魔力があれやこれして、複雑な動きも可能だという。





「目は……さすがに眼帯ですけど」





しかし、さすがのローエンも失った目の修復は不可能だった。


義眼を入れることも出来るが、それはあくまで見た目の補充に他ならない。


だから、今のネネカは失った目の上に眼帯をしている。


そんなネネカの頬を、ルテミスは泣きそうな顔で優しく撫でた。





「すまなかった……お前のことは、俺が一生」


「あの……『お前の事は俺が一生守ってやる〜』なんて、そんな重い事言わないでくださいよ? ルテミスさんはちゃんと幸せになって下さい。……そうじゃなきゃ、私の方が貴方が心配で『一生守らなきゃ……』ってなるんですから」


「…………幸せなんか……望めんよ。俺のせいで、何人死んだと思ってんだ」


「ペルセフォネ王国軍が死んだのは、貴方を舐め腐って言う事を聞かず、勝手な行動を取ったから。カンマリーさんは魔物の事故。……ルテミスさんが直接ぶっ殺したわけじゃないでしょ」





確かにネネカの言う通り、ペルセフォネ王国軍がきちんとルテミスの指示を聞いていれば、死傷者は出なかっただろうと予測できる。


死傷者を出さない作戦や段取りは何通りも用意していたからだ。

それに、ネネカと言う回復魔法のエキスパートもいるのだから。



しかし、実際はルテミスの秘密を暴露したクソテレビ番組を見て、完全にルテミスを舐め腐って指示を聞かない連中が、アナモタズを怒らせると言う悪手を踏んだのだ。


あの場の本当の指導者はルテミスを完全に舐め腐った将軍であったとも言えるし、実際にまともな精神をした新兵もそう証言している。



だが。





「カンマリーは……あれは本当に事故なのか」





カンマリーの死亡報告書を読み、その凄惨さに身を割かれる思いだったが、どうにも納得出来ない点があった。





「ヘアリーとか言うカンマリーに付きまとってた新聞記者と、異世界人勇者は食い殺されてるのに、何でカンマリーだけ『撲殺』なんだ……」


「……それは」





ルテミスの疑問に、ネネカは目を伏せて考え始めた顔をする。





「なあ、ネネカ。この獣害事故……本当に『事故』なのか?」


「……妙ですよね……。いっそ、タイミングが合ったら調べてみます? ……いつになるかわからないけど」





納得出来ないルテミスへ、ネネカは真剣な顔で聞いてきた。





「……そうだな……。そうじゃねえと、カンマリーに……可奈子に合わせる顔がねェよ」


「そうっすね」





ネネカは『そうっすね』と一言言ったあと、吸い終わったタバコを店の前の灰皿に捨てた。



ルテミスはネネカから飲みかけの酒をもらい、ぐいっと飲み干す。


そして、スマホの画像データから、カンマリーと一緒に撮った写真を眺めていた。



カンマリーの涼し気な美貌は、ルテミスの本当の親父である花房隼三郎にそっくりだった。





◇◇◇





ジュリオ達がクラップタウンの汚えバー『ギャラガー』で安酒を飲んで騒いでいる一方。



フォーネの港町の片隅にある、素朴なおでん屋の屋台に場違いな麗しい美女がいた。



金髪のショートヘアに紫色の瞳が美しい美女――ルトリは、ジュリオから受け取ったジッパー袋に入った金属片を見ながら、眉間にシワを寄せている。





「先生。……これ、『拳銃の弾』よね?」




ルトリは苦い顔をして、拳銃の弾が入ったジッパー袋を――――――おでん屋の優しそうな顔をしたおっさんに手渡した。


そして、おっさんから出された熱いお茶の上に細い指先をかざし何らかの詠唱を唱えて、氷を出現させた。


ルトリの魔法によって生み出された氷は、ぽちゃりと熱いお茶の中へ落ち、みるみる溶けてゆく。





「拳銃なんて……聖ペルセフォネ王国じゃ都市伝説みたいなものだった筈よ。……『異世界人がチート性能によってもたらした最強の武器』って。…………そんな拳銃の弾が……どうして……」


「…………今回の事件は、ガイシャの――――ハーフエルフの大富豪の別荘宅へ襲撃したアナモタズによる事故だったそうだね。……ルトリ、今回は手を引きなさい。そもそも、君の仕事は別にあるだろう」





おでん屋のおっさんにたしなめられるルトリは、子供っぽくむくれた顔をして反論した。





「嫌よ、先生。……私は、先生に着いて行くわ。…………だって、私にはもう……先生しかいないもの。…………だから、先生……お願いよ? ……死なないでね」




ルトリは思いつめた顔をした。



一方、おでん屋のおっさんは目を逸らす。



そんな時である。

スマホに着信が入り、ルトリは画面に指を滑らせ相手を確認した。





「……ジュリちゃんからだわ……。あの子も可哀相に」


「……ああ、あの子か……ヘアリーの友達の」


「…………ええ。……ジュリちゃんには巻き込まれて欲しくないわ……。嫌よ。あの子が傷付くのは……。だって私、あの子が好きだもの。…………それに、あの子がおバカでいられなくなる日が来たら、その時は国が終わるときだわ」





ルトリは悲しそうな顔でお茶を飲むと、次の瞬間には朗らかで明るい役所のお姉さんの顔をして、ジュリオからの通話に応答した。





「ぁあ〜! ジュリちゃんっ! ごめんなさいね……! え? 公務員って大変なんですねってわかってくれるの? そうよ、そうなのよ! …………朝出勤で夕方には帰れる公務員なんてファンタジーよ…………………………ほんとね」


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