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123.さよなら、ルテミス!?

ボロボロの状態だったルテミスとネネカをテレビ屋から匿い、色々と新事実を聞きまくった翌日の早朝である。



クラップタウンの船着き場にて、ジュリオとアンナは、ルテミスとネネカを心配そうな顔で見ていた。





「ねえ、ルテミス……本当に城へ帰るの? ……もう少し……いても……」





ジュリオは、少し表情が柔らかくなったルテミスを引き止めた。



ルテミスとネネカは今、クソダサTシャツから、ボロボロになった元の格調高い服装へと着替えている。


その姿を見たら、彼らの『城に帰って全ての責任を取る』と言う覚悟は変わらないようだ。





「俺は……いや、俺『達』は、やらかした事への責任を取らねばなりません。……兄上、アンナさん。……本当にありがとうございました」





ルテミスは柔らかい笑顔を浮かべて、頭を下げた。



ネネカもそれに続く。





「あ、そうだ。エンジュリオス殿下! 今は私達二人ともスマホぶっ壊れてるからアレなんですけど、買い直したら連絡するんで、連絡先を紙に書いていただけますか?」





ネネカは明るく笑う。



ジュリオとアンナはすぐに連絡先を渡そうと思ったが、残念ながら紙が無い。


近くの売店でチラシか何かを持って来ようとしたその時だ。





「おーい!! ネネカ様にルテミスさんー!!!」





ローエンが駆けつけてくれた。


走ってきたローエンは、特に息を乱すこと無くジュリオ達の元へ着くと、作業着のポケットからスマホを二つ取り出した。





「言うの遅くなって悪いな。……ネネカ様達のスマホ、修理してたんだよ。……勝手に持ち出してごめんだけどさ」


「え!? マジっすか!? もう無くしたとばかり思ってました……! ありがとうございます!」





ローエンの大体の事は出来る男っぷりに、ネネカは素直に感動した顔をしている。



その隣のルテミスも驚いていた。



スマホを受け取ったルテミスとネネカは、その場にいる一同と連絡先を交換した。





「ネネカ様……もし義手が必要になりましたら、その時はこのローエンを思い出してくださいね……! 義手だけでなく、薬指にはめる指輪も手配いたしますから! 俺は、貴女さえ望めば、喜んでネネカ様の片腕になりますから!」





ローエンはマジな顔でネネカの片手を握り込んで迫った。



一方、そんなネネカは苦笑いをしながら、

 


「義手とお気持ちだけ貰っときますね」



と答える。



そんな『明らかに断っている』答えを受けたローエンは、「気持ちを受け取ってくれるんですね!?」と目を輝かせていた。


己のめっちゃカッコイイルックスの使い方を知らないこの男に、幸あれである。





「あ、そうだ。ルテミスさんよ。……今回手配した船と、城まで行ける馬車は俺の顔馴染みだからさ。テレビ屋に追い回されずに帰れると思うぜ?」





ローエンはネネカの手を名残惜しそうに離した後、ルテミスの頭を雑に撫でた。



わしゃわしゃと撫でられ髪が乱れるルテミスは、戸惑いながらも気恥しそうにしている。

そりゃ、十七年間他を寄せ付けない王子様をしていたルテミスに、無遠慮に頭を撫でてくる奴なんていなかっただろうから。





「ルテミスさん、元気でな」


「……はい。ローエンさん……本当にありがとうございます」





ルテミスはローエンにされるがままの状態で、笑って礼を言った。



そんなルテミスを見てジュリオは思う。

ここへ来て、ルテミスは笑顔になる回数が増えた、と。


それも、作った硬い笑顔でなく、心の底から笑っているような、そんな柔らかい笑顔である。



そんな顔をする弟を見て、兄としてとても幸せな気分だった。



ジュリオの隣で優しい顔をしているアンナも同じ気分だったのか、ジュリオを見上げて幸せそうに笑っている。





「そうだ! お二人さん! 船が来るまでさ、あたしらと写真撮ろうよ!」





アンナは自分のスマホを取り出し、ローエンにスマホを支える長い棒を借りた。


そして、ルテミスとネネカの返事も聞かず、この二人を中心に集まると、写真を一枚パシャリと撮ったのだった。





「後で二人にも送っとくからさ。……まあ、たまには思い出してくれや」





アンナは笑ってルテミスとネネカへ片手を差し出した。



ルテミスとネネカは、アンナと硬い握手をする。





「アンナさん。……貴女と友達になれて、本当に良かったです……。そして……兄上を救ってくださって、本当にありがとうございました。…………貴女と食べたアイスの味は、生涯忘れる事は無いでしょう」


「ああ。……また食べような」


 



アンナがそう答えると、無情にも船が着いてしまった。



ジュリオは泣くのを必死に堪えて、ルテミスを全力で抱き締めた。


これを最後に、もう二度と弟に会えないかもしれない。

そんな不安を必死に押し隠しながら、ルテミスの背中にしがみつく。





「愛してるよ、弟。……また、会おうね」





素直な気持ちを伝えた瞬間、ジュリオは驚く程の力で抱き返されてしまう。


思わず「うわっ」と声が出るほど、ルテミスが自分を抱き返す力はとんでもなく強かった。





「俺もだアホ兄貴」





弟の力の強さに驚くジュリオは、少しの間されるがままになった。

今はただ、弟との抱擁を大事にしたいと思う。



だって、もう二度と弟には会えないだろうから。



全ての責任を取るという事は、無事では済まない筈だ。



せっかく再び仲良くなれたのに、これが最後の別れなんて、あんまりじゃないか。



ジュリオは、本当はルテミスを引き止めたくて仕方なかった。





「まあ、今の時代はスマホがあるし、今生の別れ……なんて、そんな事、無いよね? ……ね?」


「…………ええ。約束です。……大丈夫」





ルテミスはゆっくりとジュリオから離れた。



あまりに強い抱擁の名残が、まだジュリオの体に残っている。

そんな力強いルテミスを前に、ジュリオは『武芸の道をスッパリ諦めて正解だったな。やっぱり無駄な努力ってあるよなあ』と、呑気な事を思った。





「それじゃあ、皆さん…………。さよなら……。…………ありがとうございました!」





ルテミスとネネカは、笑顔で船へと乗った。



ジュリオ達は、二人を乗せた船が見えなくなるで見送ったのだった……。





◇◇◇





その数時間後、テレビの緊急速報で


『ルテミス王子と聖女ネネカ! ケサガケ討伐の失敗と、ペルセフォネ教への侮辱の罪などの責任を取るべく、死罪確定――――か?』


と発表された。



その発表をローエンの自宅で見ていたジュリオはすぐにルテミスのスマホへ連絡を取ったが、当然ながら応答は全く無い。   



テレビでは、ルテミスとネネカの死罪についての、国民の街頭インタビュー映像を流している。


主な意見は『死罪は当然』と言う派と『さすがに死罪はやり過ぎ』と言う派に二分されており、若干『さすがに死罪はやり過ぎ』派が勝っていた。



そんなテレビの速報を、ジュリオは顔面蒼白になって見ていた。





「……死罪……なんて……そんな」





青ざめるジュリオを、アンナは抱き締めてくれる。



そんなジュリオへローエンも言葉をかけた。





「ジュリオ。テレビで国民の声を聞く街頭インタビューなんてもんを流しているときはな、大抵……テレビ局側に情報が何もねえ時なんだよ。……だから、死罪が確定したわけじゃねえ」


「そっ、そっか……だよね……? だって、お父様はルテミスの事凄く大事にしてたし、僕を追放してルテミスを死罪になんてしたら、王家の信頼ガタ落ちだし、それに、それに……」





ジュリオは必死に『ルテミスは死罪にならないだろう』と言う理由を見つけては口にしている。



アンナは、今のジュリオにヒーラーの仕事なんて無理だろうと判断したのか、カトレアへ『ジュリオを休ませる』と連絡してくれた。


相変わらずヒーラー休憩所は国に占拠されたままで、負傷した兵達がヒーラー休憩所で傷を癒やしながら、テレビ屋の晒し者になっている。


だから、ジュリオの職場は色んな場所を転々としていたのだ。





「ジュリオ、今日の仕事は休ませるって婆さんに連絡したから……だから、そこは取り敢えず安心しろ」


「アンナ……ありがとう……」





ジュリオはアンナに例を言うと、今にも死にそうな顔でテレビ速報を見ていた。





◇◇◇





テレビでは、夜になっても相変わらず『ルテミス死罪濃厚説』以上の情報が伝わらず、ジュリオは涙目になりながらスマホでルテミスに連絡を取り続けた。


しかし、ルテミスどころかネネカすら連絡を返してくれず、もしや二人は今牢屋にいるのではと、ジュリオの頭に最悪の状態ばかりが浮かんだ。



そんな時である。

ジュリオのスマホに、カトレアから『助けて!!!』と連絡が入った。



今日の勤務場所はバー『ギャラガー』である。

カトレアはそこから連絡をして来たという事は、カトレア達では手に負えない怪我人だろう。





「どしたジュリオ……今回は、断っても良いんじゃねえのか」





アンナはジュリオの肩に手を置き、無理するなと言ってくれる。



しかし。





「ううん。僕はヒーラーだから。……怪我人がいるなら、行くよ」





と答えたのだった。






◇◇◇





深夜前のバー『ギャラガー』のドアの前に着くと、店内からはやけにガラの悪い酔っ払いの怒鳴り声が聞こえてくる。



確かに、助けてと連絡が来る事だろう。



ジュリオは、アンナとローエンと言う腕っぷしの立つ二人の顔を見て、現場に突入する覚悟を決め、店内へ入った……。




すると、そこには。





「ふざけんな馬鹿野郎ッ!!! 何が『好きな人とならファミレスでも幸せです♡』だ畜生!!! お前王族御用達の飯屋でも不貞腐れただろうがボケェッ!!! 人の事テレビ屋に売り渡したくせに清純派気取ってんじゃねえぞ淫乱このクソ野郎ッッ!!!!」





安酒でバカ酔いしたルテミスがテレビに向かって怒鳴り散らしながら中指を立てていた。


その足元では、酒瓶を抱えたネネカが床で寝ていた。





「は?」





何これ? 


である。


は? である。



ジュリオ史上最大の『は?』だった。





「あ〜やっと来てくれたよジュリオくん。……キミの弟、酒癖悪過ぎ」


「いや、あの……え? なんで」





ドン引きした顔のカトレアに話しかけられ、ジュリオとアンナとローエンは、呆気に取られた顔で固まる。



そんなジュリオ達に気付いたのか、ルテミスは「兄上〜〜〜」と乱暴な声でジュリオを呼び名がらフラフラと近寄ってきた。


その顔は完全に悪酔いして、顔が真っ赤になり目も潤んでいるが、やっぱり美男子なのは流石だなあと呑気な事を思った。





「兄上〜〜〜! 恥ずかしながら戻って参りました〜〜〜! あははははははははは!!!」





呂律の回っていないルテミスは、酒瓶を持ったままヘラヘラ笑っている。





「あの、えっと、どうしたの……一体」





バカ酔いしてフラフラになっているルテミスと、そんな状況について行けないジュリオと言う、いつもとは完全に逆転した構図である。



そんな中、ネネカがむくりと起き上がり、一言「吐く……」と言って便所に駆け込んでいった。





◇◇◇





一発吐いて落ち着いたネネカは、水を飲みながらジュリオ達に事の説明をしてくれる。



その一方、ルテミスは相変わらずバカ酔いしてテレビに映る清純派気取りのジュリオのバッタモンみたいな人気役者に向かってキレ散らかしていた。

その無残な姿は、気品ある王子の欠片すら無い。





「ルテミスさん……酒癖最悪なんすよ」


「それテメェが言うかネネカス〜!!!」





ルテミスはヘラヘラ笑いながら安酒をカッ食らっている。



こんな弟初めて見たぞと、ジュリオはかなり引いていた。


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