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119.疲れた時はうどんに限る!

ルテミスとアンナがコンビニ前でアイスを食いながらしんみりと話をしている頃。



ジュリオは味噌煮込みうどんの仕込みを一旦中止し、リビングへ降りてきたネネカの状態を確認していた。



ネネカをソファーに座らせ、顔色や精神状態を調べる。

大怪我のせいで眠っていたネネカの顔色は、良いとは言えないが悪いとも言えない。

意識もはっきりしており、これは快方へ向かっているのではと思える。





「ネネカ、どこか痛いところとかある? 我慢したら絶対に駄目だからね」


「はい……大丈夫です。ただちょっと、体のバランスが取れないというか……。あと、距離感もイマイチ掴めなくて……。片目が無いって不便ですね。二つあるから一個無くてもいけんじゃね? って思ってたんですけど」





今のネネカは、片腕と片目を無くしている。


失った片腕はバランス感覚を乱し、失った片目は視界と立体感覚を損なわせたのだろう。





「ま、ブチ切れた巨大なアナモタズ相手に、腕と目だけで済んだのなら、運が良かったのでしょうね」





運が良かったと、ネネカは笑っている。





「……僕も、ネネカが生きててくれて嬉しい」




ネネカの肩に手を添えると、その細さに驚いてしまう。


同じ女性と言えど、アンナの肩は大弓を使う猟師だけあって、華奢に見えるがすごくしっかりしていてハリがある。


そのアンナに慣れたからこそ、ネネカの骨感が伝わる肩の細さに衝撃を受けた。



この細い体で、ルテミスを――弟を今まで守ってくれていたのか。





「ネネカ、ありがとう……。ルテミスを助けてくれて……傍にいてくれて……本当に、ありがとう」





ジュリオはネネカの残った片手を握って、心からの感謝を伝えた。



しかし、ネネカは居心地が悪そうに目を逸らしながら、



「私は、エンジュリオス殿下に、感謝を頂ける立場などではありません……。本来なら、ざまあみろと捨てられるのが当然の身です。……それを、助けて頂いただけでなく…………感謝なんて……」



と苦しそうな声で答えた。





「……私は、エンジュリオス殿下の追放の片棒を……いえ、殆ど主犯みたいなもんですから」





ネネカはそっとジュリオに握られた手を引くと、視線を逸したまま話し続ける。





「だから……追放に関しては……ルテミスさんを恨まないであげてください……。全ては、私が言い出した事なので」


「恨む気持ちなんか無いよ。……そりゃ、最初は大変だったけど……でも、元はといえば、全部僕が招いた事なんだし」


「違う……。貴方は、ただの……被害者です……。全ては、私が……」





ネネカはまるで、罪人が懺悔する様に俯き、残った片腕で顔を覆って肩を震わせている。





「私は、ヨラバー・タイジュによるエンジュリオス殿下の過剰なバッシング報道に加担していました。……編集長のフロントに、誇張し捏造した情報を伝え、殿下を貶める記事を書かせました。……私は、エンジュリオス殿下をフロント編集長に売っていた、裏切り者です」





ネネカはソファーから転げ落ちる様に降りると、床に膝を付いてジュリオに土下座をし始めた。





「自分の行動の結果が、殿下にどのような影響を与えるかも、全て熟知しておりました。捏造と誇張による誤った情報が広がる恐怖と無念と怒りと悔しさは、誰よりもわかっていた筈なのに……」





ネネカは床に額を擦り付けながら懺悔をし続ける。



そんなネネカを見ていられなくて、ジュリオもすぐに床へ降りて、ネネカの顔を挙げさせた。





「それじゃあさ、三つだけ……言う事聞いてくれる?」


「え……」





ネネカは涙に濡れた顔で、ジュリオを見上げた。





「一つ目は、スマホの連絡先教えて。君と情報交換出来なくて不便だったんだ」





ネネカには色々と聞きたいことがある。


しかし、今は縁を作る事が最優先だった。





「二つ目は、今まで通りルテミスの傍にいてあげて。……ルテミスにとって君は、命の次に大事な存在だと思うから」





ルテミスは『ネネカの失った片腕と片目を元通りに出来るなら、自分の片腕と片目を使ってくれ』と頼んで来たのだ。

その言葉を引き出したネネカと言う存在は、もはやルテミスにとっては家族以上の存在なのだろう。





「三つ目は……絶対に死なないで。自己犠牲も、自分で死ぬのも……、絶対に……無しだからね」





ネネカが自分の情報をフロント編集長に売って、バッシング記事と言う火に油を注いでいたのはもう咎める気は無い。



それに、追放されたおかげで、ジュリオはアンナ達と出会えたのだ。

今の生活を気に入っているし、城で虚しい日々を送っていた頃よりも楽しくて仕方ない。



だから、恨む気持ちは特に無かった。



何故なら、ジュリオは脳天気なバカ王子だからだ。





「ネネカ、死んじゃ駄目だよ」


「…………はい」





ネネカは俯いたまま、静かに涙を零している。


その涙のワケは、ジュリオへの罪悪感もあるだろうが、それ以上にネネカ自身の問題に在るようだった。



ネネカが今、何を思って泣いているのかはわからない。


だが、泣いているのなら寄り添いたいと思う。



自分がアンナ達に寄り添ってもらえたからこそ、それを返したいと思った。





「それじゃあさ、四つ目のお願い。これから味噌煮込みうどん作るから、手伝ってくれる?」


「! …………はい」





さっきは三つと言ったくせに、ジュリオは平気な顔して四つ目を言い出した。



そんなジュリオの冗談に、ネネカはすぐに気づいた顔をすると、ボロボロと涙を零して笑いながら返事をした。





◇◇◇





そのまま、ジュリオとネネカは味噌煮込みうどんの仕込みを再開した。



ジュリオが切った不格好で不揃いな野菜が、鍋に茹でられて柔らかくなってゆく。


そこへ、残っていたアナモタズの肉を一口サイズに切って放り込んだ。


アク取りはネネカに任せているので、ジュリオは野菜や肉を切った包丁やまな板を洗っている。





「ネネカ、踏み込んだ事を聞いて悪いんだけど……ネネカって、ルテミスの事……好きなの?」





ふと気になって聞いてみた。


本来は、こんな事を聞くのは失礼に当たるが、それでも聞かずにはいられなかった。


一蓮托生と言わんばかりにルテミスに付き添ったり、文字通り命がけでルテミスを守ろうとしたり……と、これはただの相棒関係で出来る事ではないだろう。





「好きですよ。ルテミスさんの事は、大好きです。……でも、殿下が想像してるのとは違いますね」


「そっか……。ちょっと残念だな。弟がモテるのは兄貴として何か嬉しいし」


「私からモテんでも、……ルテミスさんのモテ具合はかなりエグいですよ? この前の婚姻パーティーの時、ラヴェンナ様にモテましたし。……私めっちゃ喧嘩売られましたもん」


「……エレシス家の女は強いねえ……」





ジュリオは少し笑ってまな板を洗っている。





「私の『好きの種類』ってのは、まあ……私は……世が世なら……ルテミスさんの」





そうネネカが言いかけた瞬間、ドアの鍵が開いた。





「ただいま〜帰ったぞ〜!!!」





アンナの声が聞こえたので、ジュリオはネネカに笑いかけてこう言った。





「ごめんネネカ、五つ目のお願い。……ルテミスを出迎えてあげて。……僕は今、まな板洗わなきゃいけないから」





◇◇◇





ネネカがルテミスを出迎えると、ルテミスは何も言わずにネネカを抱き締めた。



ルテミスの背中をネネカは残った片腕で抱き返す。



両者とも何も言わず、ただ抱き合うばかりだ。





「ルテミスさん、コンビニ行ってたんでしょ? 酒買ってきてくれました?」


「うるせえ怪我人。暫く禁酒だアホ」





そんないつも通りのしょーもない会話をする二人だが、ルテミスもネネカも目に涙を浮かべている。



そんな二人にアンナは



「続きはリビングでやろうや」



と言い、二人を部屋へ上がらせた。





◇◇◇





ジュリオとアンナとルテミスとネネカの四人で、味噌煮込みうどんの鍋を囲むまさかの夕食会が始まった。


鍋で煮えている野菜や肉は、ジュリオの下手くそな包丁捌きによって無残な姿になっているが、固形の形状をしているだけマシだと言えよう。



そんな味噌煮込みうどんの調理者であるジュリオは、ルテミスの顔をじぃーっと見つめていた。





「あの、兄上……どうされたのですか?」


「口に合うかな〜と思って。……さっきネネカに味見してもらったから、体に害は無いと思うんだけど」





ルテミスはジュリオにガン見され居心地が悪そうにしながら、アホ兄貴が頑張って作った味噌煮込みうどんを取皿に取って、上品な所作で食べてくれた。





「どう? 美味しい?」


「はい……。正直……驚いてるくらいです」


「やったよ!! ねえアンナ!! 聞いた!!? 美味しいだって!!! 家事やって家を燃やしかけた僕の料理が! 美味しいって!!!」


「やったなジュリオ! あんたの食事当番の時に消火器持ってスタンバってた日々が報われたよ」





アンナはネネカの取皿にうどんや野菜や肉をよそって、「無理せんで食べな」と声をかける。



ネネカは一言「ありがとうございます」とお礼を言って、片手で箸を使ってゆっくりと食べ始めた。





「味噌は良いっすねえ……体に染みる。……こんな時に酒があれば」


「だから禁酒だっつったろネネカス」





ルテミスはネネカに容赦無く言い捨てる。



ジュリオはとても驚いた。


ずっと、王子ルテミスと聖女ネネカと言う上品な二人しか知らなかったから、こんな雑な会話をする二人を見て、本当はこんな感じだったんだなあとしみじみした。



そんなしみじみするジュリオを他所に、アンナはうどんをすすりながらテレビを付けた。


高速でチャンネルを変えながら、異世界から電波ジャックされたアニメ映画を垂れ流すチャンネルへとたどり着くと、リモコンを置いて再びうどんをすすり始める。



異世界から電波ジャックされたアニメ映画の内容は、幼い姉妹と父親が田舎へ引越して来て事から始まり、その姉妹が田舎の山奥で不思議な生物と出会う、のどかなストーリーだった。





「そういや、さっきローエンからスマホにメッセージが入っててさ。……ネネカさんの義手、揃えられるだけ揃えたから、気が向いたら声かけてくれってさ」


「……何から何まで……ありがとうございます……」





ローエンは、ぶっ倒れたルテミスとネネカを自宅へ連れて帰り、ベッドに寝かせるのを手伝ってくれた後、「ネネカ様の義手の手配してくるわ」と言い自宅へすっ飛んで行ったのだ。


大体の事はできる男の有能さには頭が上がらない。



だが、ローエンはその後に「ルテミスさんとネネカ様は友情による偽装結婚だったわけだろ? それなら、俺にもワンチャンスあるかな」と妙にソワソワして言うものだから、ジュリオは頭をあげて『しょうがねえなコイツ』と言った顔でローエンを見たのを思い出す。



そんなローエンにワンチャンスを抱かれるネネカは、ボケーッとテレビで放送されるアニメ映画を見ていた。





「なっつかしいな〜このアニメ」





ネネカはアニメ映画を見ながら、どこか懐かしそうな顔をしている。



アニメ映画では、幼い姉妹がボロい新居で、小さな黒い煤のモンスターを見たとはしゃいでいた。





一同は暫く、敢えて重い話題を避けながら、うどんを食いつつアニメ映画を見ていた。



終盤になり、幼い妹がわがままを言って家を飛び出し、しっかり者の姉が必死になって探し回る場面になると、ルテミスは神妙な顔で



「姉の子の気持ちが良くわかる……」



と呟く。



そりゃすまんかったなとジュリオは思うが、アニメ映画のしっかり者の姉と、我儘でアホな妹を見ると、確かに自分はアホの妹の方だと納得する。



しっかり者の弟に長年世話をかけてきたアホ兄貴が苦い顔をする一方、アンナはアニメ映画に出てくる毛むくじゃらで巨大な愛嬌のあるモンスターを見て、



「慟哭の森にも……いるかな……アイツ」



と一言もらした。



「アイツの毛皮……いくらで売れるかな……」


「おっとまさかの狩るの前提?」





素直にアニメ映画に感動し、次々と現れる不思議で愛嬌のあるモンスターに心を踊らせていたジュリオは、どこまで行っても猟師であるアンナををジトっとした目で見ながらツッコんだ。



そんなジュリオとアンナの日常風景を見たルテミスとネネカは、和んだように笑っていた。


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