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114.僕の弟に何すんだ

ジュリオはすぐにネネカの状態を確認した。



クリスの背から降ろされ、横抱きにされるネネカは片腕を失っており、包帯を巻かれた片目からは血が垂れている。


誰がどう見ても危険な状態だ。





「アンナ! ローエン! お願い! カメラ止めてくれる!?」





これ以上、ネネカの傷付いた姿を晒し物には出来ない。


そう判断したジュリオは、アンナとローエンにヒナシ達テレビ屋の対応を頼んだ。





「おう! 俺に任せな!!!」





ローエンは気前よくそう言うと、カメラの前に立ちその場でトランクスをずり下ろした。






「おら!! 俺のチ○○を撮せるもんなら撮してみやがれ!!!」


「てめっ……! おい! カメラ止めろカメラ!!! 放送事故になる!!! スポンサーがマジギレするぞ!!!」





フルチンでテレビの前に出たローエンに、さすがのヒナシもヤバいと判断したのか、すぐにスタッフを引かせると、



「君らはヒーラー休憩所でアホ王国軍共を晒し物にしてくれ!」



と身も蓋もない指示をだした。





「ありがとうローエン!!!」





ジュリオはローエンに礼を言うと、すぐに『オーバー・ハート・ヒール』と言う回復魔法の最強技を発動させ、ネネカの傷を塞いだ。


ゆっくりと包帯を外し、傷の具合を確認すると、やはり怪我は跡形も無く消えていた。




しかし……。





「兄上……お願いします……。ネネカの腕と片目を、戻して下さい……。必要なら、俺の片腕と片目を使ってくれても構いませんから……だから」





先程から石や泥やトマトなどをぶつけられ、赤黒く汚され傷だけになっているルテミスは、泣きながらジュリオに土下座をする。



そんなルテミスの両肩を掴んですぐに起こすと、ジュリオはヒーラーとして残酷な事実を告げたのだった。





「ごめん……ヒーラーに出来るのは……自分の生命力を相手に分け与えて『怪我』を治す事だけなんだ……。だから、失った物を復活させる事は……出来ない」





ジュリオはヒーラーとしては最強の素質を持つチート野郎である。


だが、それはあくまでヒーラーと言う枠組みの中での事だ。



どんなに致命的な怪我は直せても、流れ出た血や失った手足や目を復活させる事は不可能である。





「……そう、ですか……」





ルテミスは今にも死にそうな声でそう言うと、そのままぐったりとジュリオに倒れ込み、気絶してしまう。



無理も無いだろう。



クリスからの電話では、ルテミスはケサガケの子供と言うとんでもない巨大なアナモタズと戦った後、瀕死のネネカを担いで徹夜で歩き続けたのだ。


しかも、自身も腕は折れて体は傷だらけで、石を投げつけられた額はさっくり切れている。



緊張の糸がぷつりと切れて、意識を飛ばすのも無理はないと思う。



弟をここまで追い詰め傷付けた連中とヒナシ達テレビ屋を、八つ裂きにしてやりたいくらいに怒りが湧き上がるが、今はそれどころじゃないとジュリオはヒーラーとしての人格をフル稼働した。





「ルテミス、すぐに治すから」





ジュリオは腕の中で気絶しているルテミスの怪我を治した。


怪我の消えたルテミスをローエンに任せると、ジュリオはヒナシの元へと一歩一歩近寄り、至近距離で立ち止まる。


ヒナシはスタッフを引かせて一人であるが、それでも懲りずにスマホのカメラをこちらに向けて動画を撮っていた。





「仕事熱心だね。スポンサーの飼い犬が。よくも僕の弟をここまで痛めつけてくれたな」


「……何を勘違いされているのです? 人は皆何かの飼い犬ですよぉ。それに、ジュリオ坊ちゃんの弟くんを制裁したのは俺じゃない。……この国の国民ですよ?」





ヒナシはスマホをズボンのポケットに仕舞うと、フッと笑って肩をすくめた。





「俺らはただ事実を報道しただけ。……権力の監視をするのは我々マスメディアの役目ですからねぇ。それを放棄したヨラバー・タイジュ新聞社に比べたら、我々はこの国の正義の刃ですよ?」


「違うよ。お前らは正義の刃なんかじゃ無い。無差別に他人へ噛み付く迷惑なスポンサーのバカ犬だ。……それに、……人の秘密勝手に暴露するのも最悪なのに、この国でそんな事暴露したらどうなるかくらい考えなかったの!?」


「だーかーらぁ! 俺等はただテレビ番組を作っただけだっつの。文句言うなら俺らの番組にすぐ影響された正義の味方達や、ルテミス殿下を売った元恋人に言ってくれる? 良い事教えてあげるよ。……テレビ番組は石を投げないんだ」




ヒナシはそう言ってルテミスへ石をぶつけた民衆へ目配せして、「マジでここまで盛り上がるとはね……。この国の国民性には笑うよ」と肩をすくめている。



ジュリオがヒナシの無責任さに言葉を無くしていると、民衆達が


「エンジュリオス殿下!! 貴方を追放したルテミスを制裁してやりましたよ!!! ざまぁルテミスだ!! アハハハッ!! スカッとして痛快だ!!!」


と誇らしげに笑っていた。





「制裁……? ざまぁ!? よって集って人を痛めつける事が!? 何も事情を知らないで、人に石を投げ付けるのが正しいと本気で思ってんの君ら……!?」


「ジュリオ坊っちゃん……俺、思うんだよね。……人ってのは性善説だって。……ああ、こっちの世界の人に分かりやすく言うと、人は生まれながらに善人だって事。…………だって、みんな正しいと思って行動してんだもん。……それがどう言う結果になろうとね」





ヒナシはつまらなそうな顔で、盛り上がっている民衆見渡す。





「世の中善人だらけさ」


「それでも、僕はお前がクソ野郎だって死ぬまで言い続けてやる」





ジュリオはそう言うと、ヒナシに向かって中指を突き立て、目を開き静かな声で言う。





「今度僕の弟とネネカをデマで追い詰めて傷つけたら……僕のチ○○舐めろ」





つまり、『死ね』と言う意味である。


クラップタウン流の脅し文句だった。



それを受けたヒナシは、まるで『王子様がイキっちゃって』と嘲笑う様な顔して、ジュリオが突き立てている中指をねろりと舐めて答えた。





「喜んでぇ」





ヒナシはジュリオを小馬鹿にした顔をしながら、再びスマホを取り出そうとポケットに手を突っ込んだ――その時だ。





「おいオッサン。なあ、ちょっと良いか?」





アンナがヒナシの背後に周り、ヒナシのシャツをちょいちょいと引っ張っている。





「あ? ……おやおや! 貴女は巷で噂の美少女猟師のアンナさんではありませんか!!」


「へえ〜あたしの事知ってるんだ。なあ、あたしもテレビに出してよ。一度憧れてたんだよな〜」





アンナは明るい笑顔を浮べ、ジュリオを手で払う。



ジュリオはアンナの意図を汲んで、ヒナシに舐められた中指をシャツで拭くとすぐにルテミス達の元へと戻った。



きっとアンナは、『今は冷静になれ。あんたはヒーラーだろ。あたしが時間稼ぎをするから、あんたはあんたの仕事をしろ』と言いたいのだろう。



ジュリオはアンナの冷静な気遣いに感謝し、ルテミスとネネカを何処か安全な場所へ移そうとした



――――その瞬間。





「テレビに出るっつっても傷害罪の容疑者としてな!!!!!」





アンナは腰と体重の入ったチンピラパンチでヒナシの顎をぶん殴った。



ヒナシは顎を殴られ頭が揺れたせいなのか、フラフラした後地面に倒れ込む。



その隙をアンナは見逃さず、ヒナシに馬乗りになると、何の迷いも無くその拳を振り下ろし続けた。




その時、ジュリオは思った。


アンナは別に、自分を気遣って引かせたのでは無い。



ただ、ヒナシをぶん殴る時に邪魔だったから退かせただけだ、と。





「てめっ!! このクソ女!!! 何しやがる!!!」





ヒナシも負けずとアンナへ殴り返す。



しかし、アンナはまるで『一発殴ったら三発殴り返すからな』とでも言うように、ヒナシの甘い色男顔をボコボコにしていく。



そんな殴り合いを見て、保守派の荒々しい雰囲気のオッサンも火が付いたのか、いきなり上半身裸になって雄叫びを上げると、



「このカマ野郎どもをぶっ殺せぇえッ!!!」



と叫び、『チーム・エンジュリオス』の面々に殴りかかる。



しかし、『チーム・エンジュリオス』の屈強な女性は逆にオッサンを殴り返すと、後はもうただの乱闘騒ぎになってしまった。





◇◇◇





「離せこのクソ国家権力の犬がぁッ!!! 俺は被害者だ!! そこのクソ女に殴られたんだよ!!! 不当逮捕だこの野郎!!! 異世界人差別しやがって!! 後でテレビでボロクソに叩いてやるからなクソゴミ共ーーーッ!!」





乱闘騒ぎを鎮めるために駆けつけたフォーネ警察に取り押さえられたヒナシは、暴れながら警察馬車へと放り込まれてゆく。



一方、アンナも女性警官に拘束されながら、



「ローエン! いつもの保釈業者を斡旋してくれ! ジュリオ! あたしはあんたの判断を全肯定する!」



と叫んだ後、警察馬車に乗せられていった。



その他の連中も皆、仲良く警察の御用になっている。





「おいジュリオ。このままだとヤベえぞ。さっさとクラップタウンにずらかった方が良い」





気絶してぐったりしているルテミスとネネカを、乗ってきた馬車の座席に寝かせたローエンは、警察に連れて行かれたアンナを全く気にすること無く、ジュリオへ注意を促した。





「……わかった。考えてたんだけど、ヒーラー休憩所はテレビ屋がうようよしててルテミス達を置いとけないから……一旦、家に連れて帰ろうと思う」





先程、ヒナシはスタッフをヒーラー休憩所へ送っていた。

テレビ屋が居る場所にルテミス達を置くなど、泥棒の目の前に現金を置くようなものだ。



だからこそ、クラップタウンと言うテレビ屋すらも近寄らない掃き溜めの自宅なら、ルテミスもネネカも安全に休めると思った。



それに、アンナはさっき言ったのだ。



『ジュリオの判断を全肯定する』と。



それはつまり、ルテミスとネネカを自宅に置いても構わない、と言うことだろう。



アンナはあの場で、ルテミスとネネカの移動先がバレないようにして、ジュリオに『家に連れて来い』と言ってくれたのだ。



ジュリオは馬車の運転手にクラップタウンの自宅まで乗せて欲しいと頼むと、馬車の運転手は気前よく応じてくれる。



クリス達はカトレアを呼びに行くと言い、別行動を取ってくれた。





◇◇◇





ジュリオ達がクラップタウンの自宅へ移動中の間。



アンナはフォーネ国の留置所に放り込まれていた。



鉄格子に囲まれた部屋には簡素なベッドがあり、アンナはその上で片膝を立ててボケーッとしている。



そんなアンナの元へと担当官の大柄な女性が溜息を付きながら近寄って来た。





「またなのミルコヴィッチ。留置所は宿屋じゃないって何度言えばわかるのよ」


「さあな。あんたに会いたくてまた来ちまったよ」




悪名高き名字で呼ばれたアンナは、ニヒルに笑って顔見知りの担当官へ答える。





「釈放よ。フォーネはまた闘犬を野に放つ事になるのね。どんな鎖も食いちぎるバカ犬なんて、保健所じゃなくても安楽死させたいわよ」


「そりゃどうも。……にしてもローエン、いつもより仕事早えなアイツ」


「いつもの保釈業者は来てないわ。裁判所命令よ。…………異世界人の成人男性とハーフエルフの小柄な少女が殴り合いをしたら、問答無用で異世界人の成人男性の方が罪が重くなる。……しかもハーフエルフの、しかも少女を留置したとなったら、次の裁判官国民審査でハーフエルフ票が減るもの」


「なるほどね。ハーフエルフも偉くなったもんだ」


「差別大国聖ペルセフォネ王国の犬に乾杯」





このフォーネ警察もフォーネ裁判所も、例えフォーネと冠が付けど、所詮は聖ペルセフォネ王国の属国の所有物に過ぎない。



フォーネ国も、聖ペルセフォネ王国の犬なのだ。



アンナは涼しい顔をして、担当官の持ってきたサンダルとスマホとアンナが隠し持っていた武器を受け取る。

サンダルを履き、ジャージのポケットに手を突っ込んでニヤリと笑うと、担当官に別れの挨拶を告げた。





「じゃあな。また来るさ」


「もう来ないでよ。次来たらあんたの体中の穴と言う穴に指突っ込んで武器隠し持ってないか見るからね」





担当官は腕を組んで迷惑そうにアンナを見ている。





「そいつは熱烈だな。……そんなあんたにプレゼントだ。受け取りな」





アンナは『捲土重来』と書いてあるTシャツの襟元に手を突っ込むと、胸の谷間に仕込んでいた折りたたみナイフを取り出し、担当官に投げて寄越した。





「ナイスキャッチ」





アンナは担当官に背を向けたまま、ヒラヒラと手を振っている。



担当官はアンナへ中指を突き立てながら、



「二度と来んな」



と答えた。


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