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112.助けて

「ぁ……が…………ぁ……」





パキパキゴリゴリと、巨大なアナモタズは将軍を生きたまま食い千切っている。

わざと生かしながら食っているように見えるのは、気のせいか。



グチャリグチャリと肉が千切れる音が聞こえ、ルテミスの背筋は震えてしまう。


だが、ここで自分が行動不能になるわけにも行かず、食事中のアナモタズを刺激しないように小声でネネカに話しかけた。





「ネネカ。……あれのステータスを確認出来るか」


「はい。………………ぁ」





ステータス、と言う戦闘力を数値化したものを確認出来るのは異世界人の十八番である。


そんなネネカだからこそ、ルテミスはこの場に連れて来たのだ。


それ以外にもネネカには働いてもらう事があるが、やはりステータスの確認が出来るのは大きかった。






「どうした、ネネカ」


「駄目です。これは……無理です……。攻撃力防御力問わず……こんな化け物……! 恐らく、ペルセフォネ王国軍では……傷一つ……」





ネネカがそう呟いた瞬間。





「ふざけんなクソ異世界人の女がッ!!! ペルセフォネ王国軍が魔物なんぞに負けるものかぁッ!!!」





若い兵士が剣を手に、食事中のアナモタズに向かって切りかかってしまう。



だが、そんな切りかかった兵士は、巨大なアナモタズの手にがしりと捕まれ、そのまま地面に叩き付けられてしまった。



将軍を食い終わった後のアナモタズは、叩き付けた兵士に食らいつく。



生きたまま食われる兵士の絶叫と血の匂いで、現場は完全に崩壊した。





「やめろ!!! お前らが勝てる相手じゃない!!!!」


「うるせえカマ掘り野郎が!!!! 俺達に指図すんじゃねえ!!!!」





同胞を食われた怒りと恐怖と、ルテミスとネネカに『お前らじゃ勝てない』と言われた悔しさで統率を無くした兵士達は、次から次へと腹に白い袈裟の様な模様が走る巨大なアナモタズへ剣で切りかかる。



しかし、アナモタズに文字通りちぎっては投げられちぎっては投げられる兵士達は、最早アナモタズにとって人の踊り食いに他ならないだろう。



あるものは片腕を爪で抉られ、あるものは腹部を抉られ、世界最強だった筈のペルセフォネ王国軍が、次々と無残な姿になってゆく。



ああ、もう、駄目なのか。



ルテミスの目の前が絶望に染まった瞬間だ。





「ちっ……この役立たずのゴミ共が……ッ!!! 正直、ここで全員アナモタズの餌になっても良いですけど、てめぇらのケツ拭いはごめんっすよ!!」





ネネカは赤ワインのようなポーションを一気飲みすると、片腕に固定した冥杖ペルセフォネを両手で持ち、何やら詠唱を唱え始めた。



冥杖ペルセフォネから青い光が広がり、大怪我を負って負傷した兵士達を包み込む。





「あんたらを回復しても、また言う事も聞かずに犬死するでしょ。……犬なら犬らしく飼い主の言う事を聞いとけっての!!!」





ネネカは『エスカレーション・テレポート』と叫ぶと、まだ息のある大怪我を負った兵士達を転移魔法でどこかへふっと飛ばした。



そして、魔法を発動させ終わった後、胸を抑えて苦しそうにうずくまると、赤ワインのようなポーションを再びがぶ飲みして、胸をドンッと拳で叩いたあと、冥杖ペルセフォネを文字通り杖代わりにしてフラフラと立ち上がった。





「連中は……ヒーラー休憩所に……ふっ飛ばしました……っ! くそっ……エンジュリオス殿下の血を飲んでも……この負荷かよ……っ」





この現場にいるのは、子供を辱められ惨殺され怒り狂った巨大なアナモタズと、食い散らかされた兵士の遺体と、フラフラのネネカとルテミスだけだ。



ルテミスは瞬時にネネカを庇うように前に出て、刀を構えた。





「悪いな……ケサガケ……お前を殺しに来たのは事実だが……これは、酷すぎるよな」





ルテミスの腕に迷いが生じる。



ケサガケをぶっ殺し、その体から新薬を作ったり、自身の支持率を回復するためのプロパガンダを行ったりする目的は確かにあった。



だが、子供を酷い目に合わされ怒り狂う親を前にして、冷静沈着でいられるほどルテミスは冷酷にはなれない。




そんな中途半端な自分だから、ペルセフォネ王国軍の統率も取れなかったのだろう。





「こんな筈じゃなかったんだ……。謝る言葉も、思いつかないよ。……だから、せめて、最後までクズの悪役らしく、お前と戦う事だけは、許してくれるか?」





アナモタズの巨大な爪がルテミス目掛けて振り下ろされる。


その爪を『父親』から譲り受けた刀で防ぎ、アナモタズの体重を受け流して、ネネカの腕を引いて後ろへ飛ぶ。





「お前はここにいろ」


「ルテミスさん駄目です。あれは、ケサガケの『子供』です。さっきのおチビちゃんはケサガケの『孫』でしょう。……ですが、ステータス的に、私とルテミスさんじゃ勝率はかなりヤバいです。…………カンマリーさんがいれば……まだ……希望は……」






ネネカは早口で状況を説明してくれるが、それがわかったところで状況が絶望的なのは変わりない。




もう、駄目なのだろう。





「ぅ……っ、何だこいつ……岩みてえな体しやがって……ッ!」





ルテミスは振り下ろされる巨爪を間一髪で避け、腕めがけて刀を振り下ろす。



しかし、まるで岩でも切ってんのかと言いたくなるほどアナモタズの体は固く、刀が全く歯が立たない。



ならば目や耳や鼻はどうかと思い、後ろへ飛びのきアナモタズから距離を取ると、巨大な爪をかいくぐって間合いを詰め、自分を八つ裂きにしようと振り下ろされた大木の様な腕に飛び乗り、そこから顔めがけて駆け上がった。





「まずは目だ!!!」





腕を駆け上がって目を斬りつけると、返り血が伊達眼鏡にかかる。


伊達眼鏡が邪魔になり、それを切りつけた目に付き立てた。



苦痛の方向を上げるアナモタズの背中を滑って地面に降りると、すぐにネネカを守るために駆け寄った。




ネネカだけは命に替えても守らなければ……!



そうでないと、カンマリーに――――




いや――――『妹』に顔向けが出来ない!!!!





「悪いなアナモタズ!!! 好きなだけ恨んでくれ!!!!!」





ルテミスはアナモタズの潰した目の方向から再び斬りかかるため、駆け寄って間合いを詰めた。



片目を潰されたアナモタズは、視界が狭まったせいかルテミスに気付くのが遅くなっている。



このままもう片目を潰せば、こちらの勝率も上がる事だろう。





「悪いな……」





デタラメに振り回される巨大な爪を擦り傷一つで避けながら、再び腕を駆け上ってもう片方の目へと斬りかかるため、足を踏み込んで飛び跳ねた…………。



その時。





「あ……」





視界の端に、将軍になぶり殺しにされた子供のアナモタズの死体が、目に入ってしまった。


自分の力不足のせいで軍の統率が取れず、惨く酷い目に遭わせてしまった、あの子供のアナモタズだ。



ルテミスの顔が悲壮に染まる。



その刹那――。





「ぅぐっぁぁああっ!!!」





ルテミスが見せた一瞬の隙をアナモタズは見逃さず、地面へ叩きつける様に殴りつけて来たのだ。



地面に叩き付けられるも、とっさに受け身をとった故に背中は無事である。しかし、腕には力が入らず焼け付くような酷い痛みから、利き腕が折れたのだと察する。



幸い、足は折れていないので、立ち上がる事は可能だったが、走る事はもう不可能だろう。




アナモタズが自分を食い殺そうと飛びかかってくる。


地面に転がる刀を折れてない方の腕で拾い上げるが、その刃はバッキリと折れていた。




ああ、もう、駄目か。




自分を食い殺そうとするアナモタズの大口を、力無く眺めているその時だ。





「うわっ!」





ルテミスは横へと突き飛ばされる。


そして、自分を突き飛ばしたであろうネネカを見た――――。





「いっ……ぅぐッ………」





ネネカは、片腕をアナモタズに食いちぎられる瞬間だった。



ルテミスが動こうとした瞬間には、アナモタズはネネカの腕を食い千切るため、その体に巨大な爪を振り下ろした。





「ぅ、ッ、ぁぁああああああっ!!」



 


巨大な爪が振り下ろされ、ネネカは地面に転がる。



既に片腕は食いちぎられた後であり、顔面の半分は血で染まっている。


地溜まりには丸い何かが転がっており、まさか……目が……とルテミスの足は震えた。





「ネネカぁッ!!!」


「大丈夫……冥杖ペルセフォネを持つ手は食われてませんから…………それに、痛みもねえっすよ……防衛反応……かな……」





ネネカは冥杖ペルセフォネを括り付けた手をアナモタズの前にかざし息も絶え絶えな声で、



「チートスキル……『自罰』発動……」



と呟いた。





「おい、お前何する気だ」


「……転移魔法を二回も使えるほど……私の心臓は強くありません……。恐らく、そんな真似したら心臓が爆発して……死ぬでしょう」





ネネカは、ルテミスが聞いたことの無い詠唱を唱え始めた。





「我が生命よ……生魔となりて……彼ものを業光〈ごうか〉で焼き尽くせ…………!!! 自罰が入った今なら……っ!」


「ネネカ、お前――」


「ルテミスさん目を閉じて!!! ハートレス・サクリファイスッッ!!!!」





ネネカがそう叫んだ瞬間、ルテミスの目の前は真っ白な光に包まれた。



反射的に目を閉じ、爆発のような強い光に吹っ飛ばされる。


遠くにアナモタズの咆哮を聞きながら、意識が遠のいて行った……。





◇◇◇





目を覚ますと、すっかり夜になっていた。



夜中の慟哭の森は最早魔物の腹の中のようで、自分は実は死んでおり、ここは地獄なのでは? と思う。



だが、近くに転がっている折れた刀を見つけると、自分はまだ地獄には落ちていない事がわかった。



折れた刀を拾い上げ鞘にしまうと、フラフラと歩きながらネネカを探した。




肉が焦げた匂いがする。



そう言えば、アナモタズはどうなった?




焦げ臭い方角へと顔を向けると、そこには黒焦げになったアナモタズの岩のような死骸がある。



さっきのなんちゃらサクリなんとかで、焼け死んだのだろう。





「ネネカ……? ネネカ」





ルテミスは迷子の子供が母を探すように、折れた腕を庇いながらネネカを探した。



兵士の死骸に躓きながらネネカを探すと、微かなうめき声が聞こえたので駆け寄った。



顔から垂れた血で片目は見えず、足にも力は入らない。



しかし、気力を振り絞ってうめき声の方へと駆け寄ると、そこには地溜まりの中で片腕と片目を無くしたネネカが、今にも死にそうな様子でぐったりと倒れていた。





「ネネカ……!? おい、お前」


「ルテミス、さん…………冥杖ペルセフォネは……守りきりましたよ……」


「そんなもんどうでも良い……。……待ってろ。今すぐ……今すぐ助けてやるから」


「無理でしょ……スマホもぶっ壊れて、助けも呼べないんだから…………でも、ルテミスさんだけなら、この森を……抜けられる……」


「ふざけんなネネカス!!! この飲んだくれが!!! 絶対に死なせねえぞ!!! 勝手に死んだら地獄の果まで追い回すからな!!!」





ルテミスはまるでどこかのバカ兄貴のような事を言うと、動く腕のみでネネカを自分の背に乗せ、フラフラと歩きだした。


いくらネネカが軽い女性の体をしているからとは言え、今の満身創痍のルテミスにはあまりにも重過ぎる。



しかし。





「そうだ……兄上……兄上なら…………お前の腕も目も……きっと……」


「……ごめんなさい………ごめんなさい………………和希……」





ネネカはうわ言のように「ごめんなさい和希」と呟いている。



和希って誰だよと思うが、そんなもん今はどうでも良い。





「死ぬな……ネネカ……絶対に死ぬな……」





ルテミスはネネカを背負いながら、フラフラと慟哭の森を歩く。



幸いな事に、兵士が行軍中にアナモタズをぶっ殺して回ったため、その死骸が続く道を歩けば迷わずに森を抜けられそうだ。


同胞の死体にアナモタズも警戒して、近寄って来ないのも不幸中の幸いである。





「……助けてくれ…………助けて……」





ルテミスの顔は、血なのか汗なのか涙なのかわからない液体でぐちゃぐちゃになっており、破れた服からは肉が抉れた生傷が痛々しく走っている。



それでも、フラフラと歩きながら今にも死にそうなネネカを背負って、慟哭の森の出口へ向かった。





「助けて…………」





こんな筈じゃなかったと、ルテミスはネネカを背負いながら思う。



こんな筈じゃなかった。

こんな筈じゃなかったのだ。





「たすけて…………兄上……」





月も星も無い、重苦しい雲が空を覆う、不気味な夜の事だ。



ルテミスはネネカを背負いながら、アナモタズの死骸だらけの地獄のような道を歩き続けた。


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