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111.こんな筈じゃなかった。

こんな筈じゃなかったと、魔物に惨殺されたカンマリーの死亡報告書を読んで、ルテミスはそう思った。



それはこちらの台詞だと、カンマリーは言うだろうか。




今となってはもう、何もわからない。





「……」





結婚パレードなどと言うクソみたいなプロパガンダを行った深夜、ルテミスは静かに刀の手入れをしていた。



一方、そんなクソプロパガンダに付き合わされたネネカは、浴びるように酒を飲んで床で寝ている。

一応毛布をかけており、頭の下には枕を置いて気道を確保し、寝ゲロによる窒息は防いでいた。





「吐くまで飲むんじゃねえよネネカス」


 



ルテミスはこっそりとネネカに付けたあだ名を呟くと、手入れが終わった刀を鞘に仕舞った。


その鞘に印された花を模したマークを指でなぞると、幼い頃の記憶がふと蘇った。




 

「確か……家紋……とか言ってたか……?」



 


幼い頃、まだ異世界人の母が存命だった時だ。


この世界で忌み嫌われる異世界人達の武器である刀を、『父親』から譲り受けた際、この花のマークは何なのかと尋ねたのだ。



『父親』は、それは家紋だと答えてくれた。



そして母は、この家紋こそが私達が『本物の家族である証拠』だと、自分をきつく抱きしめながら話していたのを、その感触ごと思い出す。





「……家族か」





ルテミスは自分のせいで喧嘩別れになってしまった兄貴と、自分を慈しんで愛してくれた父である国王ランダーを思い、静かにため息を付いた。





◇◇◇





その翌日。

鉛色の雲が太陽を覆う、不気味な朝。



遂に、魔物の王――――ケサガケを討伐する日が来てしまった。



ルテミスとネネカは城の中庭にて、軍部へ訓示を発表したが、軍部はいつも以上にこちらを舐め腐っている様子である。



とても嫌な予感がしたが、今更後戻りは出来ない。



ルテミスはネネカを連れて馬車に乗り込んだ。





◇◇◇





ケサガケ討伐は、元々ルテミスとネネカの二人で、入念な作戦を立てて決行するつもりだった。


必要とあらば、ケサガケ――――アナモタズの生態に詳しい地元の猟師にも協力を求めるつもりでもいた。


それに、ケサガケ討伐作戦の頭数には自分に次ぐ剣の腕を持つカンマリーも入っていたのだ。


ルテミスを心の底では『親の七光りが無いと何も出来ない半異世界人のガキ』と舐め腐るペルセフォネ王国軍など、危なっかしくて使えたもんじゃない。



だが、カンマリーは死に、自分の支持率はテレビによって木っ端微塵にされてしまった。



このまま自分が王になっても、民は納得しないだろう。

納得どころか、世間知らずなガキ共を取り込んだ革命派の連中が、チート能力を振りかざして暴動を起こすかも知れない。



だからこそ、王子ルテミスが聖女ネネカと魔物の王を倒したと言う、聖ペルセフォネ王国建国神話をなぞるプロパガンダを行う必要があった。





「なあ、ネネカ。俺がケサガケを倒したとして、だから何だと思う国民だっているんじゃねえのか」


「……うーん。正直プロパガンダなのは否めないっすけど、そんなもんどこの国でも大なり小なりやってますからね。……自己プロデュースも為政者の仕事の内ですよ。……それに、少なくとも、ケサガケの死体から新薬の開発が出来るわけですし、無駄って事は絶対にありませんからねえ」





ルテミスとネネカは、高級馬車に向かい合う様に座ると、頬杖をついて窓の外を眺めていた。



慟哭の森前のターミナルへ向かうには、船の方が早いのだが、敢えて聖ペルセフォネ王国から隣国にして属国のフォーネ国を経由し、よりによってクラップタウンを通って慟哭の森に向かうと言う進行経路を取っている。



これも、国民にルテミスと聖女ネネカが魔物の王を討伐すると言う姿を見せ付けるためのパフォーマンスに過ぎない。





「しっかし。ランダー陛下も焦ってましたね。……テレビのせいで低下した支持率を回復するために、結婚パレードにケサガケ討伐……。正直、あの頭の良い陛下がこんなアホな事するの? って思いましたよ。……ケサガケ討伐は何となくわかるけど、わざわざ結婚パレードなんてそんなカビ臭い伝統芸、今の異世界文明に浸りきった国民に効果あるんすかね」


「ああ、確かにな。……俺も父上に『それは古過ぎるやり方だから辞めた方が良い』と言ったんだが、今は国民よりも軍部の信頼回復に努めた方が良いって言われてな。……軍部の様な保守派連中は、『伝統』に弱いんだとさ」


「そっか……。まあそうっすよね。王に即位した瞬間軍部の反乱RTAなんて洒落にならないっすもんね」


「あ、あーる、てぃ……なんだ?」





相変わらずネネカの言葉はわからない事だらけだ。


同じ『異世界人』なのに、生まれた国が違うと言葉すら理解出来ないのは、少し寂しかった。



言葉に着いていけないルテミスを、ネネカはけらけら笑ったあと、赤ワインのようなポーションを飲み始めた。


もう一方の片手には、この国の至宝である『冥杖ペルセフォネ』がガムテープでぐるぐる巻にした上に、特殊な籠手で固定している。





「ネネカ、その腕疲れねえのか」


「平気っすよ〜。だって私聖女ですもん。冥杖ペルセフォネなんてチョロいチョロい」


「……本当だよな」


「マジですよう、マジ」





赤ワインのようなポーションを飲み続け、額に汗を垂らしているネネカの様子が気になるが、今はこの女を信じるしか無い。



ルテミスは、ポケットからスマホを取り出すと、カンマリーと一緒に撮った写真を見ながら、刀の鞘に刻まれた家紋を指でなぞった。





◇◇◇





クラップタウンを横切る時はさすがに緊張した。

聖ペルセフォネ王国から、観光禁止令が出るほどの危険地帯である。



窓から町の様子を見ると、確かに小汚い地元民が遊び半分で喧嘩をしていたり、小汚い売人が脱法薬草をチラつかせていたり、飲んだくれの小汚いおっさんがゲロを吐いていたりと、最低最悪の光景が広がっていた。

 


こんなヤバそうな町で、あの脳天気なアホ兄貴は暮らしているのかと思うと、意外とあの人もやるもんだと見直す気持ちすら湧いてきた。





「エンジュリオス殿下……本当にこの町で生活してるんですね……」


「お前もこの町が似合いそうだけどな。あそこの溝とか、飲んだくれて寝るのにおすすめだぜ?」


「確かに〜! 寝心地良さそうですね〜」





ルテミスの冗談に、赤ワインのようなポーションをテーブルに置いたネネカは、笑って中指を立ている。


そんなネネカのゆるーい雰囲気に、心が軽くなるのを覚えた。





◇◇◇





とうとう、慟哭の森前に到着してしまった。



ルテミスとネネカは馬車から降りて、軍部の前に立つ。


そして、作戦結構前の演説を行おうとした、その瞬間だ。



イキった顔をした若い兵士の男がネネカの前に出て、その歩みを遮るように立ちふさがった。





「聖女って、非処女でもやれるもんなのかよ」


「は?」


「ああ、そうか! 処女の穴は無事だもんな! ルテミス殿下相手なら……使うのは裏口オンリーだろ?」


「……これ以上余計な事を言うのなら、ビール瓶でその頭かち割りますわよ?」



 


ネネカは戦闘態勢に入った顔で、イキリ倒した軍部の若い男にメンチを切る。



そして、将軍はそんな若い男を注意する事もせず、ニヤニヤと笑いながら様子を眺めるだけ。



これは明らかに異常事態である。



ルテミスはネネカを庇うように前に立つと、刀に手をかけながら若い男を睨みつけた。





「試し斬りされたくなきゃ、口を閉じろ」


「ええ? いいんすかぁ? 口を閉じたら殿下のモノしゃぶれませんよぉ?」





若い男が腹立つ顔でそう言うと、軍部からはどっと笑い声が湧いた。



この嫌な連帯感による攻撃は、死ぬほど経験した。

子供時代、王族や貴族の子供達から、半異世界人の猿だと嘲笑された経験と、よく似ていたのだ。





「何が言いたい」


「あ、そっか。テレビ見てないんすもんね。王族さん達は……。ぷっ……くくっ……あっははははははははははぐぎゃぁっ!!!」


「ネネカ!?」





意地悪そうに笑う若い男の軽そうなドタマを、ネネカが赤ワインのようなポーションの入った瓶でぶん殴ったのだ。


しかも、容赦無く。





「テレビを見る前に、口の聞き方を学びなさいな。あなた方のお母様は、どのような教育をなさっているの」

 




ネネカがそう吐き捨てると、軍部はニヤニヤ笑いながら



「少なくとも、男のケツは掘らねえって習ってま〜す」



と返事をして来た。




何かがおかしい。


何が起きているのだ。




ルテミスは内心でかなり動揺するが、ここで怯んだ顔を見せたら軍部の統率は崩壊するだろう。



この崩壊した場を制するため、軍のボスである将軍のオッサンのご立派なヒゲを、閃光の速さで引き抜いた刀で切り落とした。


本当はそんな汚えもん切りたくないが、このオッサンをビビらせないと、この場を制する事が出来ないと判断したのだ。





「これ以上顔のパーツを切り落とされたくなきゃ、コイツら黙らせろよ。早く」


「なるほど……失礼いたしました。……ルテミス殿下は、ヒゲが無いロリ系の方がお好みですか?」


「……もう一度言う。さっさとコイツら黙らせてケサガケぶっ殺しに行くぞ、クソジジイ」





ルテミスは刀の切っ先を将軍のオッサンの首元に血が滲むほど近づける。





「ここでお前を叩き切っても、魔物に食われたって言えば丸く収まるからな。……お前らもそうだぞゴミ共。最悪、生存者は俺とネネカだけって言えば、全て闇の中だからな」


「……このクソガキが」





自分を完全に舐め腐る将軍へ、ルテミスは『お前、本気でぶっ殺すぞ』と言う視線を送る。



そんなルテミスが面倒臭くなったのか、将軍のオッサンはため息を付き、



「今こそ! 世界最強のペルセフォネ王国軍の力を見せる時だ!! 我々『ペルセフォネ軍』で、プルトハデス国に勝利したあの輝かしい戦勝を再現しようではないか!」



と軍刀を掲げた。言葉から察するに、ルテミスとネネカは無視と言うことだろう。


兵士達も野太い歓声を上げて拳を振り上げ、ルテミスの指示を聞かずに、慟哭の森へと進んでしまう。



現場の司令塔である王子を完全に無視した行為は、最早異常そのものであった。





◇◇◇





ルテミスの言う事どころか存在すら無視してどんどん森の奥へと向かう兵士達の後を、ルテミスとネネカは警戒しながら歩いていた。



どうやら兵達は完全にルテミスへの忠誠心を無くしているらしい。



一体、何があったと言うのか。



嫌な胸騒ぎばかりがするルテミスに、ネネカがこっそりと耳打ちした。





「アイツら、テレビがどうとかって言ってましたね」


「ああ。どうせまた、俺が差別主義者だなんだとでもデマを吹き込んだんだろう」


「……だとしても、連中の台詞はあまりにも…………。ああ、エンジュリオス殿下と連絡先交換してりゃ……何があったか聞けたのに……」





確かに、テレビで自分がどのような事を言われたのかが気になる。



兵士達の嫌味の角度は、明らかに異常だったからだ。


いつもは『ランダー陛下の七光りが眩しい』だとか、『母君が異世界人だと苦労しますね』だとか、そのような出自に関する嫌味ばかりだったのに。




何故だ。何故……。




ルテミスは内心で混乱しながらも、今自分が揺らいだら現場が崩壊すると思い、涼しい顔を必死に保ち続けた。





◇◇◇





世界最強のペルセフォネ王国軍と言うだけあって、兵士達の戦闘力は凄まじいものだった。



森の奥深くへと進むたび、こちらへ襲い掛かってくる凶暴なアナモタズをちぎっては投げちぎっては投げと言わんばかりに倒している。



完全に、ルテミスとネネカの出る幕が無いと言った様子だ。





「ケサガケはどこだぁーーッ!!! 世界最強のペルセフォネ王国軍が! テメェの汚えケツに正義の軍刀をぶっ刺してやるよ!!!!」





兵達の品の無い大声が森に響くたび、こちらに気付いたアナモタズが牙を剥き出しにして食い殺そうとして来る。


そんなアナモタズをらくらくぶっ殺して進む軍部は完全にイキリ倒していた。




これは非常に不味いとルテミスは思う。


兵士達が完全に言う事を聞かないのだ。


どれだけ王子ルテミスが声を上げても、クソガキの言う事なんかもう聞かねえよと言った様子だ。



こんな事、今まで無かったのだが。





◇◇◇





どんどん森の奥へと進むと、将軍が「見つけたぞ!」と大声で何かを発見した声を出した。



まさか、もうケサガケと遭遇したのかと思ったが、前方には何も見えない。





「これは……ケサガケの……子供か……?」





ルテミスとネネカは様子を見るため将軍の元へ駆け寄った。



将軍に踏付けられているのは、お腹に袈裟の様な白い模様が入った子供のアナモタズである。お腹に袈裟のような白い模様を持つのは、ケサガケの数少ない情報通りだ。

ネネカに異世界人の十八番であるステータス確認をさせると、ケサガケの血統である個体だと判明した。



しかし、いくらアナモタズとは言え、子供となるとぬいぐるみの様な子熊にしか見えない。



一瞬可哀想にと思ってしまうが、そんな薄っぺらい同情心など抱いていられないとルテミスは思い直した。





「子供がいるって事は、近くに親が……つまり、ケサガケがいるって事だ。……注意し」


「なぁにヘタれたオカマみたいな事言うんすか殿下ぁ〜! ケサガケが怖いなら、お家に帰ってピンクのセーターでも着てればどうですぅ〜?」





注意を促すルテミスの言葉を遮り、馴れ馴れしく肩へ腕を回してきた屈強な男は、底意地の悪そうな顔で「俺、遊びでなら男も掘れますよぉ? ルテミス殿下もバッチリ守備範囲ですけど、殿下はそっちの経験はあります?」と顔を近づけて来た。



ルテミスはそんなクソ男の胸ぐらを掴み、



「何が言いたい?」



と静かな声を出した。



ここで大声を出せば、ケサガケどころか別のアナモタズが出て来てもおかしくはない。



しかし、細心の注意を払い続けるルテミスとは真逆に、完全にイキりたおした軍部は、最早烏合の衆と成り果てていた。



その瞬間だ。



アナモタズの子供の悲鳴に似た鳴き声が聞こえ、将軍へと振り向く。



将軍は、笑いながら踏み付けたアナモタズの子供を軍刀で滅多刺しにしていた。





「おい、一体何を!?」


「おらっ!! さっさと親を呼べやクソ魔物がッ!!! ……何だよ……こいつ、メスか…………それなら」





将軍は舌なめずりをすると、滅多刺しにされても親元へ逃げようとする子供のアナモタズの股間に目掛けて、軍刀を差し込んだ。



子供のアナモタズの悲鳴が森に響き渡る。



兵士達はそれを見て大笑いしながら、「アナモタズって言うくせに穴あるじゃねえか! あははっ!」とほざいていた。




この鬼畜の所業を前に、最早冷静さなど保っていられるか。





「いい加減にしろお前ら!! それでも人か!? 頭どうかしてるんじゃねえのか!?」


「ルテミス殿下もやりますぅ? …………ああ、すみません。殿下はメスに興味なんか無いですもんね。……だって」





最早ピクリともしないアナモタズの子供の体を破壊しながら、将軍は笑いながら言葉を続けようとした……その時だ。




ぬらりと姿を現した、腹に白い袈裟の様な模様を持つ巨大な岩のようなアナモタズが、大口を開けて将軍に迫った。





「え」





将軍は一音節に満たない声を出すや否や、腕と腹を巨大なアナモタズに食い千切られ、おぞましい絶叫を出した。



軍部がどよめき、完全に統率を無くす。



場を恐怖が支配した瞬間だった。


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