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109.ただいま! クソッタレの町!

パーティー会場にて、オスカーは若い貴族の姉ちゃんに囲まれチヤホヤされていた。

姿の見えない幼い娘を探す事もせず、オスカーは姉ちゃんその一の腰を抱き寄せ甘い言葉を囁いたり、姉ちゃんその二の手の甲にキスをするなど、色男っぷりを発揮していた。



一方、オスカーのカミさんであるカテリーナは、若い貴族の男と『部屋』に消えていったため、旦那がどこで何をしようがどうでも良いといった様子である。





そんな時だ。





「オスカー様。エンジュリオス殿下が自室にてお待ちです」





先程、自分に抱いてくれと迫ったメイドが、話しかけて来た。





「……『贈り物』に気を良くしてくれたのかな」





オスカーは、ジュリオに興奮剤を盛って理性を飛ばした後、身分関係無く集めた『エンジュリオス殿下と一発ヤりたい!!』と言う女達と引き合わせたのだ。


その一方、邪魔な婚約者であるアンナとか言うチンピラみたいな女は、自分の手駒である美男子の貴族に誘惑させてある。


どうせ、ジュリオをエレシス家に取り込んだら、あの下品なチンピラ女は邪魔になるのだ。


今の内に追い払っておいて損は無いだろう。





「今行くよ」





オスカーは、ジュリオと言う権力の塊が自分のモノになる高揚を抑えて、涼しい顔で部屋へと向かった。





◇◇◇





「……叔父様。いきなり呼びつけてしまってごめんなさい。許してくださいますか?」





間接照明のみが輝く薄暗い部屋へと戻ると、ジュリオがベッドに座ってワインを飲んでいた。


服装も白い礼服から薄手の絹のシャツと滑らかな生地のスボンに着替えている。

胸元のボタンが大きく外れ、白い肌と浮き出た鎖骨が部屋の間接照明に照らされていた。





「エンジュリオス殿下……どうでした? 『お楽しみ』頂けましたか?」


「……全然。ちっともね…………。僕、もう女の子は飽きちゃってさ。……それよりも叔父様。早く隣に座ってよ」





ジュリオが「だめ?」と甘えるような顔で聞いてくるので、オスカーはため息を着いて離れた位置に座った。





「やっと叔父様とお話出来るね。……呼んでもらって悪いんだけどさ、今日のパーティー本当に最悪だったよ」


「……何か、嫌な事でも……?」


「弟の顔見られたのは良かったんだけど、その後にメイドさんから白ワインかけられちゃって。……ワインかけられるなんて、何のプレイ? ってなっちゃったよ」





ジュリオは肩を竦めて笑っている。


間接照明の柔らかい光を受けた長い金髪が、キラキラと輝いていた。





「それは……うちの召使いが……粗相をしてしまい……」


「気にしてないから良いよ。……それよりも、ねえ、叔父様。僕に薬盛ったよね? ……酷いなあ」


「……王族貴族の男性なら、常備薬並みのありふれたものです。ですから、健康に害は無いと思われ」





オスカーはジュリオから視線を外しながら、焦った様な戸惑う様な顔をして言い訳している。

薬を盛るという最低な行為について決して謝らないのは、さすが大貴族の上流階級国民であろう。



そんなオスカーに、ジュリオはくすくす笑いながら、肩にしなだれ掛かってきた。





「何をするのです殿下!?」





オスカーは息を荒くして驚いている。


胸の鼓動が張り裂けんばかりになり、こめかみから汗が伝った。





「何をって、叔父様の肩に義理の甥が身を預けただけだよ? 何か問題でも?」


「問題……なんて、そんな」





オスカーの視線が揺れる。

長年、いや、生まれてから今に至るまで、抑え込んでいた『感情』がぐちゃぐちゃになった。





「まだ薬が残っててさあ。……叔父様のせいだよ?」


「……」





まるで人を殺す前の様な緊迫した目を見開いて、オスカーはじっくりとジュリオを見た。



滑らかな長い金髪が眩しく、見れば見るほど呼吸が浅くなる。





「どうしてくれるの? 叔父さま……」





薄く色づいた唇で、甘ったるく叔父さまと呼ばれると、何かが崩壊しそうになるほど滅茶苦茶になった。



震える手でジュリオの頬に触れると、頭がおかしくなるほど柔らかい感触がある。





「んっ……、くすぐったいよ」





頬に触れるオスカーの手へ甘えるように、ジュリオは擦り寄った。



そして、『今まで積み重ねてきた、正しいペルセフォネ人男性としての外面』を殴り捨て、感情のままジュリオを押し倒してしまう。




その瞬間である。





「はいオッサン!!! どうもこんにちは!! 婚約者寝取られかけたクラップタウンのチンピラ女です〜!!!」





突然、クローゼットが蹴り破られ、中から赤いフードを被った白髪赤目のチンピラみたいな女が、スマホのカメラをこちらに向けながら登場したのだ。





「お前ら……」





息が出来なくなった。


死ぬまで隠さなければならない秘密が暴かれてしまった瞬間、目の前が真っ白になる。





「ごめんね叔父様。……正直、酷いやり方だとは思うんだけどさ。君も僕に薬盛って女の子抱かせようとしたんだから五分五分でしょ?」





ジュリオの言葉が耳に入らない。




ああ、ナイフはどこだ。護身用のナイフをズボンのポケットから慌てて取り出した。





「!? 危ねえジュリオ! 離れろ!」


「え!? 何!?」





オスカーはナイフを片手に疲れた様に笑うと…………そのナイフで『自分の喉』を掻き切ろうとした。





◇◇◇





「ちょっと!? 何してんの!?」





自らの喉を掻き切ったオスカーの返り血を浴びたジュリオは、悲鳴を上げてすぐさま『オーバー・ハート・ヒール』でオスカーの首を治癒した。



血と傷は塞がったが、オスカーの顔色は青ざめており、これはかなりヤバいのではと思う。





「大丈夫かオッサン!? 死んだのか!? 死んだなら死んだって言えよ!!」





血と暴力には慣れている筈のアンナも、オスカーが目の前で自殺を図った事にパニックになっている。





「叔父様!? 大丈夫!? 意識ある!?」





ジュリオはすぐに意識確認をした。必要ならばスマホでカトレアに連絡を取り、助言を貰う事も考えている。





「う……」





幸い、オスカーは意識を取り戻したのか、虚ろな瞳をしながら、ぶつぶつと何かを呟いていた。





「俺は……正しいペルセフォネ人の男だ……」


「ねえ、ペルセフォネ人の男に、正しいとか正しくないとかあるの? 勿論女もね」


「……正しくないペルセフォネ人の男だとバレるくらいなら……死んでやる」





その言葉に、ジュリオとアンナは絶句した。





「叔父様が『本当は女に全く興味が無い』事は、少し考えたらわかったよ。……目に見えて女好きの動きをするくせに、手は一切出さない。……それに、女好きなら絶対アンナに興味持つでしょ? でも、叔父様は何にも興味示さなかったから」





妙だとは思っていたのだ。



女好きでメイドまで口説く身分関係無いオスカーが、百戦錬磨のジュリオすら魅了するアンナを見すらしなかった。


オスカーの性格上、王子の婚約者だろうとお構い無しだろうに。



それに、今までジュリオが関係を持った男の中にも、わざと女好きの様に振る舞い、『男同士とか気持ち悪い!』と言いふらすヤツもいたのだ。

今思えば、オスカーと同じように、自分の本当の姿を必死に隠していたのだろう。





「何でだよオッサン……。今さ、ジュリオが多様性の英雄だとか持て囃されてるから、今まで隠れてた同性同士で愛し合ってる人も声をあげてきただろ。だから、その……死ななくても」


「……だから何だ? 多様性? 自由に愛する? …………ふざけるな。そんなもんはお前ら異性愛者共の施しだろ? 迷惑なんだよ。俺は、誰にも知られたくない。……知られるくらいなら、死んだほうがマシなんだ。特に、この貴族社会ではな」





オスカーはジュリオの胸ぐらを掴み、今にも人を殺しそうな目をしている。


今のオスカーに綺麗事の反論をしたら、きっと『オーバー・ハート・ヒール』の効果も合って、オスカーは逆上して暴れるだろう。



ジュリオは慎重に言葉を選びつつ、オスカーの目を見て話し始めた。





「叔父様。……まずは、貴方に死なないで欲しいとだけ言っておくよ。……だけど、こっちだって勝手に薬盛られて女の子宛行われた胸糞悪さは消えないから。…………でも、僕は、例えヒナシが起こしたブームだとしても、誰もが自由に誰かを愛せる日が来て欲しいって、思ってるよ」


「そう言う呑気な事を言えるのはな、特権だよ。特権。社会から認められたお前らのな」


「じゃあ、こんな特権が早く無くなることを祈ってるから」





オスカーには色々と言いたい事もある。正直かなりムカついている。



しかし、それとこれとは別である。





「さっき撮った動画は削除するよ。だから、叔父様達も二度と僕に関わらないで」


「……」


「後さ、一度……カテリーナ叔母様とちゃんと話し合ってよ」 


「余計なお世話だ。偉そうに」


「ラヴェンナのためだよ!!」





ジュリオは思わず声を荒げてしまう。





「叔父様とカテリーナ叔母様が崩壊した仮面夫婦なのはどうでも良い。でもさ、ラヴェンナにはそんなの関係ないでしょ。……あんたら二人の見栄と権力と我儘のせいでラヴェンナを苦しめる事だけはやめて」





ジュリオは、思わずラヴェンナと自分を重ねながら言ってしまった。


本来、ジュリオにこんな事を言える権利は無いのに。





「それじゃ……僕らは帰る。馬車はそこら辺で拾って帰るから。だからもう二度と、僕らに干渉しないで。頼むよ」





ジュリオとアンナは、床に座ってベッドによりかかり、項垂れているオスカーを横目に部屋を出ようとした。





「叔父様…………ごめんなさい」





部屋から出る前、ジュリオは一言謝ると、振り返らずにその場を後にしたのだった。





◇◇◇





エレシス家の大宮殿の門の前にて、ジュリオとアンナは料理が詰め込まれたタッパーを入れた紙袋を両手に持ち、そこら辺を走っている流しの馬車を待っている。



空模様はそろそろ夜明けが来る頃だろうか。

まだまだ濃紺の深夜の空が一面に広がっているが、明るくなる気配もない事は無い。



眠気を堪えつつ、ボケーッと流しの馬車を待つ二人に、パーティーで知り合った貴族の兄ちゃんと、メイドさんと噂好きそうなオバハンの三人が見送りに来てくれた。





「ねえ聞いた? ラヴェンナ様ったら、ルテミス殿下にしがみついて離れないそうよ? ……正直ラヴェンナ様が羨ましいけど、小さくても女は女よね〜」


「……我が弟ながらやるなあ……」





何時どこでどうやってルテミスとラヴェンナが仲良くなったのかは知らないが、幼いレディの初恋泥棒をした弟の涼しい顔を思うと、少し誇らしい気もしてきた。



ルテミスと全てを話せてはいない。恐らく、こちらの感情は何一つ伝わっていないだろう。


だが、やれるだけの事はやった。

もう無事を祈るしかない。





「まさか……私がオスカーを裏切る真似をする事になるとはね……」





メイドさんはオスカーを部屋に誘い込む作戦に、一役買って出てくれたのだ。



正直、作戦が作戦なだけにスピーカーオバハンの力は借りたくなかったので、メイドさんが協力してくれたのはとても助かった。



結果として、オスカーの秘密がスピーカーオバハンに知られずに済んで良かったと思う。

いくら自分に薬を盛って女を宛行い弱みを握ろうとしたクソ野郎でも、死んでしまう程の秘密を無責任にばら撒くなんて、そんな真似はしたくない。





「エンジュリオス殿下……いえ、ジュリオさん。私、今日でエレシス家のメイド辞めるわ。……彼と一緒に冒険者に転職するから」





メイドさんは貴族の兄ちゃんの肩を叩く。



貴族の兄ちゃんは照れくさそうに笑った。





「アンナさんにナイフ捌き褒められたのが嬉しくって……。俺、今まであんまり誰かに褒められた事無かったから……。あ、でも! いきなりアナモタズとか調子に乗らず、地道にコツコツと経験を積んでいきますから! 安心して下さい!」


「そうしてくれると嬉しいよ……無茶しないでね」





ジュリオの言葉にアンナが続く。





「何かわからない事があったら聞けよ。……あんたは筋が良い。だから、すぐに慣れるさ」


「ありがとうございます! 師匠!」





師匠呼びされたアンナは、得意気に笑って「死ぬなよ」と答えた。



こんな感じで和気藹々と会話していると、流しの馬車が目の前に停まる。



ジュリオとアンナは慟哭の森前のターミナルへと運転手に告げると、馬車へ乗り込みエレシス家の宮殿を後にした。





◇◇◇





時間も遅く、慟哭の森前のターミナルからクラップタウンへ行く船はもう無いため、ジュリオとアンナは近場の宿に泊まった。


料理が入ったタッパーを備え付けの冷蔵庫に無理矢理押し込み、二人とも疲労から泥のように眠った、その翌日。



ヒーラー休憩所へ帰ってきたジュリオとアンナを、いつメン達が温かく迎えてくれた。





「お帰り……ジュリオくん……っ」





カトレアは涙声でそう言うと、ジュリオを抱き締めてくれる。カトレアはエレシス家の分家の出身だとカテリーナは叫んでいたから、きっとエレシス家がどんな汚い手を使うかもある程度予想していたのだろう。





「ただいま、カトレアさん。……それに、ローエンにマリーリカにルトリさん……いつものメンバーが集結してますね」


「そうだよ。クリスも狩りが終わったら後から合流するって」





ジュリオはいつものメンバーの顔を見回して、実家に帰って来た様な安心感を覚えた。


本当の実家は緊張感がとんでもない戦場の様な場所であるが。





「今日の仕事が終わったら、焼き肉でも行こうか」


「それも最高なんですけど……もっと良い提案があるんですよね……」





ジュリオはアンナに目配せして、手に持った紙袋をカトレアに見せた。





◇◇◇





ヒーラー休憩所の仕事が終わった午後である。




ジュリオ達は、クラップタウンのバー『ギャラガー』の裏手にある広い路地で、参加料を取るタイプのバーベキューを開催していた。



エレシス家のパーティーから持って帰ってきた高級料理達を改めて調理し直し、安酒と一緒に提供するという、ザ・クラップタウンなバーベキューである。





「お会計は現金だよー! 食料配給券やクーポンは駄目だからね!」





ジュリオは参加費を集めながら、食料配給券やクーポンで誤魔化そうとする地元の連中をあしらっている。





「ねえ、私達も来て良かったの?」


「師匠! 俺も何か手伝いますよ!」


「ここがクラップタウンなのね……! 海が近いから、意外と空気はキレイだってみんなに教えなきゃ」





エレシス家のパーティーで知り合った三人も、ジュリオの連絡を聞いて来てくれたのだ。

連絡先を交換しておいて良かったと思う。



バーベキュー会場である広く汚え路地には、地元の酔っ払い達の下品な笑い声や、DJロウモードのローエンが良い感じの音楽をブチ鳴らす爆音と、何か知らんけど警察から逃げている地元民の怒鳴り声が混ざり合い、ぶっ飛んだ喧しさで満ちている。



料理も、大貴族エレシス家の高級食材と、クリスが狩ったばかりの動物達肉と、騒ぎを聞きつけて飛び入り参加してきた漁師のおっちゃん達の魚や貝類など、種類豊富な贅沢仕様だ。



バー『ギャラガー』と連携している為、安酒は浴びるほど飲める。勿論有料だが。



そんなカオスに満ちたぶっ飛びパーティーで賑わう中、参加料徴収の仕事をバー『ギャラガー』のバーテンダーに交代したジュリオとアンナは、汚えパーティー会場の壁によりかかり、ビールの中瓶を片手に乾杯している。





「アンナ、ありがとね。ついて来てくれて。……僕一人でエレシス家に行ったら、もう二度と帰って来られないかと思ってた」


「……良いよ。気にすんなって。……でも、もうドレスは良いや。コルセットで腹締められてゲロ吐くかと思ったし」


「そっか。残念。……でも、ドレス似合ってたよ?」


「ありがと」





アンナはいつもの格好で、バーベキューを楽しむ地元の連中やジュリオの客人たちを愛おしそうに眺めながら、ビールを飲んでいる。



ドレス姿も最高だったけど、やっぱりアンナはいつもの格好が似合っているとジュリオは思った。





「帰って来られて良かったよ。ほんと」





ジュリオがそう言うと、警察に追われていた地元民が警察馬車に載せられながら『不当逮捕だクソポリ公ーッ!!!』と叫ぶ声が聞こえてきた。


あちこちで金持ちの冒険者の馬車が馬車荒らしに合い、酷いときは火までつけられている。勿論、馬は無事だが。





「帰って来られて…………良かった……。うん、帰って来られて良かったよ。ほんとほんと」





ジュリオは自分に言い聞かせるようにそう言うと、足元で寝ている酔っ払いの汚えおっさんを見ながら、ビールを飲み干した。


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