馬鹿ね……おかしすぎて、泣けてくるわ
「え?」
頭からバサリと何かを被せられ、その何かごと強く押さえつけられる。
フワッと香ったのは、アーサーが好んでつける香水の匂いだ。
子どもとはいえ、貴族が香水を使うのはエチケットの一つで、王族ともなれば専属の調香師が本人のイメージに合った香りを創作する。
つまり私は、認めたくはないのだが、アーサーに庇われているのだった。
「グッ」という間違いようのないアーサーの呻き声が聞こえて、私はその事実を確信する。
「アーサー! 離して!」
「アマーリア……無事か?」
「無事よ! 無事に決まっているでしょう! いいから、離しなさい!!」
叫びながら私は身を捩った。
呆気なく解放されたのは、アーサーの力が弱くなっているためなのか?
「アーサー!」
果たして、目の前には血塗れになったアーサーがいた。
「何をやっているのよ! 誰も助けてほしいなんて言ってないわ!」
思わず私は怒鳴りつける。
アーサーは、力なく笑った。
「俺はお前の婚約者だからな。婚約者を庇うのは、普通だろう?」
普通じゃなかったわよ!
少なくとも、以前のあなたはね!!
怒鳴りつけたい思いを堪えて、口を閉じる。
同時に、わかってしまった。
目の前のアーサーが、既に逆行転生前のアーサーでは“ない”のだということが。
“あの男”なら、口ではなんだかんだと偉そうなことを言っておきながら、こういう場面では一目散に逃げ出したことだろう。
少なくとも、“私”を庇うために怪我などしないに違いない!
「…………逃げろ、アマーリア」
ボロボロの体で血を流しながら、こんな風に私の前に立とうともしなかった。
「馬鹿ね。アーサー」
本来の自分をねじ曲げられて――――
以前なら、見向きもしなかった私を助けて――――
傷だらけになって、なおも私を助けようとするなんて――――
(きっと、逆行転生前のあなたが、このことを知ったなら、地団駄踏んで悔しがることでしょうね)
おかしすぎて、泣けてくる。
アーサーの姿が涙で滲んで…………私も、自分が以前の自分ではなくなっているのだと、気づいた。
そうでなければ、目の前のボロボロのアーサーに、“ときめく”なんてあり得ない!
カッコイイとか、ステキだとか、思えるなんて…………腹立つ!!
私は、パン! と自分の頬を勢いよく叩いた。
スックと立ち上がり、素早く周囲を観察、状況を判断する。
私とアーサーの目の前には、まだ光を帯びたままの、たぶんドラゴンの幼体がいた。
トカゲに似た黒い体と二枚の小さな羽、頭に瘤のような小さな突起があるから、間違いないだろう。
体長はおよそ一メートルほど。
成長すれば十メートルだが、赤子であればこの程度で不思議はない。
私の背後には、あんぐりと口を開けた間抜け面のマリアがいた。
右隣には、イアン。こちらも呆然として固まっている。
ドラゴンは、まだ意識が覚醒していないようで、生まれたてのひな鳥のように口を大きく開けたまま、羽をパタパタ動かしている。
この状況を瞬時に見て取った私は、右手をイアンの方に伸ばした。
「イアン! 私に剣を! ドラゴンスレイヤーを渡しなさい!」
日頃の調教の成果か、イアンは条件反射で私の言葉に従う。
先ほど自分が落とした剣を拾い、柄の方を私に向かって差し出した。
即座に受け取った私は、ドラゴンスレイヤーの剣を両手に持って、大上段に振り上げる!
ドン! と足でアーサーを突き飛ばすと、ドラゴンの前に躍り出た。
「アマーリア!」
呼びかける声に答える暇はない。
「喰らいなさい!!」
そのまま剣を、ドラゴンの真っ赤な口の中へ突き刺した!




