卑怯? いや、今さらですよね?
「本当にドラゴンなんてぇいるんですかぁ~? ねぇ~、帰りましょうよぉ~」
十回くらいマリアの同じセリフを聞いた頃に、ようやく私たちは洞窟の奥に着く。
果たしてそこには、大きく真っ黒な卵があった。
直径は一メートルほど。オムレツ百人分は楽勝だろう。
もっともオムレツになんてするつもりはないけれど。
「イアン、サクッとその剣で卵を壊してくれる」
私は、イアンを促した。
「お、おお。……っていうか、ホントに卵があったんだな。サクッと壊してかまわないのか?」
イアンはなんだかビビっている。
「当たり前でしょう。そのためにわざわざこんな洞窟の奥まできたんだから。ちょっと硬そうな卵だけど、ドラゴンスレイヤーの剣なら、きっと卵も割れると思うわ」
そうでなければ、困る。
今日がダメなら、孵化まで五年もあるのだから、後で壊しにくればいいと思うかもしれないが、モノがドラゴンの卵なので、ヘタをすると国に取り上げられるかもしれないのだ。
論より証拠、アーサーが「いや? えぇっと、本物? ……ちょっと、これは放っといていいのか?」などと悩みはじめている。
「イアン!」
私の声で、イアンは覚悟を決めた。
卵の傍に近寄って、ドラゴンスレイヤーの剣を大きく振りかぶる。
「あ、ちょっと待――――」
「やりなさい!」
アーサーが「待て」と言い終わる前に、私は命令を下した。
私の下僕のイアンは、エイヤッと剣を振り下ろす。
ゴキィィィ~ン! と、硬そうな音がした。
なんというか、あまり割れていそうにない音だ。
イアンは衝撃で手が痺れたのか、ドラゴンスレイヤーの剣をポトッと落としている。
失敗かと落胆しながら見てみたら、卵の表面にピシッと一本、ギザギザのヒビが走った。
どうやらまったく歯が立たなかったわけではないらしい。
「イアン、もう一度よ」
「いやいや、無理だよ。まったく手応えなかったもん!」
「大丈夫、見なさい。ヒビが入っているわ」
私の指さした先を見たイアンは、不思議そうに首を傾げる。
「……なんで割れているんだ?」
「あなたが剣で叩いたからでしょう」
何を言っているんだという呆れをこめて言い聞かせれば、イアンはブンブンと首を横に振った。
「違う。俺の剣は、この卵にまったく敵わなかった。いくら未熟な俺だってそれくらいわかる!」
「だったら、どうして卵にヒビが入っているのよ?」
「だから、俺も『なんで?』って聞いただろう」
私とイアンの言い合いは、平行線のまま。
剣で叩いて割ったのでなかったのなら、どうして卵にヒビが入ったのだろう?
考え込む私の背後で、調子の外れた声が上がった。
「あぁぁ~! あ! あぁっ! ひょっとしてぇ~、ひょっとしたらぁ~、そのぉ卵ぉ~、生まれるんじゃぁ~ないですかぁ?」
まず、話し方でイラッとしてしまうので、話の内容がなかなか頭に入ってこない。
(ホントに聖女って、人を不愉快にする天才ね。……まったく、生まれるって何? 生まれたから卵はここにあるんでしょう? この卵から何が生まれるって言うのよ?)
そう考えて、ハッ! とした。
この卵は、ドラゴンの卵だ。
だとすれば、生まれるモノは、ドラゴン以外あり得ない。
「嘘っ! この卵、孵化するの!?」
私が驚くと同時に、卵のヒビがビシビシと広がった。
「なんで? なんで? どうして?! 生まれるのは、五年先のはずでしょう!」
話が違う!
そう怒鳴りつけたいのだが、現実に孵化しかかっている卵に、文句を言っても通じない。
私は、ギュッと拳を握った。
こんなときこそ、落ち着かなければならないからだ。
(大丈夫よ。こんなこともあろうかと、私はマリアを連れてきたんだから!)
ドラゴンから唯一親愛の情を受けられるという聖女。
マリアを前面に立てれば、問答無用で攻撃されるという事態は防げるはずだ。
まずは大きく深呼吸。
そして、卵を注意深く観察する。
すると、卵のヒビから、カッ! と光が溢れ出した。
(そう言えば、ドラゴンは光と共に誕生するって聞いたことがあるわ。……だとすれば、今ね!)
強い白光に目をくらませながらも、私はマリアの手を掴んだ。
ぷにゅっという、なんとも言い難い感触を我慢して、私の盾とするべくマリアを引っ張る。
聖女ではなく、聖女のなり損ないという辺りが気になるが、最悪ドラゴンを止められなくとも、最初の餌になってくれれば、それでいい。
(その間に、私は逃げるわ!)
卑怯?
だったら何なの?
私は、最悪の性悪令嬢だって言ってあるでしょう?
(少なくとも、何の枷も無く生まれたてのドラゴンが野に放たれるより、ずっとマシな選択だわ)
私は、躊躇することなく、マリアを引っ張る手に力を入れた。
…………ところが!
なんと、ここで想定外のことが起こってしまう。
私は、マリアを盾にすることに失敗してしまったのだ。
理由は、ただ一点。でっぷり太りすぎたマリアの体が、重すぎたから。
引っ張ろうとして引っ張りきれず、むしろ自分がマリアに引き摺り込まれた私は、結果として彼女を卵から庇う形で前に押し出された。
(な、なんでこうなるのよ? 私がマリアを庇うとか、不本意過ぎるでしょう!)
同時に、ビシッ! という鋭い音が洞窟内に響く。
次いで聞こえたガラガラという音は、卵の殻が崩れる音だろうか?
(眩しすぎて、何も見えないわ!)
ブワッ! と風が起こったその瞬間、私は誰かに抱きしめられた。




