信頼? そんなもの得られるはずがないでしょう?
「え?」
「えぇ!?」
「えぇぇぇっっ~!!」
アーサー、イアン、マリア、三人の驚愕の声が順番に響いた。
洞窟だから反響して「えええええええ~!」という叫びが、周囲から大合唱になって跳ね返ってくる。
「ちょっと、五月蠅いでしょう? 声を出すなら周囲の環境を考えてからにしなさいよ」
耳を押さえながら私が文句をつければ、三人とも不服そうに睨み返してきた。
「ドラゴンなんて聞いて、そんな配慮できるはずがないだろう」
「本当にドラゴンなのか?」
「ふわぁぁ~っ! だったら大きいはずですねぇ」
三人いっぺんに話されても、いちいち聞き取れるはずがない。
もっとも、彼らの言うことなど粗方予想がつくから、わざわざ聞く必要もないけれど。
「さあ、さっさと行きましょう。ドラゴンの卵は今から五年後に孵化する予定なの。その前に討伐するのが今回の目的ですからね」
そう、今から五年後に、この洞窟の奥でドラゴンが誕生する。
――――ドラゴンとは、太古の昔からこの世界に存在する幻獣の一種。
硬い鱗に覆われたトカゲに似た体に、二枚のコウモリの羽を有し、鋭い牙と額に一本の角を持つ生き物。
身の丈は、頭の先から尻尾の先までおよそ十メートル。
見上げるほどの巨体なのに、その動きは俊敏で高い知能も持っている。
(つまり、敵認定されたらすごく厄介な生き物なのよね。なのに、逆行転生前は、聖女の味方につかれて、とっても苦労したわ)
親兄弟以外は、たとえ同族であっても心を許さないと言われるドラゴンが、唯一親愛の情を向けるのが聖女なのだ。
理由は一切解明されていなかったが、それが事実であることを、前世で私は思い知らされている。
(まったく忌々しいったらなかったわ。ドラゴンのおかげで、何度苦渋を舐めたことか! だから今回はドラゴンが生まれる前に葬ってしまうのよ!)
ドラゴンは、生み落とされてから十年間は孵化しない。
つまり、五年後に誕生するドラゴンは、今はまだ卵の状態なのだ。
いくら最強の幻獣でも、卵であれば手も足も出ないに決まっている。
「イアン、あなた、家宝のドラゴンスレイヤーの剣は持ってきてくれた?」
ハワード伯爵家の先祖は、ドラゴンを退治したことで有名だ。
「あ、ああ。お前がどうしてもって言うから、仕方ない。持ってきてやったぞ! ……これで、今までの、俺の連敗記録はなかったことにしてくれるんだな?」
「もちろん。私は、約束は守るわよ。これで私たちは“対等”ね」
記録はなかったことになっても、負けた記憶はなくならない。
表面上は“対等”でも、イアンの中で、私の優位性は揺るぎようもないはずだ。
この程度のことで、ドラゴンスレイヤーを持ち出してくれるなんて、本当にイアンはチョロイ――――もとい、扱い易い子どもだ。
「よし! これで、スタートラインに立てるぞ!」
内心、笑っていれば、イアンは両手で拳を握って、そう言った。
どうやら、彼なりに何か意図があったらしい。
いったい、何のスタートラインに立つつもりなのだろう?
(気のせいかしら、アーサーを睨みつけているみたいだけど?)
……まあ、二人の間のことならば、私は関係ないはずだ。好きに争ってもらってかまわない。
アーサーは、疲れたように頭を抱えた。
「だから、一人にしておけないんだ」
ポツリと呟いた言葉は、意味不明だ。
ひょっとして、一人にしておけないというのは、私のこと?
なにがどうしてそういう考えに至ったのかはわからないが、余計なお世話である。
そもそも、今回の計画にアーサーは不要だったのだ。
最低限必要だったのは、イアンとドラゴンスレイヤーの剣で、万が一の予備がマリアだ。
マリアは、腐っても聖女の可能性を秘めた少女。
なり損ないでも聖女は聖女なのだ。
本当に危険になったときには、マリアをドラゴンの生け贄にして逃げる作戦を私は立てていた。
(まあ、相手は卵なんだから、用心の上の用心なんだけど)
とはいえ、そんなことを馬鹿正直にマリアに告げるわけにもいかない。
「マリア、あなたは荷物持ちよ。孤児院の院長先生に、一番運動させなきゃいけない孤児は誰ですかって聞いて、あなたを推薦してもらったんだから。しっかり働いてね」
「えぇぇ~? それって、ヒドいですぅ~。私より太っている子は、いっぱいいるんですよぉ」
「文句は院長先生に言いなさい。さあ、さっさと行くわよ」
私が先頭に立って歩き出せば、イアンもマリアも仕方なくついてくる。
そして、何故かアーサーが私の隣に並んだ。
「ドラゴンとは、やっぱりお前は目を離せないな」
楽しそうにそんなことを言ってくる。
誰も頼んでないので、離してもらって結構だ。
「本当に一緒にくるつもりなんですか?」
「言っただろう。お前に信じてもらえるように努力すると。ここで帰ったら、お前の信頼が得られるのか?」
帰ろうが帰るまいが、信頼なんて得られるはずがない。
「はい。とても信頼しますから、どうぞお帰りください」
「しらっと嘘をつくな!」
どうやら信頼は双方向で無いようだ。
仕方ないのでこのまま進むことにした。




