ツンデレ騎士とポッチャリ聖女 なんとかとハサミは使いようですわ
黒髪黒目の少年の名は、イアン・ハワード。
ハワード伯爵家の次男で、逆行転生する前の世界では、長じて非常に真面目でお堅い騎士団長となる人物だったりする。
転生前の私の悪事を、王子や聖女と一緒に糾弾し、処刑に一役買ったことは言うまでもない。
はっきり言って、私にとっては、アーサーと同じくらい忌々しい存在だった。
そう。『だった』だ。
今は、もう過去形なのである。
なぜなら、こいつは、すっかり調教済みだからだ。
――――いったい何をしたかって?
ああ、大丈夫だから安心してほしい。そんなに酷いことはしていない。
ただ、私は、こいつが幼い頃に、きっちり上下関係を刷り込んでやっただけなのだ。
私には、一生頭が上がらないのだと、思いこませてやっただけ。
ここ数年でニョキニョキと背が伸びて、今では私どころかアーサーよりも高くなったイアンだが、彼の年齢は、私より一歳年下の九歳。
今世ではじめて出会ったのは、私が六歳、イアンが五歳のときで、彼は私よりずいぶん小さなお子さまだった。
出会いのきっかけは剣術の稽古。
王子の婚約者となった私は、護身術の一つとして剣術を習うことになっていたのだが、その教授として、王国第二騎士団の副団長であるイアンの父親を指名したのだ。
イアンという同じ年頃の子を持つ親だからという理由をつけて。
そういう理由であったから、イアンの父が稽古の度にイアンを同行してくるのは当たり前のことだった。
私たちは、共にイアンの父に学ぶ姉弟弟子のような関係となり、稽古の度に対戦相手となった。
その対戦結果は百戦百勝。もちろん勝ったのは私の方である。
まあ、それも当然だろう。子ども時代の一歳差は大きい。しかも女の子は男の子より成長が早いと言われている。圧倒的な体格差と転生前の知識を持つ私にとって、お子さまイアンなど敵ではなかったのだ。
とはいえ、あまりに連敗続きでイアンのやる気が失せて、稽古に来なくなるのは困る。
そう思った私は、稽古の後では、必ずイアンに彼の好物である甘いお菓子を食べさせていた。
名付けて、“ムチと飴”作戦。
稽古で勝つことでイアンの心を折り、その後甘いお菓子で心を掴む。
これぞ完璧。完全無欠の策略だろう。
イアンが私の下僕と化したのは、当然の結果だった。
「おい! アマーリア、さっさと俺をこんな所まで付き合わせた理由を教えろよ」
――――まあ、イアンはツンデレ属性なので、態度はアレだが、私の呼び出しに応えてここまで来ているのだから、作戦成功なのは間違いない……はずだ。
「そうですよぉ~。私だってぇ~、急に呼ばれてぇ~、びっくりしているんですぅ。院長先生からは、アマーリアさまのお言い付けには絶対逆らわず従いなさいって言われていますけど~。でもぉ、私なんか、な~んにもできない孤児なんですよぉ~。こ~んな危なそうなところに連れてこられても~、困りますぅぅ~」
聞いているだけでイライラする話し方で文句を言ってくるのは、ポッチャリ少女である。
実は、彼女は聖女――――のなり損ないだった。
私のおかげで、飢えることなく反対に太ってしまったがために、聖女として覚醒することのなかった、ただの平民だ。
そんな人間、捨て置けばいいと思うかしら?
でも、彼女は腐っても聖女のなり損ない。
言うでしょう? なんとかとハサミは使いようって?
私、使えるモノはなんでも使う主義なのよ。
「もぉ~う、いい加減に教えてくださいよぉ~」
……まあ、多少忍耐力はいるけれど。
聖女のなり損ないの名前は、マリア。
孤児だから家名はない。ただのマリアだ。
「イアン、マリア、この洞窟に私たちが来た目的は、卵を取るためよ」
私がそう言えば、イアンとマリア、そしてアーサーも目を丸くした。
「卵?」
「たかが卵を取るために、俺たちを呼んだのか?」
「ひょっとしてぇ、ものすごぉ~く大きな卵ですかぁ? オムレツが百人前できるくらい~?」
マリアは、じゅるりと垂れそうになったよだれを手で拭いた。
まったく、食い意地の張った少女である。
「そうね。たぶんオムレツを作れるなら、百人分くらいはできるかもしれないわ? まあ、うまく殻を割ることができたらだけど」
「そんなに硬い殻なんですかぁ?」
マリアの質問に、私はしっかり頷く。
もちろん。世界で一番硬い殻だ。
「ええ、この奥にあるのは、ドラゴンの卵のはずですもの」




