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7

 僕達は、付き合い始めてから毎日、昼間に校舎の屋上で落ち合うことにしていた。

 その日は昨日までの梅雨空から一転して、快晴の空に包まれていた。吹き付ける風が涼しい。雪は慣れた仕草で舞い上がる髪を抑え、色褪せた水色のベンチの隅っこに腰を下ろした。

僕はその反対側の隅に腰を落ち着ける。間に大きな隙間があるが、それが僕達にとってはちょうどいい距離だった。

「藤村さんが来たわ」

 膝の上で弁当の包みを広げながら、雪が呟いた。

「へま、してないだろうね?」

「あなたと一緒にしないで」

 購買で買ってきたマヨコーンパンを食べながら、ちらと彼女を覗き見ると、雪は嫌いだと公言しているブロッコリーを口に放り込むところだった。

 彼女とは、恋人同士に見せかける、というくだらない約束をしている。それは藤村先輩のためでもある。彼女はそう言っていた。だから、現在の出来事は、彼女が望んだ最良の未来だろう。

 僕達の間では沈黙など普通のことだ。もともと好き合っていたわけでもないし、数日前まではお互いの名前さえも知らない仲だったのだから、会話が弾むこともまれだった。それでも、僕は沈黙も好きだった。雪の仕草や、僕の心臓の鼓動、それから彼女と一緒にいる空気を味わうことは。

 僕が黙っていると、今度は先祖の仇と呼んでいるニンジンに取り掛かり始めた雪が、怪訝そうに僕のほうを見た。

「あの人に、あなたのどこが良かったのって聞かれたわ」

「もちろん、いい答えだろうね?」

「雨に打たれた埃みたいに、うじうじしているところ、って言っておいたわ」

「僕にだって心はあるんだぞ!」

 雪はくつくつと笑い、器用にも人参のグラッセをひと飲みにしてしまった。

「嘘よ。勇気があるところって答えた」

 それもまた、嘘ではないかな、と僕は思った。

「無茶苦茶なことを言うなよな」

「そう? 勇気はあるわよ。……だってあなた、次の時間、体育でしょ?」

 僕は背もたれに預けていた体を、一気に起こした。

 雪が声をあげて笑う中、ごみを入れた袋を丸め、腕時計を見る。まずい。体育の先生は時間に厳しい。雨ならば勘弁してくれるが、今日はあいにく晴れだ。罰としてグラウンド十周! という声が耳の奥で聞こえた気がした。

 こちらは暢気にお弁当を包みながら、雪は悠然と僕を見上げた。

「ごみは置いていきなさい」

「恩に着るよ」

「じゃ、放課後はいつものところでね」

 急いで階段を下りた。不思議な感覚だった。ふわふわと浮いてしまうような。思わず段差を踏み外しそうになり、慌てて手すりの表面に指を這わせた。

〝いつものところでね〟

 口に出してしまうと簡単なのに、今まで縁がなかった。

 僕と〝いつも〟を共有してくれる友達は、深川だけだろう。でも、彼が、誰かといつもを共有すると、僕のいつもはがらんどうで、その怪物は大きな口を開けて何かを待っていた。

 色んなものを詰め込んだけれど、結局、怪物は満足しないまま、雪といつもを共有するようになって、大人しくなった。

 体操着に着替え、急いで廊下を駆けていると、遠くの方に藤村先輩の姿が見えて、何となく物陰に隠れた。本当はそのまま近くの階段を下りたほうが早いのだけれど、もし、藤村先輩と鉢合わせたら気まずいので、少し遠回りをして校庭に向かった。

 残念ながら、その日の体育はグラウンドを走るだけで終わってしまった。

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