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「それにしても先輩も、ここまで来るのに随分と長くかかったな」
深川がしみじみと呟いた。
「プロの世界は厳しいよ。全国津々浦々、天才って呼ばれた奴が集まって、その上澄みだけが皆の前でプレーするんだ」
「ふーん、さすが社会人野球部は言うことがシビアだね」
高校卒業後、僕は進学せず、社会人野球部の門戸を叩いた。高野連に所属していない、という立場を利用して、社会人の野球部で打撃投手のバイトをしていたことも功を奏した。毎年プロ野球選手を輩出する名門企業の末席で、今も何とか生き残っている。
「添島商業の川島っていただろ?」
「ああ、騒がれた奴だっけ? 結局、甲子園に行けなかったよな」
「あいつ、大学まで出て、今年、うちに来たぞ。高校でも大学でも、ドラフトになんか引っ掛かりゃしない」
ふうん、と深川は興味なさそうに背もたれに体を預け、天井を見上げた。
「じゃ、先輩は運がいいんだな。最後の最後でしくじって土さえ持って帰れなかったのに」
「それまでの実績が違うからね。……それにしても久々に聞いたよ、お前の皮肉」
「……そうか? 結構言っていた気がするけどなあ」
まだ、全員揃ってはいないはずなのだが、乾杯用のシャンパンが各テーブルに運ばれ、注がれていく。どうせ僕達の席は目立たない。グラスを深川に向けると、深川もグラスを軽く重ね、一口飲んだ。
「ケチったな」
深川は苦々しく舌打ちをした。
僕はもう一口含み、やっぱりお酒は飲み慣れないな、と思いつつ、深川を見た。
「なあ、昔の話をしてもいいかい?」
「酒が旨くなる話ならな」
グラスを置き、僕は席に戻る人の流れを見ていた。
「ずっと僕には解せないことがあったんだ。何かって言うと、先輩が僕のことを覚えていた、っていう事実だよ」
「あの人は記憶力も良かったはずだぞ」
「それは知ってる。でも、記憶力じゃどうしようもないことが、一つだけあってね――」
深川はシャンパンのグラスを傾けていた。
「――試合でね、僕がスライダーを投げたのは一度だけなんだよ」
「……そうか。あれは良い球だったな」
「うん。でも、僕があの球を覚えたのは、中学三年生の頃なんだ」
分かるかい? と尋ねたが、深川はさっぱり、といった様子で肩をすくめた。
「だから、中一の時以来、一度も対戦しなかった先輩が、僕の持ち球を知っているはずがないんだ」
「……研究、したんじゃないか?」
「おまけに、あの人は僕をどうやら過大評価していた。小学生の頃だって、中学生の頃だって、僕は決して目立つ選手じゃなかった。チームの中で注意を向けられる選手は他に大勢いて、僕はそこからあぶれた、一山いくらのガラクタでしかなかったんだよ」
いくら先輩が、僕に親しみを覚えていたからって、僕を熱心に研究したとは到底思えない。何故なら、僕がそうだったように、あまりにもレベルが開きすぎると、そんな奴のことを考える時間がもったいないと思うようになるからだ。




