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さらに翌日、朝の支度をしながら雪にメッセージを打った。今日は朝から屋上にいてくれ、それだけを送った。返事はなかった。
いつものように学校へ行き、校庭を横切り、一度だけ振り返った。
屋上には誰もいない。でも、彼女はきっとそこにいて、これから僕がやろうとしていることを見届けてくれるに違いないのだ。
グラウンドには威勢の良い声が響いている。本当は僕など相手にしている暇はないのだ。でも、藤村先輩は絶対に僕を見て見ぬふりはしない。
「幸太郎。今日もやるか?」
溌溂とした笑顔だ。この人はやっぱり人が良すぎる。いつか変な人に騙されて、とんでもないことになるんじゃないだろうか。
「いえ、今日は勝負しましょう」
「いいぞ。道具は……お、いいグラブだな。買ったのか?」
「今日っきりで終わっても、一生大事にしろって言われましたよ」
先輩は眉をハの字に曲げたが、けれどもすぐにいつもの笑みに戻って、そうか、じゃあ明日もやりたくなるようにしないとな、と言った。
軽い腕慣らしを終え、僕はマウンドへ向かう。今日はキャッチャーがついてくれるようだった。
「勝負は三球勝負にしましょう。ストライク三球分」
「一球でも打ち損じたら、お前の勝ちか?」
僕はかぶりを振った。
「三球、抑えて見せます。もし、一本でもヒットを打てたら、大事なことを教えてあげますよ」
先輩の性格上、勝負を急ぐことはないだろうと思った。たった三球限りの勝負であってもだ。それを利用させてもらう。多少、卑怯な方法でも。
互いに準備を終え、僕はセットポジションに入り、打席上の先輩に、ほんの一言だけ呟いた。
「僕ね、名島と別れたんですよ」
「え?」
その直後、僕の放った直球がど真ん中に吸い込まれた。
昔は思わなかったけど、投手に固執する奴が出てくるのも頷けるくらい、キャッチャーミットが奏でる音は美しい。
微かな余韻のあと、ナイスボールという言葉とともに、キャッチャーからボールが返ってくる。大きく息を吐く。見逃しでまずは一勝。
一打席勝負というのも考えた。だが、先輩はじっくりと打つ球を選べるから、僕が負ける可能性が高い。その点、ストライクを絶対に打たなければならない三球勝負なら、運否天賦の状態には持っていける。しかも、先輩はここまで圧勝だ。僕の球筋を覚えてもいるから、勝負を避けられることはないだろうと、そう思ったのだ。
先ほどは意表を突く一球だった。先輩はスパイクの底を叩いて土を落としている。その仕草は、一見、いつもと変わらないように見えるが、何度も悪夢でうなされた僕だから分かる。苛立っている。いつもより力が入っているのだ。
かん、と甲高い音がした。普通、スパイクの縁を叩くのだが、力加減を誤って、刃を叩いてしまったのだろう。先輩は苛々しながらバットを確認し、また打席をならした。




