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昨晩はいつの間にか眠っていたようだ。
椅子の背もたれが限界まで倒れ、元に戻ろうと反発している。僕の体には毛布が掛けられていた。それは姉がいつも使っている、お気に入りのものだった。
夜明け前の静かな空気が流れている。頭の中はすっきりしていた。
僕はいつも俯きながら、同級生の足跡を追いかけていた。そして、いつも思っていた。
どうして、人より少し遅れたところを歩いているのだろう。
それは誰かより劣っているからだ。
僕はその事実から目を背けてきたんじゃないのか。
努力をすることをやめていたのだ。もし、努力をして、それでも勝てない奴が目の前にいたら、僕は立ち直れないくらいの衝撃を受ける。本当の意味で僕が劣っているという事実を、突きつけられてしまうから。
本当か?
僕はそんなことを思って逃げてきたのか。見ないふりをしてきたのか?
毛布を椅子に掛け、階下へと降りる。喉が渇いていた。胸が苦しいくらいに。
食堂に顔を出すと、窓が開いていて、まばゆい朝日が差し込んでいた。その中で、兄が一人、湯気の立つコーヒーを飲んでいた。
「……今日は晴れるらしいぞ」
「うん」
冷蔵庫の扉を開け、麦茶を取る。コップに入れ、飲み干す。昨日の余韻がまだ残っている。心臓が不自然に高鳴っている。
「幸太郎、お前は自慢の弟だ」
「何言ってんだよ」
「そんなお前だから、言うことがある。こっちにこい」
兄はいつも通り新聞を広げ、その一字一句を読んでいた。その隣の席を指さしたのだ。そこに何かが置かれていた。近所のスポーツ用品店の袋に包まれて。
「お前が今後、何をするか、そんなことはいい。好きな事をしろ。犯罪以外なら、兄ちゃんは応援してやる。上手くいかなくたって、笑ったり、馬鹿にしたりはしない。でもな――」
風で新聞が煽られた。兄は飛ばされる新聞紙には目もくれず、僕を見上げた。その目は燃え尽きる寸前の流星のように輝きに満ち、確固たる意志を秘めていた。
ああ、そうだ。
僕が恐れていたのはこれだ。
もし、全てを失ってしまったら?
野球に命を懸けて、それでも途中で力尽きたら?
僕はきっと立ち直れない。
例え、負けてしまっても立ち上がればいい。でも――物理的にではなく、精神的に――立ち上がる足を失ってしまったら?
僕は空っぽになってしまう。
空っぽになった僕に、もう一度何かを注ぐ力が残っているだろうか。
兄はそんな僕の心を見透かしているのかもしれない。でも、彼はいつだって僕に必要なものを、必要な時に与えてくれる人間なのだ。
「――今は野球をしろ」
僕は恐る恐る、椅子の上の袋を取った。中身が何か、触れた瞬間に分かった。
「幸太郎。夢は叶えるのも楽しいんだが、追いかけるのも同じくらい楽しい」
「……うん」
それを聞いて、兄はにっこりと笑った。本当に締まらねえんだよな、と言いながら、飛ばされた新聞紙を集めに行った。




