表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/49

40

「じゃ、また来るといい」

 雪の父親は玄関のポーチまで僕を見送ってくれた。豪奢な屋敷に住む幾人もの使用人さんも出てきて、頭を下げてくれる。車止めのところに真っ白の外国車が停まっていたが、雪は若い運転手に何事かを言い、僕の手を取ってそのまま歩き出した。

 まんまると太った月が白銀の光を大地に降り注いでいる。その中を歩く雪の横顔はいつもよりも白く、僕はたぶん、困った顔をしていたと思う。

「今日は無理に付き合わせて悪かったわね」

「そんなことないよ、楽しかった」

「……あなたもあっち側なのね」

「心外そうな顔をしないでくれよ。残念ながら、僕は普通の人間だ。君の周りの人が言うように、僕もあの人のことが好きだと思うよ」

 雪は口をへの字に曲げて、僕の手を振り払った。でも今度は、僕が固く握られた彼女の手を取った。

「いい人だ。僕みたいなのでも大人と同じ扱いをしてくれる」

「私もするわ」

「うん。だから、僕は君と恋人でいられるんだね」

 雪と目が合った。彼女は半眼だったけど、段々とその大きな目を真ん丸に見開いて、口をぽかんと開けた。

「ねえ、馬鹿なこと、考えてない?」

「別れよう」

 雪が足を止めた。

 手が離れて、僕も立ち止まる。

 一歩前に行ったまま、振り返った。雪は手をぎゅっと握りしめ、僕の靴の爪先をじっと見ているようだった。

 その日は、星の瞬く音さえ聞こえそうなほど、静かな日だった。

 冴え冴えとした月の明かりが、舞台照明のように僕達を照らしていたはずだったが、その時の雪の顔を思い出すことができない。

 僕は手を伸ばした。雪はまだ拳を握り締めたまま、じっと足元を見ている。

「前にさ、言ったよね? 私にももっと迷惑をかけてって」

「それは――」

「分かってる。僕達の約束が続いていた場合の話だ。身勝手なことを言っていると思う。でも、許してほしい」

「あなたも、あっちへ行ってしまうの?」

 僕は伸ばしていた手を見、今度は大きく手を開いた。雪が握りやすいように。手を取りやすいように。

「僕、本当は君が思っているような人間じゃないんだ。我儘で、自分勝手で、好きなように生きてきた。口では真逆のことを言っていたかもしれないけどね。だから、今も、自分の意思に従っているんだよ――」

 息を吸った。それは夜の澄んだ、新しい世界の空気だった。

「――君との関係はもうおしまいにしたいんだ」

 顔を上げた雪の大きな目には涙がたまり、月明りに照らされてキラキラと光って見えた。

「雪……」

 僕の言葉に雪はもどかしげに口を開き、けれども首を振って踵を返した。

 夜のさなかに僕は取り残され、彼女の背中が闇に紛れて消えてしまうまで、ただその場に立ち尽くした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ