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我が家の食事は少し騒がしいけど、その日、招いてもいない、そして予想だにしない客人のおかげで会話は上の空になり、から揚げと、何を煮込んだのかも、何故煮込もうとしたのかも分からない根菜とソーセージとセロリの煮物を食べた。たぶんこいつは二日前の筑前煮をさらに煮込んだやつなのだろう。雪はお腹が丈夫だろうか。こんなものを食べてお腹を壊した日には、僕は彼女に顔向けできない。
そして、これをいつもの二倍と言ってのけた母の胆力に感嘆した。
でも、そんな戦争の最前線で火ぶたを切る機会を窺う時間はそう長くは続かず、まずは姉が、雪の黒髪を誉め、次いで兄がセロリはゆかりとあえると旨い、というような話をし、ほろ酔いの父が缶ビールを勧めようとしたところで、いつもの我が家の姿に戻った。雪は取り残されることなく爛漫に笑い、大皿から自分の分を奪い、そして冗談ばかり言う弟の頭を叩いた。
僕も笑った。家族の隙を見てから揚げを奪い、レタスを取るふりしてさらに一つ。そして、筑前煮の残骸には手を付けず、あとは漬物とみそ汁でご飯を三杯だ。
夕食が終わると、波が引いたように我が家の構成員は自室へ戻っていく。両親は可能な限り個人主義を許してくれているのだ。
雪は父と一緒に皿洗いをしているようだった。何かの話で盛り上がっているらしい。その後ろ姿に目を細めながら、母はソファに沈み込み、僕に隣に座るよう目配せをした。水が流れる音。父と雪のひそやかな会話。母の静かな息遣いが、隣からささやかに聞こえてくる。
「何だか、厄介ごとに巻き込まれているみたいね」
母の言葉は吐息に紛れて、さりげなく放たれた。
「どうして、そう思うの?」
「勘よ、勘。お母さんね、もう二十年以上もこの立場なのよ。完璧とは言い切れないけど、子供のことは見ているつもりだわ。そんなお母さんの勘が言うには、あなたは女の子を口説けそうな人間じゃないっていうことよねえ」
「……好きでやってるんだよ」
「そりゃそうでしょ。あなた、正直者だから、嫌いな子にはここまでしないわよ。それに、絶対に手は抜かない」
母の手が、僕の首に触れた。
僕はそっと母に体を寄せた。昔から、何か辛いことがあるとそうしていた。兄や姉が、そこはお父さんの場所だぞ、とよくわめきたてたものだが、母はいつだって笑って僕のために居場所を作ってくれた。
「ねえ、母さん」
「なあに?」
「僕は期待外れの人間かい?」
母に頭を抱きかかえられる。僕はなされるがまま、母に体を預けた。
母はいつだって優しく、そして――。
「まあね。お母さんはいつだって完璧主義の理想家だよ。百点を取ったって満足しない。私の息子ならもっと先に行けるはずって、毎日思っているから。そういう意味じゃ、お母さんの期待には応えられていないかもね」
「厳しいね……」
「でも、お母さんの中には、あなたたちを生んだ時の優しいお母さんもいるの。生まれてきてくれてよかった、元気に育てばあとは何でもいいやって。そう思っているお母さんもいる。人に求めるわりには、あたしも完璧ではないわけよ。だから、自分のことは棚に上げるし、無理難題や、理不尽な要求をしちゃうわけね」
「うん」
「だから、あなたもそれと同じくらい不完全でいいのよ。失敗してもいいの。うまくいかなくて八つ当たりしちゃってもいいの。世の中はね、誰かの失敗で作り上げられているのよ。失敗して、失敗して、最後に上手くいったものが目の前にあるの。だから、あなたも、何度だって失敗すればいい」
それは囁くように、そして自分に言い聞かせるように。
母は僕の髪の毛に鼻をうずめ、くすくすと笑っていた。
「失敗は自分で分かるからね。でも、あなただけが特別駄目なことなんてないわ。ほんとよ? あなたに何もかも勝っている人なんていなかったわ。絶対に、あなたにも強い部分があって、人はそれを妬んでいるから」
「あんまり、信じられないけどね」
「あなた、小学校の修学旅行で、歩行祭ってやったの覚えてる?」
「真夜中に山道を歩くやつ?」
「そ、あれ。あなたが漠然と心の中で思っている人生にも、太陽はないし、街灯もない。月明りくらいはあるだろうけど、それにしたって、あたしやお父さんみたいなものだからね。正解とは限らない。でも、自分が決めたゴールに向かって、何とか進んでいかなくちゃならないでしょう?」
「うん。ゴールした時は泣き叫んだね」
「人生のゴールは静かよ、きっと。ううん、静かに終わってって、お母さんは願っているわ。ともかく、歩行祭と同じように暗闇の中を手探りで進むの。人よりいい人生を歩みたかったら、舗装された道路じゃなくって、山道を歩くのね。そうでなければ、皆が踏み固めた道を行けばいい。そこでさえ何度も転ぶわ。傷ついて、歩きたくない日もあるわ。でも、嫌でもまた足が動き出す。そうやって、流れに身を任せている中で、あなただけがいつまでも変わらないってことは絶対にない」
母がにっこりと笑った。いつだって母は笑っていて、それ以外の顔を僕達に見せてくれたことがない。でも、それが僕達にとってはありがたかったし、母が完璧だと思わせる一因になったのではないだろうか。
「あなたのことを馬鹿にする人もいるでしょうよ。でも、応援してくれる人もいる。そういう人達と一緒にいなさい。そしてあなたも、誰かを応援する人であり続けなさい」




