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 しばらく無言の時間が続いた。

 強情を張っているわけじゃなくて、ただただ、お互いの顔を見ている時間が、それほど長く感じた、というだけだったのだろうと思う。

 そして不思議なことに、僕はその時間が、全く嫌いではないのだ。

 どこかから、五時のチャイムが聞こえてきた。小学生達の元気な声と、豆腐屋のラッパ、それから宵の口へ向かって慌ただしくなる人の足音。そんな営みの音が聞こえてきた。

 喉がからからに乾いていた。唾を飲み、僕は何度か瞬きをした。

「僕の望みは、君が、君の望むように人生を進めることだ」

 雪は黙っていた。黙って、僕の話を聞いてくれていた。

「君は不満に思うだろう。そんなことに何の意味があるんだ、自分の人生はないのか、と僕に文句を言いたくなるに違いない」

 でも、今の僕にはそれが一番大事なことなのだ。

 もし君が、君の望むとおりの人生を歩めたとしたら、僕も前に進める気がする。争わないと心に誓っている。でもそれは、その場に立ち尽くすこととは意味が違うはずだ。争わない中で、人の間を縫って、僕は前に進めるはずなのだ。

「君には君の人生がある。それを僕に捧げなくていい」

「私には、立ち入らせてくれないの?」

「僕の人生はまだ空っぽだ。君が僕の中身を満たしてしまったら、僕は僕でなくなってしまう。何かを……そう、何でもいいんだ。何かを少し注ぐまで、答えを待ってくれないか?」

 雪の手が、そっと僕の手の甲を撫でて離れた。雪は居住まいを正して、小さく頷いた。それから、僕達は紅茶を飲んだ。もう花は底に沈み切っていて、僅かな茶葉のかすと一緒に、ゆらゆらと少ない水面を泳いでいた。

 僕達は黙っていた。話すことがないのではなくて、ただ、その時間が好きだったから。

 そろそろ六時になろうかという頃、外でさっと細かい雨が地面を打ち叩く音がした。僕達は揃って顔を向けた。窓に映った僕達の顔は間抜けで、どこか楽しそうだった。

 昔、雨が好きだといった人がいた。雨のあとは虹が見えるから、と。

 夜でも虹は上がるだろうか。その光景はさぞや見ごたえがあるだろう。雨が世界の汚れを払い落とし、虹が清潔な、新しい世界の空気を祝福する。

 夜は誰にも見向きされないが、だからこそ、見ているものには美しい側面を惜しげもなくつまびらかにするのだ。僕は夜が好きだ。静かで、満たされていて、優しいから。

「傘、持ってきたかい?」

「タクシーを呼ぶからいいわ」

 雪が携帯を取り出す。駅まで送っていこうか? 頭に浮かんだ言葉は、何事もなく空虚な闇の中に消えて、跡形もなくなった。

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