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さすがにホームグラウンドに戻ってくれば、僕も張っていた気を収めて、雪に笑いかけることができる。雪も微笑み――嘲笑のように思えたのは、僕の心が汚れているからだろう――僕が促すと、日当たりのいい席に腰を下ろした。
「入れたこともないインスタントコーヒーと、あるかどうかもわからない紅茶と、ほぼ確実にある青汁と確実にある水道水のうち、どれがいい?」
「美味しい物を」
「その場合は、美味しいの定義をはっきりさせてからだね」
雪は面倒くさそうに、じゃあ、水道水に何かを浮かべて、と言ったから、とりあえずかろうじて残っていた紅茶パックを煮て、これだけでは芸がないと思ってキッチンをあさり、姉がどこかから入手してきたドライフラワーを添え、差し出した。
「花も食べられる奴だから」
我が家でできる精一杯のおしゃれに、僕はもう蒸発したいくらいの気持ちだった。雪の生活ぶりと比較されたら、死んでも死にきれなくなってしまう。もしそんなことになったら、僕は明日から何をモチベーションに生きていけばいいのだろう。
雪は一口飲み、苦々しげに口元をゆがめた。
「これ、何の花?」
「知らない。でも食用のドライフラワーって書いてあった」
「……そう」
我が家で一番ファッショナブルな物体を取り払い、雪は何事もなかったかのように紅茶を口に含んだ。
何気なく額に触れると、ぬるっとした汗が浮いていた。これ以上時間をかけたら、僕は溶けて死んでしまうんじゃないだろうか。
「そ、それで、さっきの話はどうする?」
僕の質問に、雪はカップを置き、深く溜息をついた。
「つくづく思うけど、私達、生きている環境が違い過ぎるわ」
「それは僕を馬鹿にして言っているんだよね?」
「違う違う。まず、私達が出会うところから考えないと」
「そのままじゃ出会えもしないって?」
「出会えると思う?」
今度は僕がかぶりを振り、自分用の紅茶に浮かんだドライフラワーの残骸を見ながら、それを口に含めないように器用に舌を動かしつつ、紅茶を含んだ。
「じゃ、どうするのさ」
「高橋君、野球やっていたのよね?」
「…………まあ」
「なんでやめたの?」
ぶるぶるっと紅茶の表面が揺れ、カップの淵からこぼれたしずくが足に落ちた。慌ててティッシュを取り、ズボンの濡れた部分に当てる。雪も立ち上がり、テーブルの濡れたところを拭いてくれた。
雪はうつむいたまま、ぴたりと動きを止めた。
「不躾だったわね。ごめんなさい」
その滝津瀬のような黒髪を見ながら、僕は体の底から冷えていくのを感じていた。
久しぶりの、それは感覚だった。言ってしまえば渾身の直球が、ホームランでお返しされたみたいな……いや、分からないか。
僕が動きを止めたからか、雪が不審そうに顔をあげた。
「高橋君?」
僕は記憶の底に押し込めていたはずの、嫌な記憶を思い起こしていた。




