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昔の言葉に、馬子にも衣裳というのがある。
これは、どんな人でも着飾ればそれなりに見えますね、という優しさから生まれた言葉だが、どうやら世の中には着飾っても映えない馬子も存在するらしい。
ある週末、僕と雪は町中の小さな紳士服店に来ていた。
鏡の前でポーズをとる。スーツの素材や色合い、そして大事なサイズ感を合わせるためだ。でも、どうにも僕の顔は幼すぎるし、スーツは小さいみたいで、色々なところが突っ張ってしまう。
僕と父親は背格好こそ似ていたが、致命的な相違があった。腹回りだ。成人してから二十年以上、ビールを欠かさず飲んで丸々と育った父のスーツを着ると、着られているという表現のほうが正しいように見えた。ただ、そのおかげか、ちょうどいいからとスーツ代を出してくれることになったのだ。
「なあ、これも駄目だ。どうしても腕のサイズが合わないみたいだよ」
「……おかしいわね。さっき測ってもらった限りだと、そのサイズでぴったりなのにね」
そう言いながら、雪は前かがみになって僕の腕に触れた。柑橘系の柔らかい香りが鼻腔をつき、僕は思わず背筋を伸ばした。ほっそりとした指が、肘の辺りから二の腕のあたりへと上がってきて、襟元を正して離れた。
「どうしてかしらね。肘を曲げると二の腕が伸びる性質なのかしら」
「僕がどんな人間に見えるんだい?」
雪はまるきり無視して店員さんを呼んだ。まだ若そうだけれど、首にメジャーを巻いててきぱきとした印象のその女性店員さんは、僕の二の腕に触れて首をかしげた。
「ジムとか通ってます?」
「いえ? 全く」
「そうですか。ただ、この辺りが窮屈そうだなと思ったので」
そういいながら店員さんは無遠慮に僕の二の腕に触れ、つられて雪も触って、二人して首をかしげた。
どうしたらいいでしょうか、などと雪が殊勝に尋ね、店員さんも唸りながら、いくつか対応策を考え出してくれた。縦に対して横が太めらしく、それでサイズ感が合わないのだと店員さんは僕の体を評した。我が家の父のありさまを聞いている雪は、冷ややかに僕を見、ビールは二十歳になってからよ、と呟いた。
しばらく雪と店員さんのやり取りが続いた。僕自身のことなのに、本人は完全に蚊帳の外だ。雪は僕の予想を超えて冷静にいくつか提案し、店員がそれに答え、二人で首を振った。結局、二人が戻ってきた時、雪は厳然とした表情だった。
「仕方がないわ。こうなったのも私の責任だから」
雪は言い訳がましくそう言って、簡単なオーダーメイドのスーツにすることを僕に告げた。
「高いんじゃない?」
「足らない分は私が出す」
「でも――」
「じゃ、そのむっちりボディを、このスーツに押し込む気なの?」
「そんなわけじゃないけどね……」
しかしまあ、スーツは合わないわけで、そして彼女の父親と会わずに済むわけでもないわけで、さらに現実は非情なわけで、残念ながら僕には選択肢が全くないのだ。




