13
「お前、名島と付き合っているのか?」
「え、ええ、まあ。お互い手探りですが」
「お前達が知り合いだとは知らなかったな。あいつとは中学時代からの付き合いだが、人と付き合う類の人間には、見えなかった」
「人は変わってしまうものですよ」
「だが、本質は変わらない。お前と同じだ」
それはどうだろうか。あの頃から随分とひねたつもりだ。でも、藤村先輩は僕を見て、決してそうではないという。
これもこの人の傲慢だろうか。
いや、そうだろう。そうであってほしい。何故だか、そう思った。
「彼女の、どこが好きなんだ?」
「……意地悪なところですかね」
「お前、そんな趣味、あったか?」
「不思議ですよね。僕も穏やかな人が好きかと思っていました」
「……変な奴だな。それに、名島は優しいだろう。ほかの人に攻撃的な態度をとっているところを、俺は見たことがないぞ」
それは嘘だ。僕には結構傷つく言葉を吐いてくる。
でも、藤村先輩の言葉をあえて否定する気にはならず、僕は曖昧に笑った。
藤村先輩はお茶っ葉でもかみしめたみたいに渋い顔をして、髭の生えた顎を撫でた。
「あいつとは、どこで知り合ったんだ?」
一瞬、言葉を失った。
雪と会った日のことを正直に話せるわけじゃない。ましてや、彼女に好意を抱いているはずの藤村先輩に言ったら、殺されてしまうだろう。
何と答えればいいのだろうか。適当なことを言って、あとで雪に怒られるのも億劫だ。かといって、今更黙り続けるわけにもいかないし、雪に助けを求めるわけにもいかない。
藤村先輩の眉間のしわが、僅かに深くなった気がした。にわかに露見したほころびに対して、疑いを抱いたようだ。というのは、僕の穿った見方だろうか。
「あのー、えーと、ですねえ」
どうしよう。心臓がぎゅうっと縮こまった。胸が痛い。何年振りかにあった恩人に対して、嘘の言葉を重ねなければならないなんて。
何気なく鼻に触ると、ぬるぬるとした脂汗が浮かんでいる。体が小刻みに震えて、喉が強く締まって唾を飲み込むことさえ難しい。
藤村先輩が怪訝な顔をしている。何か返さないと。何か……。
言葉が喉で詰まり、息が上手くできない。背中にじっとりと汗が浮かび、下着が張り付いた。
「どうした?」
穿つような視線を向けていた藤村先輩も、さすがに不安そうだ。でも、息が続かない。苦しい。
「あら?」
不意に、心が落ち着く柔らかな声が聞こえてきた。
振り返ると、下の踊り場に雪がいた。彼女は僕を見て、顔を歪めた。
「高橋君、その顔やめて。笑えてくるわ」
全く違う! 僕は今、息もできないくらいに苦しいのだ。恩義と友情の間に挟まれて、いや、君と藤村先輩の間で板挟になった衝動が、行き場なく渦を巻いて、上にも下にも行けないのだ。
言葉にならず、口をパクパクさせると、さすがの雪も異常さに気づいたのか、軽やかな足取りで階段を上ってきた。
「息、吐きなさい」
半ば包むように、僕の背中に手を回し、ゆっくりと叩いてくれた。咳き込みながら息を吐く。体を預けると、雪は小さく息を漏らして、僕をしっかりと抱きしめてくれた。
「……駄目な人ね」
神様はどうしてこう、面倒な構造にしたのだろうか。呼吸が何の役に立つというのだ。酸素だろうが何だろうが、肌で吸収できるようにしたらよかったのに。
でも、今は助かった。何とか息をつき、浅いながらも呼吸をして、雪にすがるような体勢になっていた。
「どういうつもりですか?」
その声は冷たい。思わずぞくぞくしそうなほど。
藤村先輩は、大きく息を吐いた。
「困らせるつもりは全くなかった」
「御覧の通り、高橋君は神経が細いんです。そんな怖い顔をして、脅したんでしょう?」
なんとか、上手く切り抜けないと。二人が反目しないようにしないと……。緊張から解放されたせいか、頭も口も上手く回らない。
何とかしないと、という願いが届いたのか、先輩が大きく溜息をついた。
「ちょっと話をしていただけだ」
そういって、先輩は階段を降り始めた。
雪はその後ろ姿を警戒心たっぷりに睨んでいた。そこまでしなくてもいいじゃないかとは思ったが、喉の奥から言葉が出かかったとき、藤村先輩が再び振り返って、今度は僕を見上げた。
「お前、野球部には入らないのか?」
「やめたんです。センスがないから」
「それを決めるのは……いや、なんでもない」
藤村先輩は今度こそ僕達に背を向けた。
「お前が試合を見に来てくれた時、もしかしたらって思ったんだ」
そんな捨て台詞と一緒に。




