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「お前、名島と付き合っているのか?」

「え、ええ、まあ。お互い手探りですが」

「お前達が知り合いだとは知らなかったな。あいつとは中学時代からの付き合いだが、人と付き合う類の人間には、見えなかった」

「人は変わってしまうものですよ」

「だが、本質は変わらない。お前と同じだ」

 それはどうだろうか。あの頃から随分とひねたつもりだ。でも、藤村先輩は僕を見て、決してそうではないという。

 これもこの人の傲慢だろうか。

 いや、そうだろう。そうであってほしい。何故だか、そう思った。

「彼女の、どこが好きなんだ?」

「……意地悪なところですかね」

「お前、そんな趣味、あったか?」

「不思議ですよね。僕も穏やかな人が好きかと思っていました」

「……変な奴だな。それに、名島は優しいだろう。ほかの人に攻撃的な態度をとっているところを、俺は見たことがないぞ」

 それは嘘だ。僕には結構傷つく言葉を吐いてくる。

 でも、藤村先輩の言葉をあえて否定する気にはならず、僕は曖昧に笑った。

 藤村先輩はお茶っ葉でもかみしめたみたいに渋い顔をして、髭の生えた顎を撫でた。

「あいつとは、どこで知り合ったんだ?」

 一瞬、言葉を失った。

 雪と会った日のことを正直に話せるわけじゃない。ましてや、彼女に好意を抱いているはずの藤村先輩に言ったら、殺されてしまうだろう。

 何と答えればいいのだろうか。適当なことを言って、あとで雪に怒られるのも億劫だ。かといって、今更黙り続けるわけにもいかないし、雪に助けを求めるわけにもいかない。

 藤村先輩の眉間のしわが、僅かに深くなった気がした。にわかに露見したほころびに対して、疑いを抱いたようだ。というのは、僕の穿った見方だろうか。

「あのー、えーと、ですねえ」

 どうしよう。心臓がぎゅうっと縮こまった。胸が痛い。何年振りかにあった恩人に対して、嘘の言葉を重ねなければならないなんて。

 何気なく鼻に触ると、ぬるぬるとした脂汗が浮かんでいる。体が小刻みに震えて、喉が強く締まって唾を飲み込むことさえ難しい。

 藤村先輩が怪訝な顔をしている。何か返さないと。何か……。

 言葉が喉で詰まり、息が上手くできない。背中にじっとりと汗が浮かび、下着が張り付いた。

「どうした?」

 穿つような視線を向けていた藤村先輩も、さすがに不安そうだ。でも、息が続かない。苦しい。

「あら?」

 不意に、心が落ち着く柔らかな声が聞こえてきた。

 振り返ると、下の踊り場に雪がいた。彼女は僕を見て、顔を歪めた。

「高橋君、その顔やめて。笑えてくるわ」

 全く違う! 僕は今、息もできないくらいに苦しいのだ。恩義と友情の間に挟まれて、いや、君と藤村先輩の間で板挟になった衝動が、行き場なく渦を巻いて、上にも下にも行けないのだ。

 言葉にならず、口をパクパクさせると、さすがの雪も異常さに気づいたのか、軽やかな足取りで階段を上ってきた。

「息、吐きなさい」

 半ば包むように、僕の背中に手を回し、ゆっくりと叩いてくれた。咳き込みながら息を吐く。体を預けると、雪は小さく息を漏らして、僕をしっかりと抱きしめてくれた。

「……駄目な人ね」

 神様はどうしてこう、面倒な構造にしたのだろうか。呼吸が何の役に立つというのだ。酸素だろうが何だろうが、肌で吸収できるようにしたらよかったのに。

 でも、今は助かった。何とか息をつき、浅いながらも呼吸をして、雪にすがるような体勢になっていた。

「どういうつもりですか?」

 その声は冷たい。思わずぞくぞくしそうなほど。

 藤村先輩は、大きく息を吐いた。

「困らせるつもりは全くなかった」

「御覧の通り、高橋君は神経が細いんです。そんな怖い顔をして、脅したんでしょう?」

 なんとか、上手く切り抜けないと。二人が反目しないようにしないと……。緊張から解放されたせいか、頭も口も上手く回らない。

 何とかしないと、という願いが届いたのか、先輩が大きく溜息をついた。

「ちょっと話をしていただけだ」

 そういって、先輩は階段を降り始めた。

 雪はその後ろ姿を警戒心たっぷりに睨んでいた。そこまでしなくてもいいじゃないかとは思ったが、喉の奥から言葉が出かかったとき、藤村先輩が再び振り返って、今度は僕を見上げた。

「お前、野球部には入らないのか?」

「やめたんです。センスがないから」

「それを決めるのは……いや、なんでもない」

 藤村先輩は今度こそ僕達に背を向けた。

「お前が試合を見に来てくれた時、もしかしたらって思ったんだ」

 そんな捨て台詞と一緒に。

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