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優等生でもない僕が、授業を休むのは致命的だ。
それがたった一回分であったとしても、致死量の出血を伴う可能性もあるのだ。僕は全てを諦めたつもりでいるが、くだらない自尊心のために、完全に世捨て人になり切れていない。そういうところが、自分自身の不満でもある。
一時間目の授業が終わり、教室の中は弛緩した空気だった。いつもはうるさい運動部の連中も、加速度的に迫る夏の空気に当てられて、机に突っ伏したまま動かない。真面目な生徒は次の授業の準備をしていて、普通の生徒はそれぞれ集まって話をしている。
中学時代までの子供っぽい雰囲気は、高校生になって和らいでいた。それでも男子の一部は騒いでいたが、騒ぎすぎる者はおらず、やはり僕らは大人への階段を上ろうとしているのだと実感する。いや、正確には僕以外の皆、だろうか。
席に着き、黒板の脇に張られた時間割を見る。次は国語だった。その準備をしていると、前方の席で参考書を開いていた深川が、急に立ち上がって近づいてきた。
「名島はどんな様子だった?」
「……君がそんなことを気にするとは、思わなかったよ」
すると深川は肩をすくめて、浮かない顔をしていたから、と言った。
浮かない気分なのは当然だ。先ほど雪に言われた言葉が頭をよぎった。僕はまだ覚悟を決めていない。
結局、曖昧な笑みを浮かべた。深川の目にどう映っているのだろうか。情けないだろうか。それとも友達との壁を感じるだろうか。少なくとも彼は内心を示さず、いつも通りの爽やかな笑顔で、僕の肩を叩いた。
「この前の実力テストの順位を覚えているか?」
「……君が二位だった」
「一位はお前の彼女だよ。いや、あの時はまだ彼女じゃなかっただろうけどね」
僕は目をしばたたいた。雪が成績優秀者だということは知っている。深川が案外買っているということも、なんとなく分かっていた。しかし、まさかそれほどとは考えてもいなかった。
この学校は運動系の部活動が活発なことで有名ではあるけれど、それ以外に進学実績でも有名なのだ。子供達は部活動に魅力を感じ、保護者は進学実績の豊かさに感嘆する。
そういうわけで、僕のようなやる気のない奴もいれば、深川のような奴もいる。もちろん甲子園だの国立だの花園だの玉竜旗だのに命を懸けている奴だって。文理選択や、進学希望の選定が行なわれていない一年生の間は、全ての生徒をごった煮にしているのだ。
だから、雪のような生徒が紛れ込んでいるのは当然といえば当然だが、それにしても現実離れしている。僕が勝てそうもないと思っている深川に、勉強面で勝る人間がいるとは。それは全国模試のように、顔が見えない、実在するかも分からない人間が相手ではなく、名島雪というれっきとした僕の彼女のような人が、同じテストを同じ場所、同じ時間に受けて、彼に勝ったということなのだ。
何とも奇妙な気がした。小中学時代の絶対王者を破った人間が、それほど近くにいるというのは。
「じゃ、次は勝たないとね」
何気なく言うと、深川は眉に深いしわを刻み、しかしすぐに、いつもの柔らかい表情になった。
「そうだな。お前も頑張れよな。また、下から数えた方が早いだろ」
「僕はそういう触れ込みで入ったんだ。そんな奴に負ける人間がいたら、さすがにかわいそうだろう?」
深川はまだ何かを言い足りなさそうにしていたが、我がクラスの担任が姿を見せると、しぶしぶ自分の席に戻っていった。そういえば、深川は目が悪くなったのだろうか。昔はどちらの視力も二・〇はあると豪語していたが、今は前から二列目に座り、黙々とノートをとっている。
風が流れていた。
昼休みが近づくにつれて、分厚い雲がゆらゆらと空を這いながら滞留していく。朝方は僅かばかり見えていた青空が遮られ、教室にさっと影が差し込んだ。
ふと、外を見ると、今にも泣きだしそうなほど大粒の涙を溜め込みながら、雲はどんどん空の片隅に溜まっていき、圧縮され、ますます光は遮られた。僅かに開けられた窓の隙間から、湿った風が吹き込んでくる。先ほど感じた風よりも湿気をはらみ、熱っぽい。僕は蒸籠に並べられた肉まんのような気持ちになった。
「さて問題は、だ。この時、作者が何を考えていただろうか、ということだが……高橋」
前を見ると、担任教師が意地の悪そうな顔をしていた。
あまり怒ることはないのだけれど、生徒達からは恐れられている。容赦なくチョークを投げるところも、いたぶるように質問を繰り返すところも、そして案外親しみやすいところも、生徒には受けが悪い。僕は信用している。裏表がないように感じられるし、ああ、この人は本当に自分のやりたいことをやっているんだな、と分かるからだ。それは羨望に近い感覚だろう。
「分かるか?」
「……物語の最後の方だから、次回作のこととかですかね」
担任教師はにっこりと笑った。
授業が終わり、担任教師が教室を出ていく。それを見送りながら、深川が僕のもとへとやってきた。
「おでこ、赤くなっているぞ」
僕は眉間にしわを寄せながら、先ほどチョークが命中した部分を指で撫でた。確かにひりひりしている。
「とんだ暴力に、僕は今震えているみたいだ」
「あんなことを言うからだろう。もっと言葉を選べよな」
「僕には人の気持ちが分からないよ」
「分かろうとしないからさ。一度でも、他人に踏み込んだことがあるかい?」
「踏み込まれたくないから、ないね」
なるほど、それが僕の敗因か。




