第8話 砲声、それは怪物のような
「さぁて、お手並み拝見といこうか、お嬢さん」
『よろしくお願いします。カイト様』
「…………なんで俺の名前を知ってる?」
『アーシャ様との会話から抽出しました』
しかしネクサスの中で名前を口にした記憶はない。覚えがあるのはアーシャと自己紹介をしたときくらいだ。ただ、その時点ではネクサスは起動していないはずだ。
となれば、何か別の手段で聞き耳を立てていたということだろうか。
「まさか、輸送機の内部システムに潜んでいた?」
『ご明察です。私は輸送機のシステムに一部ではありますが、アクセス権を持っています。これによりネクサスが起動していないときでも、輸送機内の会話なら解析することができます』
これはとんでもない代物かもしれない。科学の進歩により人工知能も少なからず性能を上げていたはずだが、このセレーネ・システムは明らかにそれらを上回る性能を有している。
三百年前に提唱されていた技術的特異点。それを実現する日も近いのかもしれないな。
やがて来る世界の姿にほんの少しの期待を寄せていると、聞き慣れた電子音が響きモニターの端に桜狐からの通信リクエストが表示された。
「お嬢さん、回線を繋げてくれ」
『了解。それと私のことはセレーネとお呼びください。反応速度が百分の一秒ほど向上します』
「わかった、わかった」
百分の一秒なんて人間からしてみれば気にならない時間なんだけどな。まあ、彼女自身がセレーネと呼べと言っているのだから素直に従っておこう。
『こちら桜狐。いかがですかネクサスの乗り心地は』
「ああ、悪くない。だいぶ感覚も掴めてきた」
それはよかった、とエリーが言う。そういえば彼女は、この機体について知っていたのだろうか。疑問に思ったので聞いてみることにした。
『そうですね、貨物の内容は知っていました。ですが秘匿事項だったので、戦力に数えるつもりはありませんでした』
確かに緊急事態ではあった。だが、それは全員が生存できる手法がないという意味でだ。例えば、俺とエリーが敵をできるだけ引きつけて犠牲になれば、なんとか輸送機はヴァンデン領まで逃げれたかもしれない。
彼女はネクサスの存在を知りながら、利用するつもりはなかった。それが意味するのは、自らを犠牲にした博打をする覚悟はもう決まっていたということだ。
「アンタ、死ぬ気だったのか?」
『はい。私は祖国の役に立つため傭兵になったのですから。依頼を全うして死ねるなら本望です』
「……強いな、アンタは」
祖国のために戦う。それは俺には出来なかった事だ。少しでも明るい未来を掴むため、チェルニア軍に入ったはずが今では他国の傭兵だ。
しんみりとした雰囲気にやられそうだったので話題を変える。ここは戦場だ、感傷にひたる暇はない。
「ネクサスが前に出て、桜狐が後ろで援護する。作戦はそれでいいか?」
『大丈夫です。残弾は少ないのであまり派手にはいきませんが、それでも五機は落としてみせます』
「了解した。残りはネクサスでなんとかする」
通信を終え、軽くため息をつく。
正直、まだ勝てるとは思っていない。戦力比は一対八。敵が第二世代とはいえ、その数は本来ならば第三世代を二機も落とせるのだから。
しかし、そんな俺の不安を吹き飛ばすように機械の声は明るく物申す。
『心配ご無用です。第二世代が何機でかかってこようとも負けることはありません』
「まったく、頼もしいな」
言葉にしていない感情を読み取られるとは。やはりこの人工知能は只者じゃない。もしかしたら人間以上のコミュニケーション能力を備えているのではないか。
「敵との距離はあとどのくらいだ」
『おおよそ四千メートルです。攻撃を開始しますか?』
「…………攻撃だって?」
『はい。専用武器の銃剣をライフルモードで展開いただければ、狙撃可能な距離です」
モニターに表示された武器を選択すると、ネクサスは背面に装備されていた剣のようなもの掴む。
『これが可変式銃剣”カラドボルグ”です。現在はブレイドモードですので長剣として振るうことが可能です。ライフルモードに切り替えますか?』
「ああ、頼む」
ガチャコンと軽快な音をたて剣身が半回転し、武器のシルエットが大きく変化する。さらに斜めに傾いた剣身が上下に割れ、隠されていた銃口が姿を表した
確かに、ライフルモード時のカラドボルグの持ち方は突撃銃を装備したときと同じだ。これならマークスマンのように精密な射撃をこなすことができるだろう。
だが、同時に一つ問題があった。それは機体にではなく、パイロット自身に問題があったのだ。
「俺、弾道計算とか出来ないが」
長距離射撃において、銃弾の射線は少なからず外部の影響を受ける。それらを計算して弾を制御しなければ、武器の射程が届こうとも敵には攻撃が当たらない。
『大丈夫です。私が全観測データを持って計算するので、カイト様は対象に照準を固定し、トリガーを引くだけで構いません』
いくらなんでも高性能すぎる。それが出来るならパイロットなんてもの必要なくなるじゃないか。
「本当にできるんだな?」
『はい。あとはカイト様のタイミングでトリガーを引いてください』
照準を望遠で覗き込み、敵のエクスタムに合わせる。まあ奇襲でもないので、外してしまっても構わないだろう。試射だと思えば気負うこともない。
俺は乾いた唇をぺろりと濡らし、呼吸が落ち着いたその瞬間にトリガーを引いた。
ガラドボルグから光が迸る。剣身に仕込まれていたレイルユニットから放たれた中口径の弾丸は、四千メートル先に向けて一直線に飛んでいく。
そして、その先に飛行する第二世代エクスタムを貫き、跡形もなく爆散させた。
『お見事です、カイト様』
「……俺が敵の立場じゃなくて良かったと思うよ、マジで」
仲間を落とされた敵の群れは散開し、射線を絞らせないようジグザグに動きながら近づいてくる。
ノルマ達成まで残り七機。この圧倒的な性能を使いこなせれば、確かに負ける気はしない。
そんな手応えを感じながら、俺はネクサスを敵陣にむけて加速させた。