第7話 緊急事態
このまま何事もなくヴァンデンに辿り着けるかもしれない。そう思うほど輸送機の旅は想定よりも順調に進んでいた。
旅路の半分を終えるまでは。
突如、スピーカーから流れる機長のアナウンス。その内容は要約してみれば後方からエクスタムの反応が迫ってきている、とのことだった。それも十三機という大所帯でだ。
どうやら敵の雇い主は、そう簡単には諦めてくれないらしい。
さっそく輸送機のコクピットに呼び出された俺は、エリーと共に壁に備え付けられたレーダー画面を眺めながら作戦を考えていた。
「エリー、弾はどれだけ残ってる?」
「突撃銃があと四十発。ガトリング砲があと百発ですね。ミサイル類は全て使ってしまいました」
「こりゃ、降伏するのが一番賢いってくらいには勝ち目がないな」
敵は十三機のエクスタム。対するこちらの戦力はたった二機。それに一対多ではフラムベルジュは役に立たない。桜狐の残弾だけが最後の望みだったが、それもたった今、打ち砕かれてしまった。
「敵が旧型だとしてもかい?」
背後から発せられたのはアーシャ・オルテインの声。彼女は壁に持たれながら、あの苦いコーヒーを落ち着いた様子で啜っていた。
彼女が言う"旧型"というのは第一世代と第二世代のエクスタムを指す。それらは第三世代が普及し始めた今でも広く扱われているため、十三機という敵の数から考えても旧型が使われている可能性は大いに存在する。
「敵が第一世代なら何とかなるが、第二世代だと数で押し負けるな」
そして、この状況下で第一世代が敵の可能性はない。第一世代は輸送機を襲うほどの飛行能力を持たないからだ。
俺たちが操るエクスタムは第三世代に該当する。戦場において第三世代機は、第二世代のエクスタム四機分に相当する戦力を持つと言われている。
残弾の少ない桜狐と脳筋仕様のフラムベルジュでは、それ以上の戦果は期待できない。武器だけでも満足な状態なら、ギリギリ追い返せたかもしれないが。
「つまり打つ手なし。これは緊急事態ということかな?」
「そういうことだ」
その言葉を聞いたアーシャがニヤリと口角を上げる。その表情はは若干の恐ろしさを含んだ笑みだった。
彼女は操縦室のマイクを掴み、嬉しそうな声を上げる。
「アルゴ、ちょっと話がある。コクピットまで来てくれ」
数秒後に現れたのは黒髪の大男。整えられた顎髭と機内で唯一のスーツ姿は、輸送機内で何度かアーシャと会話していた男と記憶している。確か、周りの人から副主任とも呼ばれていたような。
「主任、いかがなさいましたか?」
「緊急事態につき、ネクサスの使用を提案したい。パイロットは彼だ」
アーシャは俺に向かって指を差しニンマリと笑う。
「しかし、それは……」
一方、アルゴは険しい表情で俺の顔を見た。俺が状況を掴む間も無くアーシャが続ける。
「なぁに、心配はいらない。彼はテムズ本社からの傭兵なのだろう。腕も信用も、すでに証明されているじゃないか」
「しかし守秘義務に抵触する可能性が――」
「言っただろう、緊急事態だと。そんなもの後でどうとでもなるさ。何かあれば私が責任を取る」
眉間にシワを寄せ頭を抱える大男の姿は、子供に振り回される保護者のようで少し気の毒に思えた。ため息一つの時間が過ぎ、アルゴは消沈した様子で顔を縦に振った。
「私が反対したところで無駄でしょう、アーシャ様。……但し、報告書は私にお任せください」
「面倒な報告書まで引き受けてくれるとは、最高だよ君は」
「盛られるとシワ寄せを受けるのは私ですから……」
また一つ大きなため息を吐いて、アルゴは客室に戻っていく。その背中からは苦労人の風格が目に見えるほどに滲み出ていた。
「さて、私にとっておきの秘策がある。とりあえず貨物室まで着いてきてくれないか」
話の内容から、これから何がおきるのか大体の検討はついた。そして彼らが何者なのかも。
その答えは、恐らく貨物室で見た保護シートの中にある。
俺は、その秘策の内容を聞かぬままアーシャの後ろについて貨物室の扉を越えた。
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「さあ、お披露目の時間だ」
はらりと宙を舞う保護シート。その下に隠されていたのは、これまでに見たことのない灰色のエクスタムだった。
「やっぱり、エクスタムだったか」
しゃがんだ状態なので詳しくはわからないが、恐らく全高六メートル弱の従来機と大きさは等しいだろう。
引き締まった流線型のボディに鋭く伸びたブースター付きの腰部装甲。四肢も同様にすっきりとした印象で、同じイングリード製なのか少しフラムベルジュと似ている箇所が見受けられる。
ただバイザー型の頭部や、肩や脹脛に増設された追加ブースターなど、従来機には見られない機構も多く存在し、この機体が特殊な経緯で開発されたことが一目で理解できた。
「次世代型量産機開発計画、その名も"プロジェクト・ネクサス"。そしてヴァンデンとイングリードが手を取った結果、誕生したのがこの機体――プロト・ネクサスだ」
「プロト・ネクサス……」
「あ、開発スタッフからは略してネクサスと呼ばれているよ」
両企業国が共同で開発した機体ということか。それならば"繋がり"という名も納得がいく。
「これがアンタの秘策か?」
「その通り。この機体は言わば第四世代、旧式に負けるような性能じゃない。……まあ、乗ってみればわかるさ」
どのみち手詰まりなのだから、彼女の作戦とやらを信じるしかない。搭乗を促され、俺はエクスタムのコクピットに潜り込んだ。
新型といっても起動手順は変わらない。慣れた手付きで各部システムを稼働させていく。そして、最終工程を完了すると見慣れぬ文字の羅列がモニターに表示された。
「セレーネ・システム? 何だこれは」
『システムの連結を確認。サポートAI”セレーネ”通常モードで起動します』
突如、コクピットに響いた電子的な女の声。合成音声特有のアクセントを感じさせない滑らかな発音は、ほとんど人間と変わらないように聞こえた。
困惑していた俺に、下で待機していたアーシャが説明をつけ加える。
「サポートAI”セレーネ”。エクスタムの細かい制御を彼女が担当することで、機体の性能を限界まで引き出すことができる。それこそ人間の制御能力では到達できない領域まで、彼女なら引き出せる」
『お褒めに預かり光栄です、アーシャ様』
「そのあたりも動かしてみればわかることだ。……それじゃ、実戦投入いってみようか」
ああ、早く実戦で動いてるところを見たい!とアーシャは小さく呟きながら貨物室から退出する。
……外部の集音マイクも優秀なのかもしれないな。
発進準備の放送が流れたあと、貨物室内の気圧が外圧に合わせて減少していく。
やがて上部ハッチが開放され、しゃがんだエクスタムの全高とほぼ等しい高さにあった天井も赤い夕暮れの空へと変化した。
隣で起動確認をしていた桜狐もハッチの開放にあわせて、ゆっくりと立ち上がる。
開けた視界の先は、太陽光に染まった大海原。その水平線に敵のエクスタムが黒い点々として確認する。
太陽が海に沈んだ頃、俺たちは大空へと飛翔した。
次世代型エクスタム試験機――ネクサスと共に。