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第2話 始まりの依頼

 高度八千メートルの上空。星空の海を泳ぐ輸送機の中で、私は窓の向こうをぼんやりと眺めていた。何かを見ていたわけでもなく、ただぼんやりと、時間がすぎるのを待っていた。


 周りの者のように眠ってしまえれば楽なのだが、人間そう上手くは眠れない。低く唸るエンジン音、周囲から聞こえるかすかな寝息。普段と違う環境に適応するのは案外、時間がかかるものだ。


「眠れませんか、主任」


 隣の席から小さく渋声が聞こえた。その声は古くから聞き馴染みのある声で、顔を見ずとも彼の表情が脳裏に浮かぶ。


「起こしてしまったかい?」


「いえ、ただ主任が静かすぎるので様子が気になっただけです」


「なんだいそれは。私だって時と場所くらい考えるさ。子供じゃないんだから」


「自分から見れば、主任はまだまだ子供です」


 その理屈でいくと私は永遠に子供のままではないか。そもそも今年で二十一歳を迎え、今や立派なレディの域に足を踏み出していると思うのだが。


「副主任のくせに生意気なやつめ」


「主任のサポートは自分にしかできませんから」


「言ってくれるじゃないか。……ん?」


 輸送機の後方で護衛役をしていたエクスタムが前方へと移動していく。


「何かあったのですかね」


 彼がそう呟いたとき、そのエクスタムは光球となって爆散した。


「ッ!!」


 破片が派手に散り、爆発の衝撃波が輸送機を大きく揺らす。機内から寝息は消え、代わりに叫び声がいたるところで湧き上がった。


「主任、お怪我は?」


「私は問題ない。……エクスタムの襲撃か?」


「おそらく。爆発の寸前、下から弾丸が通り過ぎたように見えました」


「やはり狙われたか。とりあえず機長のもとに急ぐぞ」


 揺れが収まったことを確認してから座席を発ち、非常時を知らせる赤い警告灯に照らされた通路を進む。横目に見た窓の外では二度目の爆発による閃光が夜空を明るく照らしていた。


「相手は腕利きのようだな。……輸送機ごと(さら)うつもりか」


 訓練された護衛機をものの数秒で撃破する腕前だ。やろうと思えば、武装のない輸送機を落とすことなど容易い。


 操縦室に通ずる扉を勢いよく開ける。


「機長、状況はどうなって――」


 操縦室に入り、発した言葉は途中で勢いを失っていく。それはフロントガラスに剣先を向けた所属不明のエクスタムの姿を見たからだ。


「アーシャ様! ここは危険です、お逃げください!」


「安心したまえ、やつの目的は私たちの誘拐だ。殺しはしないさ」


 その証拠に敵の檸檬レモン色のエクスタムは攻撃することなく待機している。


「救援要請は間に合ったのか?」


「はい、なんとか間に合いました」


「よくやった、じゃあ後はおとなしく敵の指示に従ってくれ」


 このとき私、アーシャ・オルテインは後悔していた。どうせなら予備のパイロットを連れてきておけば良かったと。


 ===


 人里から遠く離れた山奥に小さな湖がある。その畔に置かれた小さな木造家屋で俺は今日も目を覚ました。


「まったく今日もいい天気だな」


 朝の光に照らされ、カルデラの湖がキラキラと輝いている。早朝の気温はまだ低く、タンクトップ一枚では少し肌寒く感じるが、これはこれで心地良い。俺は準備していた朝食を持ってテラスに出た。


 今日の朝食はサンドイッチだ。それも合成食糧を一切使用せず、本物の食材だけを集めて作った逸品だ。人の手で育てられた食材は今や超高級品であり、その味を知るものは一部の権力者しかいない。


 正直、傭兵業の金回りは悪くない。報酬金の大半を溶かす覚悟があれば、こうして成金の気持ちが味わえるのだから。


 目前に広がる大自然の芸術。人が作りし本物のサンドイッチ。その二つを同時に堪能する。ああ、なんと贅沢なことだろうか。

 俺は生産者に敬意を示し、サンドイッチを口元へ運ぶ。その時――。


 ――ピロロロロ。


 ポケットの中から通信端末の着信音が響いた。手にしていたサンドイッチは、皿の上へと静かに帰る。


 ――ピッ。


 端末を起動し、回線を繋ぐ。画面に映し出されたのは黒いスーツジャケットを粗雑に着こなした若い男だった。


「おっはよう。元気にしてるかい、ホシミヤ」


 調子のいい明るい声が森に向かって響く。普段から聞き慣れた声だが、今は無性に腹立たしく思えた。


「最高に最悪の気分だ。誰かさんのせいでな」


「おや、それは悪かったね。でもそんな気分を吹き飛ばす面白そうな依頼を持ってきたぞ」


 よりによって依頼を持ってくるとは。少しくらい空気を読んで欲しいものだ。まあ、彼――ジャック・チェイスマンは傭兵と企業を繋ぐマネージャ役であるため、仕事以外の話はしたことがないのだが。


「……一応確認なんだが、休暇の申請出てるよな?」


「もちろん。今は旧チェルニア領の東部にある隠れ家でバカンスだってね」


「それならどうして俺に依頼を? 他にも傭兵のあてはあるだろ」


「今回の依頼は緊急案件でね。現場に一番近い君に声をかけたのさ」


 しかし休暇中の人間に頼むというのは如何なものか。古い言葉を借りるなら傭兵業はブラック極まりない職業といえるだろう。基本的に、企業からの信用が重視されるため依頼を下手に断ることもできない。


「とりあえず内容は聞こう。話はそれからだ」


「オーケー。簡潔に言えば所属不明のエクスタムにハイジャックされた輸送機を奪い返して欲しいって依頼さ。依頼主はテムズ・グランストン社、そして輸送機はエグゼギアのものって話だ」


「エグゼギアの輸送機だって? テムズは何考えてやがる」


 俺の雇い主でもあり、サウスメルカ大陸全土を占める『ヴァンデン経済機構』の統治企業、テムズ・グランストン社。一方のエグゼギア・インダストリーも『イングリード連邦』の統治企業である。この二つの統治企業が裏で関係を持っていたという話は聞いたことがなかった。


「ヴァンデンにある鉱山資源を分配するかわりに、イングリードから技術協力を受けたらしい。簡単に言えば同盟関係さ」


「なるほど。劣勢国どうし仲良くやろうってわけか、悪くない話だな」


 現在のヴァンデン国内の状況は、有り余る資源を使い低品質のエクスタムを量産することで国境の維持を行っている。記憶が確かならばイングリードは正反対の国内状況であったはずだ。つまり同盟関係が事実ならば、どちらの企業国にとっても利益となるだろう。


「それで、報酬金は?」


「聞いて驚くなよ。七千万ダールだ」


「おいおい冗談だろ? 桁が一つ多いじゃねぇか」


 通常、傭兵への報酬金は数百万が相場だ。明らかに異常なこの報酬から、まともな依頼ではないことが瞬時に理解できる。


「まあテムズからの依頼なら、そう心配することもないだろう。一応、受けるかは君次第だけどね」


「嘘つけ、断ったら企業からの制裁があるってのは有名な話だろうが」


「ハハッ話が早くて助かるよ。詳細はメールに送っておいた。……他に質問は?」


「特にないな。それと帰ったら一発殴らせろ」


「おー怖いこわい。それじゃ健闘祈ってるよー」


 ――プツン。


 画面が暗転すると同時にメールが届く。内容に間違いはなく、特に怪しい点もない。ただ、一つだけ気になる項目があった。


「これは、友軍機との合流地点?味方が必要とは、敵が腕利きなのか、あるいは……」


 あるいはヴァンデンにとって重要な輸送機なのか。


 頭の整理も兼ねて、ため息交じりの深呼吸を一つ吐く。まあ単機で突撃するより楽になることは確かだ。今はそれだけで充分だろう。


 端末をポケットにしまい、改めて朝食のサンドイッチを大きく頬張る。


 美味い!濃縮されたハムの旨味が野菜を触媒として口の中で爆発する。合成食糧では決して再現できない色鮮やかな世界が口いっぱいに広がる。これが、これこそが本物の味か。サンドイッチは次々に口元へと運ばれ、あっという間に皿の上から姿を消した。


 そして、ふと思う。七千万ダールもあれば、どれだけ美味い飯を食えるのかと。もっと美味いサンドイッチを作れるのではないかと。それらを考えただけで、この謎の多い依頼に対するやる気が心の底から湧き上がってきた。


 俺は早々と片付けを済ませ、小屋の裏手に止めていたエクスタムのコクピットへと滑り込んだ。システムを手慣れた手付きで起動していく。


 ジェネレーターが稼働し、各部のセンサーによる検証結果がコクピットモニターに表示される。オールグリーン。特に異常はないようだ。


 ブースターの音が森に響き渡り、その轟音に驚いた鳥たちは空へと飛翔する。彼らに続くように、俺と愛機――フラムベルジュは行動を開始した。


 まずは味方との合流予定地であるリベル高原を目指して。

本日中にもう一話更新します。

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