第1話 黒い夢
黒煙が蔓延る空の下。休むまもなく続く反体制組織の攻撃に、チェルニア連合軍は地獄のような市街戦の渦中にいた。
ましてや、ここが最終防衛ラインである故に、後退も許されない。
また一つ、仲間との通信が爆発の音に消える。俺は人型機械兵器の中で叫んだ。
「おい銀狼、応答しろ!」
しかし、声は返ってこない。
泥沼となった戦場に多くの戦友が散っていった。空を飛翔する多数のエクスタムは、次に散るのはお前の命だ、と代弁するようにその銃口を一斉に煌めかせる。だが、俺は轟々と燃える闘志の中に、まだ一筋の冷静さを残していた。
俺は地面を滑りながら銃弾の雨を躱し、隙を突いては突撃銃で応戦する。一歩間違えば、容易く蜂の巣にされるしまうだろう。しかし、このギリギリの防戦を覆すためにはどうしても必要な攻撃だった。
何度目かの反撃の後、その瞬間は訪れた。
数発の弾丸を受け、最も近くにいたエクスタムが爆散する。俺は、その爆発を目眩しにブースター全開で敵の群れに突っ込んだ。
左手に長剣を握り、敵に肉薄する。剣を横なぎに振るえば、敵の胴体は真っ二つに引き裂ける。
後方で爆発音が轟き、二機目の撃破を理解する。しかしまだ終わりではない。すばやくブースターを再点火し、敵群の上を取る。判断が遅れ、未だ下を見ているエクスタムに対し、突撃銃の弾丸を浴びせた。
相手の攻撃が再開するまでに、新たに二体の破壊に成功する。合計四体撃破。残りは三機。
残りの追手に対して、どのように終止符を打つか。迫りくる銃弾の中で、冷静かつ瞬時に作戦を考える。しかし、長い戦闘で蓄積した疲れは敵と同様に俺の判断を鈍らせていた。
敵の銃弾が装甲を掠め、コクピットのモニターに緊急事態の文字が表示される。
「……しまった!」
死を意味する赤い警告に、機体を翻して地上へと逃げる。本能が選んだのは作戦は、先程と同じ防戦だった。
逃げ続ける覚悟を決め、狙いを定めさせないようジグザグに移動しながら、慎重に背後を確認する。だが、その視線の先には追撃をやめた敵の姿があった。
頭に疑問符が浮かぶ。なぜ、攻撃してこない。この状況ならば無人機はおろか、新米のパイロットでも迷わず攻撃する筈だ。
交差点を曲がり、崩れかけのビルを背に様子を見る。敵はやはり追撃することなく、やがて街の外へと移動を開始した。
その行動に目を見張る。まさか、と思い通信機を確認すると都市全域に対して映像通信が送られていた。回線を開き、コクピットモニターに映像を出す。
「………止……ちに戦……離…せよ! 繰り返す、企業軍本部の占拠に成功した! 両陣営は戦闘を中止し直ちに戦域を離脱せよ!」
カメラに映っているのは、本部の中枢にいた重役たち。銃口に囲まれ、無抵抗を表すように両手を上げている。
ふと、頭上を見れば撤退を示す彩光弾が地上から尾を引いて打ち上がっていた。
それは俺たちにとって紛れもない敗北と、生き残った末に掴んだ終戦の光だった。
「終わったのか……」
シートに身体を預け、深く、深く、息を吐く。生を噛みしめ、戦場を改めて確認する。レーダーに映っていた光点はなくなり、肉眼で確認できるエクスタムは、その全てが拉げて原型を留めていない。
通信機を操作し、自軍の損害状況を確かめる。記憶していたコールナンバーを全て試したが、通信可能な機体は俺を除いて一機のみだった。
「青薔薇。聞こえるか青薔薇。終戦だ、俺たちは生き残ったみたいだ」
内容のない通信だが、これ以上の言葉は思い浮かばなかった。故にありのままを伝えた。
返ってきたのは、若い女の声だった。
『流星か! こっちも確認した。……ひとまず合流しよう、今どこにいる?』
「街の北端だ」
正確に言えば最北端だが、街の端から端まで十分もあれば到着する。彼女の位置が南側より近ければ五分といったところだろう。
『了解。私は街の中心だから北に向か――』
彼女が言い終わる前に、ピピピッという聞き慣れた敵接近の警告音が響く。反射的に機体を動かし、周囲を確認するが特に変わった様子はない。
代わりに通信機の向こう側で叫び声が上がる。
『未確認機と接触! コイツ、どこから?』
機兵の駆動音が騒がしくなり、戦闘に突入したことを窺わせる。戦況がどう転ぶかわからない。相手は停戦を無視した未確認機であり、なんとなく嫌な胸騒ぎがする。
そしてその予感は直ぐに片鱗を見せる。
街の中心に向かい始めた矢先、ガコォンという激しい衝撃を通信機がノイズとして拾った。
「フェリス!」
俺は咄嗟に彼女の名前を口にしていた。
『大丈夫、だけど……コイツ“名無し“の癖に動きが速いわ』
「あと三分で着くから、それまで凌いでくれ」
『オーケー。まあ負けるつもりもないけどね』
通信機をそのままに機体を急かす。ブースターの制御ペダルはこれまでで一番強く踏まれていた。
それは大切なものを失いたくない気持ちと、今も戦い続ける戦闘狂に対する怒りが混ざり合った、いわば感情の爆発だった。
踏み続けること二分半。レーダー上で肉薄する二つの信号をキャッチした。
「捕捉した、あと少しだ!」
『こいつ尋常じゃない! カイト、逃げ』
俺の名を呼ぶフェリスの声は、唐突に終わりを告げた。呼び掛けても返事のない通信機はまるで、この戦場で散っていった先の戦友たちを思い出させる。
フェリスが死ぬはずがない。俺よりずっと強くて、誰より勇敢で優しかった、フェリスが死ぬ筈ないのだ。
頭に浮かんだ死の一文字を、ありもしない幻想だと振り払っては、嗚咽にも似た声にならない声が口から漏れる。
ビル群を高速でかけ抜け、中心部に到達する。そこには、片腕を失った紺色のエクスタムが、大きな漆黒のエクスタムのパイルバンカーを受けて停止していた。
それも胴体、コクピットブロックを貫通するよう正確に大杭が撃ち込まれていた。
その光景を目にした瞬間、俺は理性の鎖が弾ける音を聞いた。
突撃銃を放ち、雄叫びを上げながら漆黒の機兵めがけて突撃する。
漆黒のエクスタムは一瞥するや、巨躯に似合わない細かな動きで回避行動をとる。右腕のパイルユニットをパージしたことで非武装となった機体は、逃げるように上空へと距離をとった。
絶対に逃がさない。ブースターは限界を超えて唸りを上げ、間合いに入った瞬間に長剣を振り下ろす。しかし、その剣は装甲に傷を与えることなく、黒い右手でガッチリと受け止められていた。
有視界通信を開き、叫ぶ。
「よくも、よくもフェリスを!」
『はははっ! 若いな少年、若すぎる!』
「お前は一体なんなんだ」
『見りゃわかるだろ。俺は“名無し”の傭兵。お前らみたいに名乗るエンブレムはねぇよ』
漆黒のエクスタムは長剣を振り払い、ガラ空きになった胴体目掛けて蹴りを繰り出してきた。対ショック姿勢を取るも、通常の二倍もの巨体から放たれた重い一撃はコクピットは大きく揺らした。
そのままなす術なく地面に激突し、モニターには全身のあらゆる損傷箇所が赤く表示される。その中には負担をかけ続けたブースターも当然含まれていた。
空に浮かんだまま、笑い声を拡散させる漆黒のエクスタムは残念そうな声音で告げる。
『武器がありゃ、お前もあの世に送ってやれるんだがなぁ。残念だが、お前には幸運の女神がついてるらしい。せいぜい長生きしろよ、達者でな』
軋む愛機を強引に起こし、高速で離脱していくエクスタムの背中を睨みつけ俺は叫んでいた。
「クソ野郎が! 殺す、絶対に殺してやる! うあぁぁぁぁぁ!」
動かなくなった機体の中で、何も守れなかった男の形にならない悔しさの叫びは、誰の耳にも届くこと消えていった。
初投稿です!
今はまだ駄文ですが、これからもっと面白い文章が書けるよう努力して参ります!
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