32 美久子の決意
美久子は前世の静子の記憶を全て思い出した。
ベッドに横たわっていた美久子は起き上がり、大量の涙で濡れていた自分の頬を手のひらで拭った。
苦しくて辛い凄絶な人生だった。
お嬢様で育ち、急に全く違う環境に置かれて無我夢中で必死に働いた静子。
今の私と同じ高校生でまだ未成年。
何の力も無くて不安と恐怖しかなかった。
大好きな亮介と会えなくなって、大きすぎる淋しさと孤独をひとりでは抱えきれなかった。
両親がいなかったら、とっくの昔に何もかも諦めてしまっていただろう。
亮介をあれほど傷付けてしまっていたなんて。
夏美に言われて夏美の言葉を信じて、怖じ気づいてしまった。
何も持っていない、みすぼらしい自分に自信が無かった静子は、その場から去るしかなかった。
私は逃げたんだ。
亮介にがっかりされるのが怖かったんだ。
亮介の気持ちを確かめずに勝手に逃げて、結局亮介を傷付けてしまっていた。
本当に馬鹿だった。
大人になっても亮介を探し出すなんて無理だった。
携帯もパソコンも無い時代。
今ならネットで個人名を検索して勤めている病院を探せたかもしれない。
昭和のその頃では、無理だった。
亮介は静子を必死になって探したと言ってくれた。
静子の名字が変わっていたから見つけるのは相当厳しかっただろう。
でも。心から嬉しかった。
亮介も静子を求めていてくれた。
必死に探していてくれた。
離れ離れだったけど、二人とも気持ちはずっと同じだったんだ。
小さな頃からずっと。
静子は確かに最期は幸せだった。
亮介と離れて過ごした地獄のような世界から、天国みたいな真っ白な世界で、ほんの僅かな時間だったけど亮介と二人で過ごせた。
いっぱい泣かせてしまったけれど。
最期に誤解が解けて、亮介の気持ちが分かって、本当に本当にしあわせだった。
もし、今の私に同じ事が起こったら?
今の私、美久子は静子のようにできるだろうか。
できる自信が無い。
静子は、なんて強い人なんだろう。
確かに美久子に追加された、前世の静子の記憶。
ずっと心の奥底で思ってた。
今回は間違えない。
今度こそ間違えない。
短い人生を必死に生きた静子が、記憶で私に教えてくれた。
美久子である私は、間違えたら駄目なんだ。
心から大切なひとの、
そのひとの言葉を信じよう。
絶対に。