31 前世の私(10)
静子はゆっくりと首を横に振る。
今度は亮介が大きく目を見張った。
亮介は、立派な医師になった。
ここは救急だろう。
過酷な救急医療の医師になったなんて、
一体どれだけの努力をしたんだろう。
亮介の実家は、都内で大きな病院を経営していたはず。
今、35歳の亮介はそろそろ実家の病院に戻る頃かもしれない。
その時には然るべきお相手の女性と然るべき結婚をするだろう。
そんな時に何にもない、しかもこんな大怪我をしてどこまで元の状態に戻れるかわからないような私が傍にいたら、亮介にとって迷惑にしかならない。
私は亮介の重荷には絶対になりたくなかった。
それだけは絶対に嫌だ。
少しでも迷惑と思われたら…
それこそ、死んでしまいたくなる。
「静子…。お前、今何を考えてる?俺は…静子を…静子だけをずっと探していたんだ。でも全然見つけられなかった…。やっと…やっと見つけたんだ!もう絶対に離さない。お前が嫌だと言っても絶対離さないから…」
刹那、その黒い宝石の奥に獰猛な光が見えた。
「頼む…。俺の傍にいてくれ…」
亮介が静子の手を両手で握り、その手にゆっくりと懇願の祈りを捧げるように頬を付けた。閉じた眼から涙が流れていた。
静子はもう何も言えなくなった。
ただ、素直に心の底から嬉しかった。
涙が止まらない。
静子が亮介だけを求めていたように、
亮介も静子だけを求めてくれていた。
結局小さなあの頃から、静子の全ては亮介のものだった。
何もかも全て。
もう認めよう。
どう抗ってもこの美しくて優しくて強くて脆い亮介を、
静子はただ好きで堪らないから。
そう思うと心がとても軽くなった。
亮介に握られている手を少し開く。
亮介は握っていた手の力を少し緩めた。
泣かせて、ごめんね。
悲しませて、ごめんね。
静子は微笑みながら、
自分の指で亮介の指をトン、トン、と軽くたたいた。
大きく目を見開いて静子を見た亮介は、
静子の手に縋り付いて噎び泣いた。
静子も涙を流しながら小さく頷き、口の動きだけで伝えた。
はい
おねがいします
りょうすけ
ごめんね
ずっと
あいたかったの
「…先生!バイタルが下がってきました!」
「血胸だ!
直ぐに胸部X線の準備を!
ドレナージも用意してくれっ!早く!」
「先生!チアノーゼが出てます!」
「静子!頑張れ!!
頼む!俺を置いて行くな!静子!
静子ーーーっ……」
亮介の黒い目は、
黒くてキラキラ光る宝石みたいだった
私はいつも私を見つめてくれるこの宝石が大好きだった
私だけの宝石
『必ず帰る』と言ってくれたのに
他人の言葉を信じて、亮介を信じなかった
馬鹿だった
次は間違えない
こころから愛する亮介
私の半身
止めていた息がすーっと吐き出されていく。
ここで静子の記憶は終わっている。
きっと、亡くなってしまったんだろう。
辛い、苦しい記憶だった。
美久子はただ茫然としていた。