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30  前世の私(9)

道路に飛び出した子供を庇った女性がトラックに轢かれ、数ヶ所の骨折疑いとの急患要請があり、亮介は準備をして既に手術室で待ち構えていた。



ストレッチャーで運び込まれた患者を見て亮介は喫驚する。



「静子っ!!」

「乾先生!お願いします!」


あれ程会いたくて探し続けた静子が何故…何故こんなことに!

動揺で全身に汗が噴き出す。


…今はとにかく、目の前の患者(静子)を絶対に助ける。


俺はこいつを、一度見失ったから。

一度手を離してしまったから。


今度は諦めない。絶対に助ける。絶対に!







目を開くと、目の前に死ぬほど会いたかった人の顔がある…

これは夢…?

その人がこっちを見たまま静かに泣いている…

私の手を握ったまま…

だいすきだった切れ長二重の真っ黒な宝石みたいな目…

会いたくて、会いたくて…

その人の夢を何度も見た…

いつも泣きながら追いかけて、いつも泣きながら目が覚めた…

もう何年も…十何年も…




泣かないで…  


私はだいじょうぶ…


そういえば、小さい頃、

彼は金魚鉢の前でも泣いていた…




「静子…」


「…亮介…。…ホンモノ…?」


「そうだ…静子。わかるか?」


「うん…」


「痛いところは、あるか?」


「…わからない…。胸が…ちょっと…苦しい…」


「そうか…。今は薬で抑えてるから…もう大丈夫だ。もう少し休め。」


「うん…ありがと…」



傍にいてね。

今だけでも…



この言葉は言えたかな。


昔、言いたくても言えなかった言葉。




   

真っ白な空間が心地いい。



ずっとだいすきだった。

私の半身。

ずっと会いたくて、会いたくて仕方がなかった人の声が聞こえる。

握ってくれている手の温かさに涙が出る。

やっと会えた。

なんて幸せなんだろう。



私はそのまま眠りについた。




遠くの人の声で目が覚めた。

頭がぼーっとする。

心電図のモニター音が聞こえる。

ここは…集中治療室かな…。

天井もカーテンも真っ白だ。


私、体中管だらけだ。

体が動かせない。

喉が枯れて声が出ない。


抗生剤…?腕の点滴の針がちょっと痛い。

看護婦さん、穿刺の角度直してくれるかな。


動けない。こんなに辛いんだ。

分かっているつもりでいたけど、闘病中の患者さんの辛い気持ちが今、本当の意味で分かった気がする。

私は全く分かっていなかったんだ。

看護婦失格だ。


考えることはつい仕事と重ねてしまう。


私、看護婦の仕事、好きだったんだ…。



亮介…。

亮介がいた気がする。

あれはまた夢だったのかな…。

会いたい。

夢でもいいからまた会いたい…。



また少し眠った。

 


目を覚ますと、白衣を羽織った亮介が傍にいた。

ベッドの横のパイプ椅子に座って、

私の手を握っている。


また静かに泣いている…


亮介、泣きすぎよ…


ちゃんと医師になったんだね。

すごいね。よくがんばったね。

ほんのちょっと…髪に白いものがある…?

お互い、いい歳になったもんね…。

白衣、すごく似合ってる。

亮介は…やっぱりかっこいいよ…



「静子。気分はどうだ?喋れるか?」


話そうと試すけれど声が出ない。

首をかすかに横に振る。 


「そうか。無理しなくていい。そのままで。」


亮介が両手で私の手を握る。


「静子、わかるか?お前は子供を庇ってトラックに轢かれたんだ。」


コクリと頷く。


「庇った子供は元気だそうだ。安心しろ。」


よかった。

本当によかった。



「全身調べたが、頭部は大丈夫だ。ただ、大きな骨折が…いくつかある。右側手首と肩、右大腿骨も。特に、折れた肋骨が肺を圧迫していたから…全て手術した。」



びっくりした。

私、そんなひどいのね…。




「お前…。看護婦になったんだな。」



お互いにじっと目を見る。



「静子…。お前今までどこにいたんだ。

…ずっと…ずっと…めちゃくちゃ探したんだぞ。

必ず帰って来るから、待ってろって言っただろ?

俺は…独りで…ずっと…」


亮介の目から涙が溢れる。

私も涙が止まらない。


口の動きだけで、ごめんと言う。


夢で何度も見た、真っ黒な宝石みたいな目が私を見ている。

綺麗な綺麗な宝石。

今は真っ赤で台無し。



ああ。亮介だ。



「…悪い。…鞄を勝手に見て、

保険証と病院の職員証を確認した。

勤めてるとこに電話して事情は話した。

後でお前のところの看護婦長が来るみたいだ。」



ありがとう。

迷惑を掛けてごめんなさい。



亮介が頷く。

口の動きだけで伝わった。よかった。



「静子…。名字が変わっていたなんて…ご家族は…今はどなたもいないんだな…」



そう。静子は名字が変わっていた。


両親は倒産後に抱えた借金の取り立てから逃れるために偽装離婚をした。

私は山下から母親の旧姓の飯塚になった。

心労が重なったのか、父親は倒産後五年後に、母親も一昨年亡くなった。

二人とも体調を崩した後はあっという間だった。

一人娘だった静子は天涯孤独になってしまった。


借金はやっと、去年完済した。

本当に長い長い日々だった。


静子の頬に流れる涙を亮介が指で拭き取る。



「…俺がいるから。安心しろ。」



私は愕き目を見張った。


この人は何を言ってるんだろう。






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