28 前世の私(7)
高校3年生の春。
静子の父親が経営していた医薬品販売会社の、当時の西ドイツの主要取引先の製薬会社が社内のインサイダー取引により摘発され株価が大暴落した。
かなりの大口取引先だったため父親の会社は資金繰りが急速に悪化し、二ヵ月後には倒産してしまった。あっという間だった。
会社の負債と社員へ僅かばかりの退職金を支払うため父親は借金をし、両親の個人資産、両親が静子のために貯めていた貯蓄も全て返済に充てた。
それでもかなりの額の借金が残った。
静子の住んでいた屋敷は抵当に入り、明後日には引き渡されることになった。
静子は聖陵学院高校を辞めて、隣県の県立高校に転校した。
母方の遠縁の親戚が高校だけは出なさいと学費を出してくれた。
家族全員で働いた。
父親は昼間はビルの警備員、夜はタクシー運転手をした。
母親は和裁の技術があったので、自宅のアパートでお針子として昼夜を問わず働いた。
静子も昼間は高校に通い、夜は年齢を偽って深夜営業の飲食店の皿洗いをした。美しい真っ白だった静子の手があかぎれだらけになったのを見て、両親が謝りながら泣いた。
静子は私は大丈夫だから、と両親の背中をトン、トン、と軽くたたいた。
もう、涙は出なかった。
静子は県立高校を卒業し、
一年間アルバイトを掛け持ちして働いた。
会社の借金と高校の学費を出してくれた親戚に少しずつ返済しながら、お金を貯めた。
翌年、奨学金を利用して公立の看護学校に入学した。
看護婦になろうと思った。
きっと亮介は立派な医師になる。
私も亮介と同じ医療の世界にいて、患者さんを救うという同じ方向を見ていたいと思った。
いつか何処かで偶然出会えたなら。
諦めたはずなのに、
ほんの少しだけの希望を心に秘めて…。
必死になって勉強をした。
数年後、静子は看護婦になった。
静子の端麗な容姿は苦労を経験しても変わらず、最新の英語文献を読んでは職場に提案する希有な存在で、静子は勤務する病院内でもかなり目立っていた。
何人もの若い医師や技師、院内に出入りする営業社員などにも交際を申し込まれたが、静子は全て丁重に断った。
亮介以外に静子の心が動くことは一度も無かった。
目立たないようにしていても自然と目立ってしまい、嫉妬と羨望で虐められることもあったが、それ以上の地獄を経験していた静子は平気だった。
全く相手にもしなかった。
何故、静子の傍に亮介がいないのか。
何故、静子は独りぼっちなのか。