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129  最終話  互いの半身

※とうとう、本編最終話です!

 長い拙作をお読み頂いて、本当にありがとうございました!





「流青くーん!お昼ごはんできたよー!」

「ああ!すぐ行く!」



真夏の日曜日の昼下がり。

流青は自宅のリビングで、

昨日の夏祭りで捕った金魚を入れるための水槽を組み立てていた。



美久子と知り合った高2の春から10年余り。

流青と美久子は20代最後の年になっていた。


あれから二人とも無事に学院の高校、大学を卒業した。



流青は公認会計士になり、数年間他社で勤務した後、

一昨年から父信彦の事務所に入った。

信彦は母志織と、小学生の妹の千織(ちおり)ともっと一緒に居たいが為、流青に仕事をどんどん振った。

流青は怒り心頭ながらも仕事を(さば)いていた。



美久子は管理栄養士の資格を取り、乾総合病院で働いていた。

高2の時に出席した100周年記念パーティーで、

流青の祖父一彦のスピーチに深く感動し、

ずっとどうにかして病院のスタッフとして(たずさ)わりたいと思っていた。


大量の血が苦手で看護師は断念し、

食べることが大好きな美久子は管理栄養士になった。

国家試験の時は人生で一番、死ぬほど勉強した。

お世話になった『藍子おばあちゃん教育基金』に、

今でも毎月(わず)かながら自分のお給料の中から寄付をし続けている。



学生結婚を熱望していた流青は必死に画策したが、

美久子の父孝に阻まれ24歳で(ようや)く結婚した。

すぐに一年間アメリカに転勤になり、

働き出してまだ2年の美久子は渋ったが、

流青が当たり前のように連れて行った。

その時は院長の伯父の正彦が、

『やっと美久子ちゃんが近くにいてくれるようになったのに!だめだ!連れて行くなー!』と、

一番怒って(わめ)いて()ねて、妻の理乃に(なだ)められた。



現在、二人は乾総合病院の近くのマンションに住んでいる。

流青は毎日美久子が自分の傍にいることに、

時折叫びたい程嬉しくて幸せでいっぱいだが、

相変わらず美久子の前以外では喜びが全く顔に出ない。

大人の男の色気も加わったクールな美丈夫になっていたため、

社内外問わず大変モテた。


結婚指輪もして愛妻家だと言葉でも態度でもアピールしているにも関わらず、秋波を送って狙ってくる女性は後を絶たない。

全く(なび)かない流青は、

告白されてもシルバーの縁のスクエア眼鏡の奥から、

氷の眼差しで毎回はっきりと断った。



『私は妻だけを愛しています。迷惑です。

邪魔しないでくれませんか』





「痛っ…」

「えっ!どうしたの!?大丈夫!?」



数匹の金魚が入った水槽の前で、

座って最後の仕上げをしていた流青は、

器材で掌を少し切ってしまった。


流青の声に驚いた美久子は慌てて駈け寄り、

傷を見た後『ちょっと待ってて!』と、

パタパタとスリッパの音をさせながらどこかに走って行った。

すぐにパタパタと音がして、

美久子は手にタオルとペットボトルの水と救急箱を持って戻ってきた。



「きゃー、結構スパッと切っちゃったね!これは痛いよね、大丈夫?」

「ああ。大丈夫だ」

「とりあえず洗浄して消毒するね」



美久子はタオルの上に怪我をした流青の掌をそっと置いて水を掛けた後、消毒液を丁寧に掛けた。

色々と美久子に構ってもらえて流青は嬉しくなり、

口角が自然と上がっていたが、思ったより傷口が染みた。



「……っ」

「染みるよね、ごめんね」

「大丈夫だ」

「………!ふふっ!」

「?」

「なんか、懐かしい。昔、保健室でこうして流青くんの手首の捻挫の手当てしたよね」

「……ああ。懐かしいな……高2の始めだ。俺はあの時……」

「……?あの時?」

「美久子に惚れた」

「ほっ!?惚れた!?ほんと!?」

「ああ」

「えーっ!そうだったんだ……。ふふっ、嬉しい!

あの時、私は憧れの君だった流青くんと初めて喋れて、

緊張しまくりだったけど、めちゃくちゃうれしかったなあ……」

「ふふっ」

「ふふっ!」



乾かした患部にガーゼを充てて、

包帯ネットを被せ手当が終わった。


広い水槽で嬉しそうに泳いでいる金魚達を見て、

美久子はふと思い出した。



流青の手を優しく取り、指をほんの軽く、トン、トンとたたいた。



「……っ!?…………………………」


「……ん?流青くん?」



流青が急に目を見開いて、

表情が強張ったまま固まっている。

明らかに様子がおかしい。



「流青くん!?どうしたの?大丈夫!?」


「………なんだこれは?……この記憶………俺は………」


「…えっ?何て?」


「俺は…………」


「…………?」



流青が美久子を見た。

真っ黒な宝石みたいな目で、美久子をじっと見つめた。



「…………静子?」


「!!」


「静子……なのか?」


「…っ!………うん。…うん。静子…です……亮介………」


「静子っ!!」


「……亮介……亮介っ!」



流青が泣き出した美久子を、強く抱きしめた。

流青の声と身体は震えていた。



「記憶が……たくさんの記憶が押し寄せる……。


俺は…そうだ、俺は。

亮介の俺は……お前を……静子をずっと…ずっと探していたんだ。

いきなり消えた静子を探しても探しても、お前は見つからなくて…。


好きで……どうしようもなく好きな静子が……

どこかで辛い思いをしてるんじゃないか、

怖い思いをしてないか、また泣いていないか、心配で……。

身が裂けられる思いで、必死に探し続けたんだ…」


「……うん…うん…」


「やっと…会えたら…お前は…。

お前は、事故で大怪我をしていて…。

俺は…助けられなかった。

お前を見殺しにしてしまったんだ。

また、お前を…」


「違う!違うよ!

見殺しになんかしてない!

亮介は必死になって私を助けてくれたよ!

あれは仕方がなかったの。

私は、最期に亮介に会えて、本当にしあわせだったよ。 

ずっと会いたかった亮介に会えて、しあわせだった。

亮介のおかげだよ。

だから、違うよ。

私の方が先に……先に逝ってしまって……ごめんね」


「…本当に?俺は…見殺しに…していなかった…?」


「うん。ほんとに」


「……。よかった…。

嬉しいよ。

辛かったんだ。

お前に二度も置いていかれて…。

行くなって言ったのに…。

待ってろって言ったのに…。

お前はいなくなって…。

俺は…ひとりぼっちで…。


俺は…お前がいないと駄目なんだ。


俺の半身……。

…頼むから、離れないで。

もう、ずっと、俺の、傍に…いてくれ…頼む…」


「うん…。うん…。ごめんね。ずっと、傍にいるね。ごめんね…」



流青は美久子に縋り付いて泣いていた。

美久子は泣きながら頷いて謝った。


自分勝手な判断で亮介をどれだけ酷く傷付けていたか、

改めて思い知った。


美久子は必死に伝えた。

前世で伝えたくてもずっと伝えられなかった気持ちを、

震える声で必死に言葉にした。




ごめんね、亮介。

待ってなくてごめんね。

信じなくてごめんね。

会いに行かなくてごめんね。

先に逝ってごめんね。


愛してくれて、ありがとう。

だいすきよ。

私もあなたを愛してるの。心から。

今も、昔も、未来も、ずっと、

あなただけを愛してるの。




トン、トン、トン………




美久子は縋り付く流青の背中を右手でほんの軽くトントンとしながら、ゆっくりと伝えた。

流青は嗚咽しながら、美久子に更に縋り付いた。






「おにいちゃんっ!ママがパパを泣かしてるよぉ」


「しっ!大丈夫、見て。パパは泣いてるけど、ほら、ほほえんでる…」


「ほんとだ!ママもだ!」


「ね!そっとしておこうね。静花とおにいちゃんのひみつにしよう」


「うん!そうしよう!ふたりのひみつね…」





時空を超えてやっと自分の元に帰って来た、

互いの半身。


沢山の辛いなみだを流したけれど、

美久子も静子も、流青も亮介も、

自身の半身に出会えて本当に幸せだった。



美久子と流青は決して、

生涯その幸せな温もりを離さなかった。





うさみみのなみだ   完





※とうとう最終話になりました。

 思っていた以上にかなり長くなってしまいました。


 自分の好きなものを詰め込みまくった、初めての拙作を読んで頂いて本当にありがとうございました。

 読みにくいところが満載だったかと思います。

 申し訳ありませんでした。もっと精進いたします。


 たくさんのブックマーク、評価ポイントを付けてくださった皆様、本当にありがとうございました。

 嬉しくて震えました。

 驚きと感動でいっぱいです。


 まだ書き足りなかったエピソードが幾つかあります。

 番外編としてお届け出来ればと考えています。

 またお読み頂ければ幸甚です。


 本当にありがとうございました!

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