7.御手洗に殴り込み
最初に出会ったのは、二人組の男だった。
「おはよーございまーす」
泰騎がにこやかに挨拶すると、二十代半ばに見える金髪無造作ヘアの男が、苦笑混じりに声を掛けてきた。人当たりのいい性格が垣間見える。
「どうした坊主。迷子か? それとも、ダチと度胸試しでもしてんのか?」
隣では、黒髪の男が訝しげな顔を、泰騎へ向けた。
「どっから入って来――」
眉間に皺を作ったまま、頭部が首からズレ、バランスを崩して地面に転がった。
長身の首から下が揺らいだ向こうでは、潤が刀を鞘に収めている。
泰騎は、状況が把握出来ていない金髪の口を右手で塞ぐと、躾の行き届いたホテルマンのような笑顔で以て、質問に答えた。
「お仕事しに来たんよ」
金髪青年の喉元で、刀身の黒いナイフが一線を引く。穴の空いたホースのように、真っ赤な飛沫が噴き出した。
鮮血に顔を濡らした泰騎が、犬のように頭を振って赤い水を散らしている。
潤が、地面に倒れている二人を携帯電話のカメラで写し、本社へ送信する。
「金髪の兄ちゃんは、赤がよう映えるわー」
泰騎はしゃがみ込み、男のスーツを剥ぎ取り始めた。
剥き出しの背中を上にして転がすと、ナイフを男の皮膚に差し込んだ。刃を斜めにして、木彫りをするように皮を掘っていく。
潤はその様子を横目で確認し、程々にな、と再び告げると、後ろを振り向いた。建物の角を見据え、刀を鞘へと戻す。
「泰騎。南の方角、約十五メートル先に、人が二人と……多分、犬……かな――が、一匹」
泰騎は、へぇ、と口角を上げると、立ち上がった。肌に咲く、自作の赤いダリアを満足気に見下ろし、Tシャツの裾でナイフを拭っている。
「犬は可哀想じゃなぁー……。ターゲット一覧に居らんかったし」
ナイフを左手の上で回す泰騎に対し、潤は視線を斜に落とす。好きにしろ、と肩を竦めれば、泰騎は白い歯を見せて、そうさせて貰うわ、と笑った。
何犬かなぁー、などと呟きながらスキップで進む泰騎の背中を見ていた潤だったが、足元にある赤い花を一瞥し、嘆息を漏らした。
背後から、大型犬のものらしき咆哮が耳に届いた。潤は建物の壁を見上げて呟く。
「今ので気付かれたな……」
太い息を吐き出すと、潤は二階の窓に向かって右手を掲げた。
◆◇◆◇◆◇
「外が騒がしいな」
眼鏡を掛けた壮年の男が、組んだ膝の上に両手を添えて、低く唸った。黒髪をオールバックに固め、黒のスーツを着ている。ネクタイは絞めていない。
眉は細く手入れされていて、切れ長の眼が際立って見えた。
本革のソファーに座っている男の横には、整った、中性的な顔立ちの人物が立っている。二十代前半だろうか。上下黒のジャージで、ラフな格好だ。ふわっとした柔らかなキャラメル色の髪は、緩くウェーブ掛かっている。
その人物は、退屈そうに欠伸をすると、薄い唇の端を片方だけ上げた。
「貴方の愛犬が散歩中に、雌犬でも見付けたんじゃないか?」
「流星号は、雌に向かってあんな鳴き方はしない」
「じゃあ、恋敵の雄が居たんだな」
ふん、と鼻を鳴らすと、そのまま窓際へ歩いた。ブラインドを一枚、人差し指で下げ、下の様子を伺う。薄紅色の唇が綺麗な弧を描いた。
先程よりも軽く、鼻から笑みを漏らす。
「ふふ。何だか面白い事になってるよ」
言ったと同時に、部屋の扉が勢いよく開いた。一人の男が、転がるように飛び込んで――否、実際に転がりながら入室してきた。
今時珍しい、真っ黒のパンチパーマで、太い眉、一重の目、日に焼けた肌の男だ。
「組長! ナイフ持ったガキと、段平持った女が乗り込んで来て……頭は今、下に向か――ッ!?」
「俺は男だ」
頭に大きなリボンを着けたポニーテールの人物が、男の心臓部に刀を突き刺して言った。説得力は無いに等しい容姿をしている。だが、しかし、事実だ。
そんな事は無視し、オールバックの男は米神に青筋を作って立ち上がり、叫んだ。
「フランソワァぁぁあああ!!」
潤は長い睫毛に覆われた目をぱちくりと開閉し、足元の人物を見やる。先程の叫喚が、この人物の名なのだと合点し、潤は小さく吹き出した。
「てめぇ、何笑ってやがる」
オールバックの男は、浮き出た血管を痙攣させながら詰め寄ってくる。
「すみません。お名前が意外だったもので、つい」
潤は、足元で横たわっている人物に向かって頭を下げ、謝罪した。
「てめぇコラ! ふざけてんのか? 自分の姿を鏡で見てからモノ言え!」
オールバックの男は左手で、大きなリボンを指差した。右手で腰元から拳銃を取り出すと、銃口を潤の顔へ向ける。
「その、フランス人形みたいな顔に風穴空けんぞコるぁ!?」
パシュッ、と乾いた音が室内に響いた。
オールバックの男は後ろを振り向きかけたが、床に倒れ込む。
背中には小さな穴――体を貫通する、切り傷。
床には、紅い染みが広がっていく。
「やっと逢えた。君が《P・Co》のお蛇様だろ? 思ったより可愛らしい格好をしておいでだね」
上げていた右手を下ろし、ジャージを着た中性的な美貌は笑った。