4.特務の依頼
“所長室”。
名前だけ聞くと、泰騎の為の部屋みたいだが、そんなわけでもない。《P×P》の“幹部”と呼ばれる上位六名が、各部署以外で集まる場所だ。
常時ここに居るのは、所長の泰騎と副所長の潤。
潤は自分のデスクにあるパソコンを起動させ、倖魅の言っていた依頼の確認を行った。
「そんで、仕事って何なん?」
自分のデスクから身を乗り出し、泰騎は潤のパソコンのディスプレイを覗き込む。勿論、潤のデスクに山積みになっている書類の山に当たらぬように。
依頼内容と指示が記された、業務用の淡白なメール……が普通なのだが、倖魅から送られてきた依頼メールは実にカラフルだ。
分類されている業務内容、日時、場所、その他の詳細ごとに文字の大きさや色分けがされている。それに加え、建物の写真が数枚と、人物の写真が数枚添付されており、アウトラインが遺影風にデコレーションされている。
今回の依頼内容は――、
「同業者潰し、だそうだ」
潤は映っている画面をそのままプリンターに掛けると、印刷済みのコピー用紙を三枚、泰騎へ手渡した。
ひと通り見終わった泰騎はというと、放課後に友達と遊ぶ約束をした小学生のような表情をしている。
歯並びの良い白い歯を見せ、悪戯っぽく笑う様子は、悪ガキか、悪魔か。とにかく、悪巧みをしているとしか思えない顔をして、三枚の紙を眺めていた。が、意地の悪い笑顔をはたと消し、潤の方へ文面を向けた。
「ところで潤ちゃん。コレ、何て書いとるん? “おてあらい”? 便所?」
「“みたらい”だ」
潤の返答を聞き、泰騎は、ふぅん、と再び紙へ視線を落とす。とても悪い笑顔で。
潤は同じ内容が映し出されているパソコンの文字を視線でなぞりながら、程々にな、と呟いた。
依頼内容は、御手洗組の殲滅・解体。期限は今週中。本社からの指示では、明日。場所や構成員の人数、顔写真も全て送られてきている。
“御手洗組”とは、小規模な暴力団だ。資料によると、“南蛇井組”の傘下らしい。構成員は二十人。
依頼主の事は詳しく書かれていないが、『暴力団』と明記されているので、“同業者潰し”が目的だという事が伺える。
泰騎は資料を眺めながら「なん……へび、い?」と首を捻っている。
「暴力団……か」
潤は資料にある、御手洗組の主な活動内容の欄を視線で撫でた。“武器製造、販売、人身売買、その他”と記されている。暴力団にはよくある活動内容だ。
こういった資料作成は、《P・Co》本社に所属している、工作員が行っている。依頼を受けてから標的の身辺調査をして、資料に起こす。それが、依頼を遂行する社員の元へ届けられる。
表で報道される指定暴力団などと違い、裏の顔を持つ組織は――大小の格差はあれど――日本にも数多ある。《P・Co》もそのひとつだ。
そんな中でも《P・Co》は国内で三本の指に入る規模の組織だと言われている。因みに、社長曰く「《P・Co》が一番だよー!」だそうだ。実際、社長のお眼鏡と手腕によって集められた人材は、他組織に比べて抜きん出ている。
依頼内容をニヤニヤしながら見ている泰騎を余所に、潤は本社から送られてきた書類の山を減らす為、左手にボールペンを握った。
それと同時に鳴る携帯電話。単純な音で構成された、携帯ゲーム機のような着信音だ。持ち主は、泰騎。
「はいはーい! 丁度、連絡しようと思っとったとこでな」
泰騎は電話を口元へあて、もう片手は謝罪のポーズをして、眉を下げている。
「今日の夜、急な仕事が入って会えんようになったんよー。ごめんなー」
埋め合わせはするけん、と苦笑している泰騎の隣では、我関せずの潤。潤は本社からの書類を捲りながら、ラインマーカーを引いている。
泰騎は電話の向こうの相手と、埋め合わせの約束を取り付けたらしい。来週の火曜になー、と告げ、泰騎は電話を切った。そのまま椅子に背中をずっしりと預け、雑誌を取り出す。“GanGan”。女性向けのファッション雑誌だ。
隣では、潤が山積みの書類を捌いている。
ファッション雑誌数冊とピスミのぬいぐるみと、手書きで“所長”と書かれたプレートしか乗っていないデスクで、泰騎はサクサクとファッション雑誌を読み進めた。