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ウサギ印の暗殺屋  作者: 三ツ葉きあ
第一話『ただの人間な所長と蛇人間な副所長』
4/12

3.《P×P》の事務所



 しばらく気を失ったように固まっていた姫子だったが、正気を取り戻し、瞬きを繰り返した。

 視線を一周させ、泰騎の腕の中に収まって――いや、色々ダラリとはみ出しまくっている、ぬいぐるみを指差す。


「ところで、そのピンクのウサギさんは……、ピスミちゃんでは!?」


 先刻潤を見上げた時と同じように瞳は輝き、頬を紅潮させている。


「わたしぃ、ピスミちゃん大好きなんです! この、むにゅっとした唇……たまらないですぅ!」


 姫子は息を荒くして、ピスミの肉厚な唇を指で押した。新品のピスミぬいぐるみの弾力はなかなかのもので、いくら押されても低反発枕のように元に戻っている。


 それを一分ほど繰り返し続けている姫子に、パイプ椅子を広げながら潤が声を掛けた。


「山田さん。立ち話もなんですから、どうぞ座ってください」

「あ、はぁい。すみません。ありがとうございますぅ」


 泰騎は長机に腰掛けて潤に諌められたが、気にせず机に尻を乗せている。ピスミの長い前足を(もてあそ)びながら。


 きょろきょろと室内を見回している姫子に潤が、珍しいものは何もありませんよ、と肩を(すく)めた。


「山田さんは、通信課の特務担当という事ですが……。何か知りたい事はありますか?」


 姫子は、うぅん、と唸る。少しして何か閃いたらしく、パッと手を開いた。


「個人的な興味なんですけどぉ、事務所員さんは十四人じゃないですか。普段のお仕事は、どんな事をされてるんですかぁ?」

「服飾製品の販売が主な業務内容なので、商品委託先への営業と納品が大部分を占めます。表に出るものとしては、本社と事務所の警備もですね」


 本社に出入りしている姫子には思い当たる節があるらしく、ああ! と声を上げた。


「綺麗なお顔の女の子が、入り口のところに立っていますね!」


 この前、チャラ男って噂の男性社員に声を掛けられていましたねぇ。投げ飛ばしてる姿がカッコよかったですぅ。

 と、姫子は目を瞬かせた。


「そういえば、事務所の警備員さんをお見掛けしませんでしたけどぉ……」

「あぁ。事務所から半径百メートル以内なら自由に動けるようにしとるから。じっとしとったらストレスで倒れるんよ、あの子」


 泰騎は、なぁー、と言って、ピスミと顔を見合わせている。

 そんな泰騎を横目で見やると、潤は姫子に向かって「行儀が悪くてすみません」と眉を下げた。


「山田さんは、この春から《P・Co》へ入社されたんですか?」

「はい! 三か月間研修をして、四月頭から正式に入社となりましたぁ!」

「そうですか。特殊な仕事ですから戸惑う事もあるかと思いますが、我々のサポートを宜しくお願いします」


 (かしこ)まって頭を下げる潤に、姫子はたじろいだ。

 そんな! こちらそです! などと言いながら頭を横にぶんぶん振っている。


 姫子は少しばかり体をもぞもぞと(よじ)らせると、実はぁー、と切り出した。


「わたし、以前似たような組織にいたんですぅ。潰れちゃったんですけどぉ。途方に暮れていたら、《P・Co》の社長さんに声を掛けて貰えたんですぅ。なので、がんばります!」


 そうですか……。潤がそう頷くと、姫子は腕時計を確認し、立ち上がった。


「もうこんな時間ですぅ! お時間を頂いてしまって、すみません!」

「いえ。こちらそ、お茶も出さずに……。また何か気になる事があったら、連絡ください」

「有り難うございますぅ! 情報部の先輩方、《P×P》さんの事をあまり教えてくださらないので……お話しが出来て、良かったですぅ!」


 失礼しまぁす! と、姫子は慌ただしく去っていった――と思わせ、ドアに手を掛け、立ち止まった。

 振り返り、泰騎に向かってにっこり笑う。


「そうですぅ。泰騎さん、若く見ていただいて、とぉーっても嬉しいんですけどぉ、わたし、二十三歳なんですよぉー」


 うふふ! と笑い声を残し、姫子はダンスステップを踏むように去っていった。


 突風のような人物が消え、息を()く潤に、泰騎が机の上をスライドして近付いた。


「……で、どうなん?」


 泰騎が訊くと、潤は立ち上がりながら、


「多分、嘘は言っていない」


 椅子を片付け、長机も畳んで壁際へ寄せた。

 泰騎は、ふぅん、と鼻から声を出すと、抱いているピスミをズズイと潤の顔面に近付けた。


「ところで潤。ピスミのぬいぐるみ、もう一体あるんじゃけど、要る?」

「いらない」


 即答。

 心なしか、哀しそうな顔のピスミ。

 

 左にピスミ、右に――もう一体のピスミ入りの――段ボールを抱えている泰騎も、ピスミの真似をして唇を突き出した。


「お揃いじゃのにぃー」

「だから何だ。必要ないから要らない」


 まだ何か言っている泰騎と、それを適当にあしらっている潤は、揃って会議室を出る。それと同時に、下の方から「わぁー! 美味しそうですぅー!」という、姫子には弾けるような声が聞こえてきた。


 二人は顔を見合せ、どちらともなく小さな溜め息を吐き、肩を竦めた。




◆◇◆◇




 《P・Co》本社のエントランスには、黒髪ストレートの女の子。姫子と同じように、リクルートスーツを着ている。ただし、タイトスカートの姫子と違い、パンツスーツ姿だ。

 まだ年端もいかない少女に見えるが、つり上がった細い眉が凛々しい印象を抱かせる。


 そんな少女の横を過ぎ、姫子は情報部のあるフロアへ向かうため、エレベーターを待っていた。


「《P×P》へ行ってたの?」


 とは、隣に立っている同僚の言葉だ。


「みんなが『お蛇様』や『蛇姫様』なんて呼んでるから、わたし、潤さんは女の子かと思ってましたよぅー」


 だまされたぁー! と、姫子は頭を抱えた。

 同僚はニヤニヤ笑いながら、


「で、姫子は誰が好みだったの? 男の子、いっぱい居たでしょ?」


 好きなアイドルの話をするように色めき立って、姫子に詰め寄る。

 対して姫子は浮かない顔だ。


「それがぁー、泰騎さんと潤さんにしかお会い出来なかったんですよねー」


 そもそも全員わたしよりも年下ですしぃー、と首を竦める姫子に、エントランス中の視線が集まった。

 姫子は目をぱちくりさせ、同僚を確認。同僚は冷や汗まみれで、姫子の口を塞いだ。


灰色ウサギ(ライラック)さんの名前は、今本社(ここ)じゃ禁句扱いだから!」

「あっ! そぉでしたぁー。すみません」


 姫子が頭を振り下ろしたのと寸分違わず、エレベーターの扉が開いた。


 


◆◇◆◇



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― 新着の感想 ―
[一言] 台風一過。ただし今後も大嵐を起こしそうですね。
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