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枢機卿の涙

 教会へ戻った綾とウェインが、聖堂で皆と合流する頃には聖堂に住民たちが集まり始めていた。


 今から簡単に、状況の説明が行われるらしい。教会の片付けが済むまでは、啓太らも部屋に戻れないと言われて、共に聖堂で話を聞く事にした。その間にも、神官や聖騎士たちが慌ただしく動いている。

 怪我人は別の場所で、それぞれ治癒を受けているそうだ。この国の治癒術は、国民ならば誰でも学んで使える術なのだ、人手は足りていることだろう。






此度(こたび)の襲撃で」



 ざわざわと話し声がしていた聖堂に、祭壇からルチアの声が響いた途端、シンと静まり返った。


「家を失った者、家族を失った者、職を失った者、困っている者は皆、教会で相談に乗ります。心配なさらないで。この国はあなた方を守る家ですから」


 ルチアがにこり、と微笑みを見せれば、皆が安心したように肩を緩めた。


「そして、此度の戦いの最中‥‥法帝聖下が御遷化(ごせんげ)されました」


 ざわり、どよめきが起きた。聖堂に集まる皆が各々に話し始めるが、それもまた、ルチアが次に口を開けば鎮まった。



「この事で、枢機卿を1人、ないし2人と、神官を罰する事になるでしょう。罪状が出揃い次第、裁判を予定しています。次代の法帝は、この私ですが、まだ成人を迎えておりません、故に協議が必要です。こちらは、法帝聖下の葬儀の後にすべての事をお話ししましょう」


 彼女がスッと祭壇を降り軽く頭を下げた。


「皆に女神サーリアの導きがありますよう」


 そして神官室の方へ歩き始めると、大きな拍手が起きた。


「ルチア枢機卿!」

「ルチアさまー!!」


 歓声を聞いた啓太は思った。こうして、たった1、2分でもあそこにルチアが立って話すだけで、国民にとってどれほどの支えになるのか。

 この短い集会に、どれだけ大きな意味があったのか。そして自分が恋をした女性が、どれほど大きなものを背負っているのかを。


「鼻の下伸ばしてんじゃないわよ」


 綾に小突かれ、彼は思わず口元を隠した。


「好きかもしんない」

「私に言わないでよ恥ずかしい!」


 ぎょっとする彼女とは対極に、彼は「ああー」と顔を両手で擦った。


「ごめん。どうしたらいい? 相手はこの国の法帝だ……」

「どうって…」


 綾は返答に困った。先の見えない自分たちが、誰かと伴にある事など出来るはずがない。

 ルチアが法帝であることが問題なのではなく、啓太がアスリリーリャである事の方が、重大な問題なのだ。彼にそう言いかけて踏み留まる。


「後悔はしないように。としかアドバイス出来ないわ……いつどうなるか、わからないんだから」


「……うん」


 そうだね、と小さく俯いた彼の気持ちなど、綾には分かりもしないが、また彼女の気持ちも啓太に分かりはしない。






 そのあと、部屋を片付けたと神官に言われ、また特別室へと上がってから、法帝の死について、そして魔族と接触した事についてを全員が認知するために、確認しあった。


「法帝が枢機卿に殺されるなんて、とんでもないですわ」


 ベルが首を振る。葬儀には、自分たちも参列しなければならないらしい。


「それより魔族と話をしたってほんと?」


 ティブルは身を乗り出して言った。興味が湧く気持ちはよくわかる、こちらと話せないと思われていた魔族と会話できたのだから。


「近くで見ると綺麗だったよ」


 素っ頓狂なウェインの言葉に、癇癪を起こしたのはベルだった。


「もう! いい加減になさいませ! お姉様を危険に晒すなんて!だいたい戦俠(せんきょう)の聖女だなんて、とんだ侮辱ですわ! 彼女は(いくさ)狂いとして皇国に語り継がれている魔女ですのに!」


「この国では英雄だよ、君もサーリアの子でしょ」


 治癒術を学ぶ者は、一度は法国で学び、サーリアの子と呼ばれる。治癒術という、サーリアの恵みを与えられるからだ。

 ぐぅっと引っ込んだベルは、それきり黙ってしまった。


「やっぱり魔族は話ができるよね、寛人が向こうにいるんだから、そりゃそうだよ‥‥」


 啓太が寂しそうに言った。これほど大規模な襲撃の後、さすがに彼が騙されているから悪くないとは、口が裂けても言えない。

 目を背け続けた問題が、柄浮き彫りになってしまった。


「死んだ人とか、いるよね?‥‥きっと」


「ああ、いるだろうな」


 ロイは誤魔化しなく、そう答えた。目を逸らしてはいけない、と。


「私達が行った時、南門はひどい有様だったわ。聖騎士も何人も倒れていた」


「おかしなキメラの事もあるし、この件が法国だけで終わるとは思えないね」


「だな‥‥次は何処が狙われるんだか‥‥ギルドへの報告も兼ねて、俺はゴルドバム共和国に行くわ。武器の手配もしておきたい」


 ティブルがうーんと伸びをして、剣を持った。


「へ?! 今から行かれるの?」


 嘘でしょう?とベルは口元を覆った。ギルドの人間は、その軽すぎるフットワークにしばしば驚かれる。慣れっこだった。


「葬儀まで出てる時間が惜しい。俺はアスリリーリャじゃないし、ギルドマスターの名代なら、ウェインがいれば十分だろ」


「そうだね、ランドポーターはここの支部に置いてあるから使っていいよ」


 ウェインは透明で丸い、焼いたプラ板のような物をティブルに渡した。

 ランドポーターとは、馬の代わりとなるメーカーで、馬と違い世話がいらないので人気がある。


「うし、では皆様また会う日まで」


 恭しく首を垂れたティブルは、芝居めいて軽く腰を折る。そしてすぐにくるりと踵を返し部屋を出て行った。




「何を渡したの?」


 啓太の素朴な質問に、ウェインはにこやかに返事をくれた。


「ランドポーターの鍵だよ。ティブルはギルドの職員だけど、幹部ではないから自由に使えないんだ」


「ランドポーターは高価ですものね」


「その代わり馬のように飯も要らんし、糞もせん。騎士団の馬の世話は、見習いをふるいにかけられるくらいには、面倒だ」






 法帝の葬儀はとても簡素に済まされた。啓太にとってはとても豪華に見えたが、そんなことはないらしい。

 被害者救済に国庫が開かれるため、出来るだけ慎ましく、なのだそうだ。



 それでも1日中、大神様の聖堂は法帝に別れを伝えに来る人々が列をなした。


 大神様の聖堂は綾と啓太が降り立った、王国の聖堂と趣が同じ、というよりも全く同じだった。


 大神様だけを信仰する王国と違い、法国は二神がそれぞれに同居していて、自分たちの神、サーリアという国神と、大神様は世界の神様、という認識をしているらしい。



 枢機卿の3人はずっと正面に座り、向かいから来る参列者を見守っていた。


 法帝は中央に白い花に囲まれて、法帝衣を着せられ横たわっている。棺などはないようだ。

枢機卿とよく似たベルベットの装束だが、色は淡く、襷も臙脂色(えんじいろ)ではなく朱色だった。


 啓太はアスリリーリャとして、教会側の席に居たのだが、途中一般葬列の女性がルチアをずっと睨んでいる事に気付いた。

 白髪の目立つ、老女だ。ルチアはその女性が法帝に献花した時も、他の参列者にするのと同じように軽く頭を下げた。

 だがわずかに、ぴくりと目元が揺れた気がした。





 滞りなく葬儀がおわった後、法帝は教会の地下墓地に埋葬された。墓地に入れるのは枢機卿と葬儀を行う神官のみだ。




 それらが終わった日の午後に、ルチアは啓太らの部屋にやってきた。


「猊下、お疲れ様のご様子ですね」


 気遣うベルに、驚いたようにルチアは目をくりくりさせて「そうですか?!」と言っていた。自覚しないタイプのようだ。


「何処から話せばいいやら…私は皆様に同行する事になりました」


 ふふっとはにかんだルチアに、皆が驚く中、啓太だけが「かわいいー!」と心のなかで叫び頬を染めている。


「ええと、私、実をいうと法帝が枢機卿だった頃の娘でして‥‥」


 ルチアはふうっと息を吐く。父親が死んだ、それがどんな思いを胸に抱かせるか、啓太にはまだ想像できなかった。

 何と言葉をかけるべきなのかも、わからない。

そして続けるルチアの言葉に、ただ耳を傾ける事しかできない。


「法帝は、私の事を考えて教会へ入れ、神官になる道を示してくださりました。そして枢機卿へ指名し、法帝の後継に指名してくださいましたが‥‥」


 ルチアは目を伏せた。その先を言うのが憚られるかのように、きゅっと口をひき結んで、言葉に詰まる。



「その道を、ルチアは望んではいなかったってことね」


 綾が言葉を付け足すと、彼女の目からぽろぽろと涙の粒が溢れた。

 ガタンと立ち上がる啓太を、ガルデルが制してまた椅子に押し戻す。


「聖下のお側で枢機卿としてお仕えするのは、とても嬉しい事でした。けれど後継として指名されて以来、目に見えて周りが変わりました‥‥私は若すぎるので、後継になる事はないだろうと言われていたのです、反発はよくわかります」


「法帝が80まで生きても、猊下はまだ25だしなぁ……」


 ガルデルは、がしがしと頭をかいて言った。


「私は国民のための枢機卿ではなく、法帝のための枢機卿だと気付いたのです。もちろん枢機卿の倫理はそれでも構わないのですが、法帝は国民のためでなければなりません‥‥私はその覚悟も自信もありませんでした。その気持ちを、葬儀で共にいた枢機卿のお二方は気付いておいででした」


「それで、ルチアが俺たちと行けばいいって言ってくれたんだ?!」


「啓太様、その通りです。アスリリーリャのお2人と共に行くようにと」


「私達と来るのはありがたいけど、法帝は誰がなるの?」


「イスマイル・カルカーター卿です。後継が辞退する以上は、年長者がなる方が揉めないだろうと」


 カルカーター卿とは、デステッロ発動時に祭壇にいた枢機卿の1人だ。啓太は腰の曲がったお爺さんを思い出し、いかにもだ、と心の中で頷いた。


「けど、聖堂でみる限りルチアへの国民の信頼は、かなり盛り上がってるみたいだけど」


「あれは‥‥法帝としての私にではなく、説明が難しいのですがこの国は‥ 女性の英雄に熱狂する事が多くて」


 ふふふ、と困ったように笑うルチアに、綾はああ‥ と静かに同意した。


「それっぽい人を仕立て上げるってことね」


「女神サーリアを崇める国だけあって、女性の立場が良い証拠ですわ。皇国とは大違い」


「綾も南門では戦俠の聖女って、聖騎士に叫ばれてたよ!」


 ウェインはいつものニコニコスマイルだが、綾はまた、ああ‥ と今度は落胆したように頭を抱えた。


「綾が聖女?! 魔女ならわかるけど、聖女を名乗れるほど清くないよね」


 からかう啓太の足を、綾は力の限り踏んづけた。「いたっ!!」と啓太が大騒ぎすると、ルチアはくすくす笑って「仲良しですね」と微笑んだ。


 柔らかな彼女の微笑みを見て、啓太は思った。ルチアはちゃんと泣いたのだろうか。ぐっと奥歯を噛む姿は、何度か見た。けれど悲しみに明け暮れて、涙を流すことはしたのだろうか。

 そんなことは聞けるわけもなく、気の利いた事も言えずに、ルチアを見送った。




 翌日に聖堂で、新たな法帝を迎えるミサが行われた。そこでルチアは成人していないので、法帝になれないと言うことと、アスリリーリャにつき従い国を出ることが新法帝から明かされた。

 本来、法帝の就任と共に、枢機卿も新たに選出されるが、ルチアとオスバルド・ソメンテは引き続き枢機卿を務めるそうだ。他に新しい3人の枢機卿が紹介された。そのうち1人は60歳くらいの女性だった。


 それが終われば、早々にサーリアの首都を出る事になった。南東に行けば美しい海がある、というので残念だが、南西へと向かい、ゴルドバム共和国でティブルと合流がてら、啓太の刃こぼれしてしまった剣を直すのだ。


 ルーフェル鋼を扱えるのは、ゴルドバム共和国の鍛冶屋だけだそうだ。そもそも啓太の剣も、国王がゴルドバム共和国の鍛治職人に作らせた物だ。




 聖サーリア法国は豊穣の女神の力で、とても豊かな土地だ。国土は他国に比べ狭いのだが、実りがいい。ゴルドバム共和国への道のりも優しく、距離も短い。おまけに法国が、馬車を用意してくれたので、街道を行くだけの旅路は楽なものだった。


 途中ウェインが、あっちに行くとアーチがあるよ、とか、魔物の住処だよ、とか色々教えてくれた。いつものやわらかーい笑顔のウェインに戻って、木箱の上で剣を振り上げた彼はどこにもいない。



 啓太は、ひとつ気付いた事があった。ルチアが、夜な夜なうなされている事があるのだ。野宿は寝苦しいから、仕方がないのかもしれないが。

 その日は啓太と綾が外で火の番をしていて、天幕の中で眠るルチアがまた苦しそうにしていた。


「こういう時さ。起こしてあげた方がいいと思う?」


 綾の質問に、啓太は頷いた。


「そりゃ、怖い夢なら終わらせてあげたいよ!」


「でもさ〜夢って忘れるじゃない。起こしたら、覚えてるわよね? どうなの?」


「あ、ああ〜 確かに」


 苦々しく頷く彼に、綾はふんっと息を吐いた。


「ルチアを口説くのは難しいわよ。お気楽脳天気、困難なことの少なかったあんたの人生と、ルチアのチラッと聞くだけでハードモード。あんたが、ルチアのそのくらーい所も全部受け止めるくらいの気概がないと、うまいこといかない。これは大人のアドバイスよ」


「婚約蹴られた人が言うと、重みがすごいよ」


 彼の目線が、綾に流れた。彼女は不満そうに睨み返すので、「なんだこら?」「やんのかあぁ?」聞こえてきそうだった。


「あんた、だんだん私に、横柄な態度取るようになったわね!」


「なに、おうへいって!」


「ばかだ、ばか。やめよ、くだらない言い争いだわ」


 綾は大袈裟にため息をついて、うんざりよ、と呟いたがその表情は柔らかかった。

*他国との交易*

基本的に入出国はどこの国でも自由で、通行料等はない。

ただし関税や持ち込み禁止品は、国によって異なる。

聖サーリア法国では、メーカーの使用を禁ずるとともに、販売及び所持も禁止されている。

ギルドはこの限りではない。

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